~いのちの村プロジェクト~ -38ページ目

~いのちの村プロジェクト~

持続可能な社会を目指して。

 現代農業5月増刊「農的共生社会」(農文協)に木の花の記事が12ページにわたって、掲載されました。


月刊現代農業5月増刊「農的共生社会」 (農文協、900円)

に木の花ファミリー(旧木の花農園)が掲載されました!

本誌トップに、ファミリー4人の写真が大きく掲載されています。

一番右が僕です。(写真参照)

農園の成り立ちや生活のレポートが4-5ページ、IT起業家から農業への転身として僕が、4-5ページに渡って掲載されています。僕らの現状を大変コンパクトに読みやすくまとめて頂いています。(合計12ページ)


その他の内容で僕は、apbankの融資を受けて始めた「森の幼稚園」、「高円寺一揆・素人の乱」などの記事が目を引きました。

興味のある方は、書店にてお求めください。
NET上でも購入可能です。↓
http://shop.ruralnet.or.jp/genre.php?mode=detail&id=01212102&b_no=01_4540060252


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昨年の春頃、私は・・・

林業を志して

古材の売買事業開始(http://www.kozai.cc/

植林NPO

割り箸の地産地消、構想を打ちたて

マイ箸運動(マルシェと連携。写真参照)

といった「木」一色で、がむしゃらに動いていた時代がありました。(詳しくはこちら

で、3-4ヶ月間、非常に優秀なパートナーとして東大生の松本君と共に割り箸のマーケティング調査をしていたのですが、、、実はその後、私は、自然農→エコビレッジ→自給自足生活へと変化してしまいその旨を彼に伝えたが、それでも彼は、調査を続けますと言い、そのまま半年ぐらいお互いほとんど連絡を取り合わせない状態でいました。

が!

何とその彼が、8ヶ月ほどかけて、割り箸をテーマにした(割り箸から見た)環境問題のレポートを、54枚にも渡り、作成して、私にその報告をしてくれました。

詳しくは、東大の環境サークル「環境三四郎」割り箸から見た環境問題2006(PDF)


を見てみて下さい。インターネット上での割り箸に関する関心度の部分を、検索数値のHIT数で表してみたり、その他、現状での情報・データを良く網羅しています。

いやー・・・驚きです。

俺とは対極に位置している、この男
かっこいいなぁ。

凄いなぁ。

その情熱、ほんと素晴らしいなぁ。

木の花農園の家族にならないかなぁ。

一緒に、静岡で林業展開やらないかなぁ。

など、改めて彼の素晴らしさを認識させられてしまいました。

・・・いつか、
共に林業をやろうね。松どん

ここ木の花農園 で、持続可能なSVO、もしくはBDFの導入を進めたいと考えています。

(BDFとは、植物由来のディーゼル燃料(Bio Diesel Fuel)のこと。廃食油を精製して、ディーゼル燃料を作ります。しかし、BDFは、生成過程で常にグリセリンを産出することや、汚れた洗浄水を排出することがついてまわります。そこで最近登場したのが、SVO(Straight Vegetable Oil)と言われる廃食油をそのまま燃やしてしまう燃料方式です。)

BDF・SVO関係URL
http://www.begoodcafe.com/
http://www.ultraman.gr.jp/~staff01/

2006年6月19日
ルマン24時間耐久レース アウディ 優勝、ディーゼルが初制覇!!


僕がやりたいのは、近隣のうどん・そば屋さんから、廃食油を貰ってきて、遠心分離機で細かい油かすを取り除いて、ディーゼル車やトラクターのエンジン部分を少し加工し走らせるという事。(第一段階)
第2段階では、ディーゼル発電機で、発電をして農業関係の電気をここから賄えるようにしたい。
第3段階では、全国のSVOとBDFを生活の中に取り込んでいる仲間をネットワークしていきたい。
(技術情報の交換、お互いの車の経由地(ポイント)として使い合うetc)・・・

という事を考えています。
現段階ではSVOを検討していますが、BDFも同時に調査中です。どちらにもメリットとデメリットがあり、実践者の意見を聞けば聞くほど、どちらが良いのか解らなくなっているのが、現状です。

また、今までのSVO・BDFの取り組みは、イベント的なものが多く、持続可能でない取り組みが多いように思います。生活の一部として、ゆっくりと一歩一歩、着実にやりたいと思っています。営利を目的としていません。(精製されたディーゼル燃料は、近隣の方々との物々交換で使い合っていけたらいいですよね。)

簡単ではありますが、BDFとSVOの違いをまとめてみます。
(現段階での僕の知識と体験を元にしています。もし相違点がありましたら、是非!教えて下さい。)

BDFとSVOの共通点は、植物由来の燃料であり、廃食油からも精製出来る事。二酸化炭素の増加防止や、化石燃料を使わない。などのメリットがあります。
大きな違いとして、BDFはエタノールなど化学物質を加えグリセリンを抽出し更に残る不純物を水で洗浄し、ディーゼル燃料として使用できる。SVOは、その名の通り植物油をそのまま利用する燃料です。

■BDF(Bio Diesel Fuel)の特徴
・軽油と同等燃費
・ディーゼルエンジンの車両であれば、特別な改造はしなくても利用できます。
・黒煙の発生を、軽油の三分の一に削減できます
・小児ぜん息、アトピーなどの原因といわれる硫黄酸化物を、ほとんど含みません。

デメリットは
・SVOに比べ初期導入コストが高い(5-6倍)
・BDF燃料の固化
・フィルターにゴミが詰まる
・給油時の水の混入
・BDF燃料の発熱量が低い(寒い場所で固化し易い)
・BDFが塗装面に飛んだときに、放置しておくと塗装がはげます。


■SVO(Straight Vegetable Oil)
・低コストで導入が出来る。(機器代含め50万円~60万円)
・精製過程においてグリセリン、汚水などを排出しない。
・化学物質を使わない。

デメリット
・不純物もそのまま燃料として使用する為、エンジンに負担がかかる。(BDF(VDF)は不純物を取り除いて、精製し軽油レベルの流動性を確保するのでエンジンへの負担は少ない)
・車の改造が必要。
・フィルターにゴミが詰まる。

現状、長期かつ大規模で始めるのであればBDF、小規模で始めるならSVO・・・という感覚で検討しています。
他にも、たくさんの情報をお待ちしています!

協力者・パートナーを募集しております。
今後、MIXI上のトピックで随時、動きを報告していきます。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=16778108&comm_id=1457241


ご意見・ご感想 お待ちしてます!




最近、ここ木の花農園にはほぼ毎日、新しいお客様が見えます。その中でも外国の訪問者との交流は非常に楽しいです。

中国、韓国、アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアなどなど。。。
様々な国の人が見え、その人の文化風習・価値観から見えるここの評価の話は非常に楽しいのですが、今日ここに見えたアメリカ(デトロイト)出身のジョシュとの出会いは、素晴らしい出会いとなりました。

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彼はここに来て数時間で、ここの空気・フィーリングが自分に合っていると感じ移住したいと思ったそうです。
(日本語はほとんど話せず、かつ見学した場所はまことの家ぐらいの状態で、です)


昨日は深夜1時ぐらいまで、今日も農作業(堆肥蒔き)中に、彼とたくさんの話しをしました。(英語の話せる人が農園にたくさん居て良かった。笑。敦史君 通訳ありがとう!写真の左が敦史君。)

思いつく限り、まとめて見ます。

彼は、6年前、アメリカで寿司バーで寿司を握っていたそうです。たくさんの日本人寿司職人の応募がある中で、何故か彼が選ばれたそうで、更にその後、日本での日本語留学の件で奨学金制度に応募したところ、すんなり通り日本に来る事が出来たそうです。何かに導かれている事を感じて今日まできたとの事。

彼曰く、、、

今考えると、アメリカに居るよりも、日本に居た方が落ち着く。特に、近代的なビルを見るよりも、日本の古風な家屋を見ると居心地が良い。
不思議と日本に絡む事ではスムーズに事が運ぶ。

子供時代、弟に、近い未来僕がどうなるかは解らないけど、
いつか日本に住む事になるという事は確信を持っている。という話しをしたんだ。

今と昔を比べて、昔の方が精神性は豊かだったと思う。
みんな昔は、こういう風(農園のよう)に働いていたんだ。今、テクノロジーが凄いスピードで進化しているが良い方向に使われていない。地球も傷ついて、空気汚染だとか、異常気象・災害、とかが起きている。様々なバランスが崩れてしまっている。
全ては原因があって結果が生じている。
今は、経済・自然・人の心、全てにおいてターニングポイント、このような場が必要とされるのは本当に間もない。一瞬で状況は大きく変わる事を感じる。


僕が「神や精神性についてはどのように捉えていますか?」という質問をしたところ彼は以下のように答えました。

「解らない。今も勉強中。でも大いなる存在、この世界を作った創造主が存在する事は感じている。」

・・・

彼が滞在して二日目時点の感想ですが、非常にナチュラルな雰囲気で、力みがなく、ここの事を深く感じているのに興奮している様には見えず、出会うべくして出会ったと彼は感じているようです。

凄く不思議な、遠い昔、彼と僕らは同じ時間を過ごしていたのではないかと思われるほど、違和感なく今日を共に過ごしました。

楽しかったなぁ。

ありがとう。

出会いに感謝。

(本当はもっと絶妙なトーンで滑らかに話しがやり取りされているのですが、僕の表現力が無くてごめんなさい・・・)

報告が遅くなりましたが、3月5日から7日にかけて、
農園の僕といさどん、たっちゃんといさおちゃんで小豆島を訪問しました。

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(写真はいさどんとてんつくまん。小豆島STEP村については、こちら

2泊3日と短い時間でしたが、双方にとって大切な気づきと感動がありました。

朝5時に農園を出発、車で小豆島に向かいました。
STEPの事務所には14時30分頃に到着。
いきなりチームGOGO の幹部ミーティングに参加しました。
予算について、100万番長プロジェクトの進捗についてなどなど、
多岐にわたる案件について4時間以上にも及ぶ打合せでした。
打合せの中で、突然、プロジェクトの呼びかけ人であり、
フェアトレードの先駆者である中村隆市さん より、
木の花農園の皆さんのご意見・感想は?と振られて、
いさどんを始め僕らは、正直に、各々の意見を出しました。

僕は、プロジェクトがでかいだけに、
どうしても行き詰まり感を感じてしまい、何となく「ねばならない」、
つまり、お金をいくら集めなくてはならない、というところで
会議が進んでいて、皆が辛そうな印象を受ける、と発言をしました。
てんつくマンは、驚いた様子で、そう見えるのかぁ、そうかー、
と言って、以下のようなコメントをくれました。

このプロジェクトに成功も失敗も無いんだよ。
一人の資産家がお金をポンと出して始めるのでなく、
みんなの一人一人の力が合わさって、
こんな事が出来るんだでーという事をやりたいんだ。
部数やお金に拘りは無い。
みんながそれぞれゴールまでの体験を通して大きな学びがある。
そこが重要なんだ。

うまく書けなくて申し訳ないのですが、
あ、この人にとっては、環境を良くしたいとか、
たくさんの人に環境に良い事例を伝えたいという部分よりも、
一人一人が「動けば変わる」ということに
焦点を絞って動いているんだという事に気がつきました。

実は、僕はこのプロジェクトには批判的でした。
何億円という予算を組んで実際に事業をやってきた僕からしてみれば、
あまりにも無謀であり、中途でそれまで築いてきた信頼が壊れて
終わってしまうのが関の山だと思っていたからです。
しかし、彼は、常にみんなに対して「動けば変わるんだよ」という
シンプルなメッセージを発信しているのであって、
それを受け止める側の視点(マインド)が重要なんだな、と。
このキーポイントを、チームGOGOの主催メンバーが理解していれば、
うまく行くのではないかと思いました。

チームGOGOに関わっている方々へ

てんつくまんのためでなく、
六ヶ所原発のためでもなく、
自分の為に活動する事が大切です。
自分の出来る事を精一杯やりきる。
下手な善意や、誰かの為にとか、てんつくが好きだからとか、そんなのは偽善です。
自分の心の中とちゃんと対話してから行動に移して欲しい。
そうでないと、うまくいかなかったとき、
きっと、誰かのせいにしてしまうと思います。

数字は重要ではありません。
100万円を集めねば、何人を集めねば、
といった「ねばならない」思考に皆さんが陥らない事を心から願っています。

チームGOGOに関しては以上です。
チームGOGOって何?という方は、
http://www.teamgogo.net/ をご覧ください。
簡単に言うと、今年の6月22日(夏至)に
日本の世帯数にあたる4,900万部(1世帯1部)の
「号外」を配るというプロジェクトです。

旅の報告のつもりが、チームGOGOの会議での出来事の報告と感想になってしまいました。

また機をみて、旅の報告はしたいと思います。

今日は、久しぶりにゆっくりと時間が取れたので、報告を兼ねて日記を書きます。

つい数日前、友人であるヒーラーの空鈴さん (リンク先MIXI)と共にプロの絵描きの方が見えました。なんと絵描きの彼は、ここに見えて僅か1時間で、ここに移住をしようという決断を(心の中で)されたそうで、その日のコンサートの後の自己紹介の際に・・・


「感動とか、目からウロコとか、そういう次元ではなく、今世でこのような場に出会えるとは思っていませんでした。
こちらに家族として移住したいと思います。」

との事で、にかく一同唖然としたそうです。

彼の名は、マシマタケシさん(1枚目の写真)
翌日、色々な話をしましたが、本当に純粋な素晴らしい方です。御歳は40を越えているのですが、目がキラキラして子供のような雰囲気があり、素敵です。

彼を皮切りに様々なアーティストの方がここに来る事になりそうです。

彼の訪問した際の報告があります。是非読んでみて下さい。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=368614780&owner_id=797208

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あぁ!運命のファンファーレは突然鳴る・・・


3月8日9日と富士宮にある木の花農園に行ってきました。

以前から名前は聞いていたものの、今回は東京から出張の友達が誘って

くれての訪問です。こんな近くに住みながら、ボクはそこがどんな場所

なのか、全然知らずに訪れたのでした。

木の花農園は食品に関してはほとんど自給自足に近い形態になります。

巨大な富士山を仰ぎながら、所々に散らばる農地に作物を栽培するのが

主な仕事で、収穫した作物の販売や加工、あとは自分達の食料になります

建物に共同で住み、年間200名を超える見学者や農村参加者の泊まる部

屋もあります・・とよくありがちな有機無農薬を主としたコミューンを

イメージされると思います(ボクもそうでした)

でも、決定的な「違い」を感じるのはボクが農園を訪れてからほとんど

時間がかかりませんでした。

住人(家族)の人達の表情や、特に眼が、いままであまりお目に掛かった

事が無い、ある種の輝きに光り輝いていること。

宗教にありがちな妄信的なそれとは全然違います。

ひとりひとりクッキリと、まるでこの世の主人公のように堂々とした

態度、幼児から老人までそういったムードが共通なのです。

それはまさに「自分はそういう人になりたい」という高い理想を、軽々と

実現している集団が急に目の前に現れたかのようでした。

その秘密は案内役のたっちゃんとの会話で大体は理解できました。

彼らは隠し事をせず、正直な自分の気持ちをためずに放ち、それがどんな

ものであれ分かち合うという態度が当たり前になっているのです。

夜のミーティングでも、感動した話しはもちろん、ネガティブな感情や

個人攻撃とも取られるような話を、日々放ちあいしているのです。

自分の内側と外側の違いのほとんどない時間をいっしょに過ごし、理解

が深まり、本当の家族以上に信頼し合った関係は「本当」にあった

のです。「これは本当の話しです」

ボクはたっちゃんにいろいろ質問しました。

自分はこの20数年、イメージして更新してきた理想的な生き方の人達の

概要を投げかけ、それは見事にピッタシかんかんでした。

人間らしい生き方。表裏のない正直な生き方。他との差でななく共通に

価値を置く生き方。でもその差を愛して理解する生き方。

そのすべてが!!ここで すでに 営まれて いたのです。

もう選択の余地はありませんでした。

ボクは夜の歓迎コンサートの後に「みんなの仲間になります」宣言をし

その準備を始めます。

3ヶ月後を目指し、ボクは「木の花農園」の家族になります。

それまで何度も行きます。

一緒に行きたい人がいっぱい居ます。

ボクはとうとう、自分の理想の世界の住人になることが出来そうです。

こんな事が生きている間に訪れるなんて、そんなに期待はして無かっ

たんだよ。

3月3日4日の名古屋の縄文うさぎで開花した「正直」のテーマが、光

のスピードで広がりつつあります。

帰ってきてすこし興奮しているのかも。

これからすこしづつ整理して行きます。

続きです。

こちら (六ヶ所原発の反対運動。)を先にお読み下さい)


・もんじゅの大事故


 去年(一九九五年)の十二月八日に、福井県の敦 賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団)のもん じゅでナトリウム漏れの大事故を起こしました。も んじゅの事故はこれが初めてではなく、それまでに も度々事故を起こしていて、私は建設中に六回も呼 ばれて行きました。というのは、所長とか監督とか 職人とか、元の部下だった人たちがもんじゅの担当 もしているので、何か困ったことがあると私を呼ぶ んですね。もう会社を辞めていましたが、原発だけ は事故が起きたら取り返しがつきませんから、放っ ては置けないので行くのです。

 ある時、電話がかかって、「配管がどうしても合 わないから来てくれ」という。行って見ますと、特 別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり 、寸法通りになっている。でも、合わない。どうし て合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか 分からなかった。一晩考えてようやく分かりました 。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの 寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会 社の設計基準が違っていたのです。

 図面を引くときに、私が居た日立は〇・五mm切り 捨て、東芝と三菱は〇・五mm切上げ、日本原研は〇 ・五mm切下げなんです。たった〇・五mmですが、百 カ所も集まると大変な違いになるのです。だから、 数字も線も合っているのに合わなかったのですね。

 これではダメだということで、みんな作り直させ ました。何しろ国の威信がかかっていますから、お 金は掛けるんです。

 どうしてそういうことになるかというと、それぞ れのノウ・ハウ、企業秘密ということがあって、全 体で話し合いをして、この〇・五mmについて、切り 上げるか、切り下げるか、どちらかに統一しようと いうような話し合いをしていなかったのです。今回 のもんじゅの事故の原因となった温度センサーにし ても、メーカー同士での話し合いもされていなかっ たんではないでしょうか。

 どんなプラントの配管にも、あのような温度計が ついていますが、私はあんなに長いのは見たことが ありません。おそらく施工した時に危ないと分かっ ていた人がいたはずなんですね。でも、よその会社 のことだからほっとけばいい、自分の会社の責任で はないと。

 動燃自体が電力会社からの出向で出来た寄せ集め ですが、メーカーも寄せ集めなんです。これでは事 故は起こるべくして起こる、事故が起きないほうが 不思議なんで、起こって当たり前なんです。

 しかし、こんな重大事故でも、国は「事故」と言 いません。美浜原発の大事故の時と同じように「事 象があった」と言っていました。私は事故の後、直 ぐに福井県の議会から呼ばれて行きました。あそこ には十五基も原発がありますが、誘致したのは自民 党の議員さんなんですね。だから、私はそういう人 に何時も、「事故が起きたらあなた方のせいだよ、 反対していた人には責任はないよ」と言ってきまし た。この度、その議員さんたちに呼ばれたのです。 「今回は腹を据えて動燃とケンカする、どうしたら よいか教えてほしい」と相談を受けたのです。

 それで、私がまず最初に言ったことは、「これは 事故なんです、事故。事象というような言葉に誤魔 化されちゃあだめだよ」と言いました。県議会で動 燃が「今回の事象は……」と説明を始めたら、「事 故だろ! 事故!」と議員が叫んでいたのが、テレ ビで写っていましたが、あれも、黙っていたら、軽 い「事象」ということにされていたんです。地元の 人たちだけではなく、私たちも、向こうの言う「事 象」というような軽い言葉に誤魔化されてはいけな いんです。

 普通の人にとって、「事故」というのと「事象」 というのとでは、とらえ方がまったく違います。こ の国が事故を事象などと言い換えるような姑息なこ とをしているので、日本人には原発の事故の危機感 がほとんどないのです。

・日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?


 もんじゅに使われているプルトニウムは、日本が フランスに再処理を依頼して抽出したものです。再 処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃 料の中に出来たプルトニウムを取り出すことですが、 プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れな いものです。

 そのプルトニウムがもんじゅには約一・四トンも使 われています。長崎の原爆は約八キロだったそうです が、一体、もんじゅのプルトニウムでどのくらいの 原爆ができますか。それに、どんなに微量でも肺ガ ンを起こす猛毒物質です。半減期が二万四千年もあ るので、永久に放射能を出し続けます。だから、そ の名前がプルートー、地獄の王という名前からつけ られたように、プルトニウムはこの世で一番危険な ものといわれるわけですよ。

 しかし、日本のプルトニウムが去年(一九九五年) 南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能 性が大きいことを知っている人は、余りいません。 フランスの再処理工場では、プルトニウムを作るの に核兵器用も原発用も区別がないのです。だから、 日本のプルトニウムが、この時の核実験に使われて しまったことはほとんど間違いありません。

 日本がこの核実験に反対をきっちり言えなかった のには、そういう理由があるからです。もし、日本 政府が本気でフランスの核実験を止めさせたかった ら、簡単だったのです。つまり、再処理の契約を止 めればよかったんです。でも、それをしなかった。

 日本とフランスの貿易額で二番目に多いのは、こ の再処理のお金なんですよ。国民はそんなことも知 らないで、いくら「核実験に反対、反対」といって も仕方がないんじゃないでしょうか。それに、唯一 の被爆国といいながら、日本のプルトニウムがタヒ チの人々を被爆させ、きれいな海を放射能で汚して しまったに違いありません。

 世界中が諦めたのに、日本だけはまだこんなもの で電気を作ろうとしているんです。普通の原発で、 ウランとプルトニウムを混ぜた燃料(MOX燃料) を燃やす、いわゆるプルサーマルをやろうとしてい ます。しかし、これは非常に危険です。分かりやす くいうと、石油ストーブでガソリンを燃やすような ことなんです。原発の元々の設計がプルトニウムを 燃すようになっていません。プルトニウムは核分裂 の力がウランとはケタ違いに大きいんです。だから 原爆の材料にしているわけですから。

 いくら資源がない国だからといっても、あまりに 酷すぎるんじゃないでしょうか。早く原発を止めて、 プルトニウムを使うなんてことも止めなければ、あ ちこちで被曝者が増えていくばかりです。

・日本には途中でやめる勇気がない


 世界では原発の時代は終わりです。原発の先進国 のアメリカでは、二月(一九九六年)に二〇一五年 までに原発を半分にすると発表しました。それに、 プルトニウムの研究も大統領命令で止めています。 あんなに怖い物、研究さえ止めました。

 もんじゅのようにプルトニウムを使う原発、高速 増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも 止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リ ゾートパークにしてしまいました。世界の国がプル トニウムで発電するのは不可能だと分かって止めた んです。日本政府も今度のもんじゅの事故で「失敗 した」と思っているでしょう。でも、まだ止めない 。これからもやると言っています。

 どうして日本が止めないかというと、日本にはい ったん決めたことを途中で止める勇気がないからで 、この国が途中で止める勇気がないというのは非常 に怖いです。みなさんもそんな例は山ほどご存じで しょう。

 とにかく日本の原子力政策はいい加減なのです。 日本は原発を始める時から、後のことは何にも考え ていなかった。その内に何とかなるだろうと。そん ないい加減なことでやってきたんです。そうやって 何十年もたった。でも、廃棄物一つのことさえ、ど うにもできないんです。

 もう一つ、大変なことは、いままでは大学に原子 力工学科があって、それなりに学生がいましたが、 今は若い人たちが原子力から離れてしまい、東大を はじめほとんどの大学からなくなってしまいました。 机の上で研究する大学生さえいなくなったのです。

 また、日立と東芝にある原子力部門の人も三分の 一に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を 同時に作る効率のよい発電設備)のガス・タービン の方へ行きました。メーカーでさえ、原子力はもう 終わりだと思っているのです。

 原子力局長をやっていた島村武久さんという人が 退官して、『原子力談義』という本で、「日本政府 がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎな い、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無 計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまっ たことが原因です。はっきりノーといわないから持 たされてしまったのです。そして日本はそれらで核 兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、 その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、 原発をもっともっと造ろうということになるのです」 と書いていますが、これもこの国の姿なんです。

・廃炉も解体も出来ない原発い


 一九六六年に、日本で初めてイギリスから輸入し た十六万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼 動しました。その後はアメリカから輸入した原発で 、途中で自前で造るようになりましたが、今では、 この狭い日本に一三五万キロワットというような巨大な原 発を含めて五一の原発が運転されています。

 具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えない ままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原 子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんで す。だから、最初、耐用年数は十年だと言っていて、 十年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、一 九八一年に十年たった東京電力の福島原発の一号機 で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来な いことが分かりました。このことは国会でも原子炉 は核反応に耐えられないと、問題になりました。

 この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体に ついてどうするか、毎日のように、ああでもない、 こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけ の原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造 るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても 大量の被曝が避けられないことなど、どうしようも ないことが分かったのです。原子炉のすぐ下の方で は、決められた線量を守ろうとすると、たった十数 秒くらいしかいられないんですから。

 机の上では、何でもできますが、実際には人の手 でやらなければならないのですから、とんでもない 被曝を伴うわけです。ですから、放射能がゼロにな らないと、何にもできないのです。放射能がある限 り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなけれ ばロボットでという人もいます。でも、研究はして いますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使え ないのです。

 結局、福島の原発では、廃炉にすることができな いというので、原発を売り込んだアメリカのメーカ ーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底 考えられない程の大量の被曝をさせて、原子炉の修 理をしたのです。今でもその原発は動いています。

 最初に耐用年数が十年といわれていた原発が、も う三〇年近く動いています。そんな原発が十一もあ る。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けてい て、私は心配でたまりません。

 また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉は たった一〇〇キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏 れを起こして止まっています。机上の計算では、修 理に二〇億円、廃炉にするには六〇億円もかかるそ うですが、大学の年間予算に相当するお金をかけて も廃炉にはできないのです。まず停止して放射能が なくなるまで管理するしかないのです。

 それが一〇〇万キロワットというような大きな原発です と、本当にどうしようもありません。

・「閉鎖」して、監視・管理


 なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。 それは、原発は水と蒸気で運転されているものなの で、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐ サビが来てボロボロになって、穴が開いて放射能が 漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回で も運転すると、放射能だらけになって、止めたまま にしておくことも、廃炉、解体することもできない ものになってしまうのです。

 先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃 炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。 閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくこ とですが、ここからが大変です。

 放射能まみれになってしまった原発は、発電して いる時と同じように、水を入れて動かし続けなけれ ばなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部 品の具合が悪くなったりしますから、定検もしてそ ういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないよ うにしなければなりません。放射能が無くなるまで 、発電しているときと同じように監視し、管理をし 続けなければならないのです。 

 今、運転中が五一、建設中が三、全部で五四の原 発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を 続けると、余りにも危険な原発もいくつかあります 。この他に大学や会社の研究用の原子炉もあります から、日本には今、小さいのは一〇〇キロワット、大きいの は一三五万キロワット、大小合わせて七六もの原子炉があ ることになります。

 しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金 儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続ける か大変疑問です。それなのに、さらに、新規立地や 増設を行おうとしています。その中には、東海地震 のことで心配な浜岡に五機目の増設をしようとして いたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設も あります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口 の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつ もあります。それで、二〇一〇年には七〇~八〇基 にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂 っているとしか思えません。

 これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは 本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された 原発が日本国中いたるところに出現する。これは不 安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だ けでしょうか。

・どうしようもない放射性廃棄物


 それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、 毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は 低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間 もいたら、致死量の被曝をするようなものもありま す。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜ま っています。

 日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこ の原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海 に捨てていました。その頃はそれが当たり前だった のです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はド ラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉 の沖に捨てに行っていました。

 しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思った のは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は 一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミ はどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと 思ったのがはじめでした。

 現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行 っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから 三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年 ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間 も続くのかどうか。どうなりますか。

 もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃 料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残っ た放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの 会社に再処理を頼んでいます。去年(一九九五年) フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返っ てきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガ ラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。 この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放 射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六 ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし 続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地 中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全 く決まっていません。余所の国でも計画だけはあっ ても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はあ りません。みんな困っています。

 原発自体についても、国は止めてから五年か十年 間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に 入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなこと を言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの 放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミで さえ、捨てる所がないのに、一体どうしようという んでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけに なる事は目に見えています。早くなんとかしないと いけないんじゃないでしょうか。それには一日も早 く、原発を止めるしかなんですよ。

 私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放 射能のゴミを五〇年、三百年監視続ける」と言った ら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きして いいですか。今、廃棄物を五〇年、三百年監視する といいましたが、今の大人がするんですか? そう じゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その 次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私た ちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返 事の出来る大人はいますか。

 それに、五〇年とか三百年とかいうと、それだけ 経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじ ゃありません。原発が動いている限り、終わりのな い永遠の五〇年であり、三百年だということです。

・住民の被曝と恐ろしい差別


 日本の原発は今までは放射能を一切出していませ んと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウ ソがつけなくなったのです。

 原発にある高い排気塔からは、放射能が出ていま す。出ているんではなくて、出しているんですが、 二四時間放射能を出していますから、その周辺に住 んでいる人たちは、一日中、放射能をあびて被曝し ているのです。

ある女性から手紙が来ました。二三歳です。便箋 に涙の跡がにじんでいました。「東京で就職して恋 愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。とこ ろが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。 相手の人は、君には何にも悪い所はない、自分も一 緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あ なたが福井県の敦賀で十数年間育っている。原発の 周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いとい う。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから 結婚するのはやめてくれ、といわれたからと。私が 何か悪いことしましたか」と書いてありました。こ の娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々 で起きています。

 この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話 なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた 男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近 くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心から 喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも 知れないですから、まったく人ごとではないんです。  こういう差別の話は、言えば差別になる。でも言 わなければ分からないことなんです。原発に反対し ている人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、 こういうことが起きるから原発はいやなんだと言っ て欲しいと思います。原発は事故だけではなしに、 人の心まで壊しているのですから。
私、子ども生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。


 最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、 北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の 講演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、 必ずこのお話はしています。あとの話は全部忘れて くださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚えて おいてください。

その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員 が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来てい ました。その中には中学生や高校生もいました。原 発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題 だからと聞きに来ていたのです。

 話が一通り終わったので、私が質問はありません かというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙 げて、こういうことを言いました。 

 「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウ ソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見 に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の 大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴ ルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちの ためにと言って、運動するふりばかりしている。私 は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被 曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラ フィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高い というのは、本を読んで知っている。私も女の子で す。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ど も生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三 百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答 えてあげられない。

 「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、 なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかっ たのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号 機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなっ てもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、 泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。

 「何で、今になってこういう集会しているのか分 からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体 を張ってでも原発を止めている」と言う。

 「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴び ている。でも私は北海道から逃げない」って、泣き ながら訴えました。

 私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したこ とがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生 やお母さんも来ている、でも、話したことはない」 と言います。「女の子同志ではいつもその話をして いる。結婚もできない、子どもも産めない」って。

 担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩み を抱えていることを少しも知らなかったそうです。

 これは決して、原子力防災の八キロとか十キロの問題 ではない、五十キロ、一〇〇キロ圏でそういうことがい っぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学 生、高校生が持っていることを絶えず知っていてほ しいのです。

・原発がある限り、安心できない


 みなさんには、ここまでのことから、原発がどん なものか分かってもらえたと思います。

 チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は 怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、 「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、 特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くて も仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃな いでしょうか。

 でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利 用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。 安全だから安心しなさい」「日本には資源がないか ら、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけ て宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故の ように、本当のことはずーっと隠しています。

 原発は確かに電気を作っています。しかし、私が 二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験し たことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ 動かないものだということです。それに、原発を造 るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、 心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝さ せられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいる んです。

 みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知 っている。だったら、事故さえ起こさなければいい のか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。 私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、 地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なん かではないんです。それに、安全なことと安心だと いうことは違うんです。原発がある限り安心できな いのですから。

 それから、今は電気を作っているように見えても、 何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大 な電気や石油がいるのです。それは、今作っている 以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。 それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するの は、私たちの子孫なのです。

 そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えま すか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対 に核の平和利用ではありません。

 だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子 さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。 果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんど ん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地 震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り 返しのつかないことが起きてしまうと。これをどう しても知って欲しいのです。

 ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけな い、原発の増設は絶対に反対だという信念でやって います。そして稼働している原発も、着実に止めな ければならないと思っていあす。

 原発がある限り、世界に本当の平和はこないので すから。

優しい地球 残そう子どもたちに
筆者「平井憲夫さん」について:

1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。

以上


紹介元記事
MIXIです。↓
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=35...

巷?では六ヶ所村の原発反対運動が盛んになっていますね。

私自身、環境問題に対して意識の高い部類に入ると思いますが、反対運動には興味がありません。
今の私の興味と言えば、今日と明日の天気と、今日のおやつに何が出るか。それから、今日は、どんなお客さんがここに来るのかな?そんな具合です。最近、不思議な程、未来に対する不安が一切無くなりました。日々を充実させて生きる。それで十分なのだと思います。

さて、本題です。

知り合いが、六ヶ所村原発で働いていた人のリアルな証言を紹介していました。反対とか推進ではなく、現実を知る。
これは重要な事だなーと思います。
(この記事が100%真実なのかどうか解りませんが、本人の気持ちが伝わってくる良い記事だと思ったので紹介します。)



「我々は日々被爆しているのです!」
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六ヶ所の再処理工場の稼動が、今年11月に迫ってきました。
それを止めようと、いま大きな動きが起こってますね!

いっぽう、あるコミュで以下の文章を見つけました。
原子力発電所で長年技術者として働き、被爆して癌を発症しながら、原発の実態を訴え続けて亡くなった方の講演録です。

これを読んで、日本は一刻も早く原子力産業から卒業すべきなんだと実感しました。とても長い文章なのですが、時間のある方はぜひ最後まで読んでくださいね!


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「我々は日々被爆しているのです!」

以下元1級プラント配管技能士平井憲夫さんの著書より


私は原発反対運動家ではありません。二十年間、原子力発電所の
現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。

 はじめて聞かれる話も多いと思います。どうか、最後まで読んで、それから、原発をどうしたらいいか、みなさんで考えられたらいいと思います。原発について、設計の話をする人はたくさんいますが、私のように施工、造る話をする人がいないのです。しかし、現場を知らないと、原発の本当のことは分かりません。

 私はプラント、大きな化学製造工場などの配管が専門です。二○代の終わりごろに、日本に原発を造るというのでスカウトされて、原発に行きました。一作業負だったら、何十年いても分かりませんが、現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っています。

・「安全」は机上の話


 去年(一九九五年)の一月一七日に阪神大震災が起きて、国民の中から「地震で原発が壊れたりしないか」という不安の声が高くなりました。原発は地震で本当に大丈夫か、と。しかし、決して大丈夫ではありません。国や電力会社は、耐震設計を考え、固い岩盤の上に建設されているので安全だと強調していますが、これは机上の話です。

 この地震の次の日、私は神戸に行ってみて、余りにも原発との共通点の多さに、改めて考えさせられました。まさか、新幹線の線路が落下したり、高速道路が横倒しになるとは、それまで国民のだれ1人考えてもみなかったと思います。

 世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていると思われています。しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一見、溶接がされているように見えていても、溶接そのものがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。

 なぜ、このような事が起きてしまったのでしょうか。その根本は、余りにも机上の設計ばかりに重点を置いていて、現場の施工、管理を怠ったためです。それが直接の原因ではなくても、このような事故が起きてしまうのです。

・素人が造る原発


 原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか、現場がどうなっているのかという議論は1度もされたことがありません。

 原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。

 日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこかで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。しかし、これは設計の段階までです。施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。

 仮に、自分の家を建てる時に、立派な一級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官屋の腕が悪かったら、雨漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なのです。

 ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。

 例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、1歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化した原発も危ないのですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。

 現場に職人が少なくなってから、素人でも造れるように、工事がマニュアル化されるようになりました。マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく、工場である程度組み立てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんです。そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要なことをしているのか、全く分からないままに造っていくことになるのです。こういうことも、事故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつです。

 また、原発には放射能の被曝の問題があって後継者を育てることが出来ない職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて、互いに話をすることも出来ないような所ですから、身振り手振りなんです。これではちゃんとした技術を教えることができません。それに、いわゆる腕のいい人ほど、年間の許容線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。だから、よけいに素人でもいいということになってしまうんです。

 また、例えば、溶接の職人ですと、目がやられます。30歳すぎたらもうだめで、細かい仕事が出来なくなります。そうすると、細かい仕事が多い石油プラントなどでは使いものになりませんから、だったら、まあ、日当が安くても、原発の方にでも行こうかなあということになります。

 皆さんは何か勘違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいるかも知れないけれど、そんな高級なものではないのです。

 ですから、素人が造る原発ということで、原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。

・名ばかりの検査・検査官


 原発を造る職人がいなくなっても、検査をきっちりやればいいという人がいます。しかし、その検査体制が問題なのです。出来上がったものを見るのが日本の検査ですから、それではダメなのです。検査は施工の過程を見ることが重要なのです。

 検査官が溶接なら溶接を、「そうではない。よく見ていなさい。このようにするんだ」と自分でやって見せる技量がないと本当の検査にはなりません。そういう技量の無い検査官にまともな検査が出来るわけがないのです。メーカーや施主の説明を聞き、書類さえ整っていれば合格とする、これが今の官庁検査の実態です。

 原発の事故があまりにもひんぱんに起き出したころに、運転管理専門官を各原発に置くことが閣議で決まりました。原発の新設や定検(定期検査)のあとの運転の許可を出す役人です。私もその役人が素人だとは知っていましたが、ここまでひどいとは知らなかったです。

 というのは、水戸で講演をしていた時、会場から「実は恥ずかしいんですが、まるっきり素人です」と、科技庁(科学技術庁)の者だとはっきり名乗って発言した人がいました。その人は「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発にいた専門官は三か月前までは、お米の検査をしていた人だった」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。このようにまったくの素人が出す原発の運転許可を信用できますか。

 東京電力の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した大事故が起きたとき、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、その人は、自分の担当している原発で大事故が起きたことを、次の日の新聞で知ったのです。なぜ、専門官が何も知らなかったのか。それは、電力会社の人は専門官がまったくの素人であることを知っていますから、火事場のような騒ぎの中で、子どもに教えるように、いちいち説明する時間がなかったので、その人を現場にも入れないで放って置いたのです。だから何も知らなかったのです。

 そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕事が進まないのですが、検査のことはなにも知りません。ですから、検査と言ってもただ見に行くだけです。けれども大変な権限を持っています。この協会の下に電力会社があり、その下に原子炉メーカーの日立・東芝・三菱の三社があります。私は日立にいましたが、このメーカーの下に工事会社があるんです。つまり、メーカーから上も素人、その下の工事会社もほとんど素人ということになります。だから、原発の事故のことも電力会社ではなく、メー力-でないと、詳しいことは分からないのです

 私は現役のころも、辞めてからも、ずっと言っていますが、天下りや特殊法人ではなく、本当の第三者的な機関、通産省は原発を推進しているところですから、そういう所と全く関係のない機関を作って、その機関が検査をする。そして、検査官は配管のことなど経験を積んだ人、現場のたたき上げの職人が検査と指導を行えば、溶接の不具合や手抜き工事も見抜けるからと、一生懸命に言ってきましたが、いまだに何も変わっていません。このように、日本の原発行政は、余りにも無責任でお粗末なものなんです。

・いいかげんな原発の耐震設計


 阪神大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を九月に発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」というあきれたものでした。私が関わった限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面目に考えていなかったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、とんでもないことです。1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して、自動停止したことがありましたが、この事故は大変な事故でした。なぜ大変だったかというと、この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしているのですが、それが震度5ではないのに止まったんです。わかりやすく言うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じことなんです。これは、東北電力が言うように、止まったからよかった、というような簡単なことではありません。5で止まるように設計されているものが4で止まったということは、5では止まらない可能性もあるということなんです。つまり、いろんなことが設計通りにいかないということの現れなんです。

 こういう地震で異常な止まり方をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、同じ型の原発が全国で10もあります。これは地震と原発のことを考えるとき、非常に恐ろしいことではないでしょうか。

・定期点検工事も素人が


 原発は1年くらい運転すると、必ず止めて検査をすることになっていて、定期検査、定検といっています。原子炉には70気圧とか、150気圧とかいうものすごい圧力がかけられていて、配管の中には水が、水といっても300℃もある熱湯ですが、水や水蒸気がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるのです。そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくてはならないのですが、この作業に必ず被曝が伴うわけです。

 原発は一回動かすと、中は放射能、放射線でいっぱいになりますから、その中で人間が放射線を浴びながら働いているのです。そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着替えて入ります。防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうではないんですよ。放射線の量を計るアラームメーターは防護服の中のチョッキに付けているんですから。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着です。作業している人を放射能から守るものではないのです。だから、作業が終わって外に出る時には、パンツー枚になって、被曝していないかどうか検査をするんです。体の表面に放射能がついている、いわゆる外部被曝ですと、シャワーで洗うと大体流せますから、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。

 また、安全靴といって、備付けの靴に履き替えますが、この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、大事な働く足元がちゃんと定まりません。それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。そういうかっこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。普通の職場とはまったく違うのです。

 そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです。

 例えば、ボルトをネジで締める作業をするとき、「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ」と教えますが、作業する現場は放射線管理区域ですから、放射能がいっぱいあって最悪な所です。作業現場に入る時はアラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますから、作業の出来る時間が違います。分刻みです。

 現場に入る前にその日の作業と時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、その現場が20分間作業ができる所だとすると、20分経つとアラ-ムメーターが鳴るようにしてある。だから、「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ」と指示します。でも現場には時計がありません。時計を持って入ると、時計が放射能で汚染されますから腹時計です。そうやって、現場に行きます。

 そこでは、ボルトをネジで締めながら、もう10分は過ぎたかな、15分は過ぎたかなと、頭はそっちの方にばかり行きます。アラームメーターが鳴るのが怖いですから。アラームメーターというのはビーッととんでもない音がしますので、初めての人はその音が鳴ると、顔から血の気が引くくらい怖いものです。これは経験した者でないと分かりません。ビーッと鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たります。ですからネジを対角線に締めなさいと言っても、言われた通りには出来なくて、ただ締めればいいと、どうしてもいい加滅になってしまうのです。すると、どうなりますか。

・放射能垂れ流しの海


 冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。

 海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。

 原発の事故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠そうとします。それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしです。

 防護服には放射性物質がいっぱいついていますから、それを最初は水洗いして、全部海に流しています。排水口で放射線の量を計ると、すごい量です。こういう所で魚の養殖をしています。安全な食べ物を求めている人たちは、こういうことも知って、原発にもっと関心をもって欲しいものです。このままでは、放射能に汚染されていないものを選べなくなると思いますよ。

 数年前の石川県の志賀原発の差止め裁判の報告会で、八十歳近い行商をしているおばあさんが、こんな話をしました。「私はいままで原発のことを知らなかった。今日、昆布とわかめをお得意さんに持っていったら、そこの若奥さんに「悪いけどもう買えないよ、今日で終わりね、志賀原発が運転に入ったから」って言われた。原発のことは何も分からないけど、初めて実感として原発のことが分かった。どうしたらいいのか」って途方にくれていました。みなさんの知らないところで、日本の海が放射能で汚染され続けています。

・内部被爆が一番怖い


 原発の建屋の中は、全部の物が放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質になって、放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからです。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。

 ホコリ、どこにでもあるチリとかホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあびて放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホコリが口や鼻から入ると、それが内部被曝になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が外部被曝よりもずっと危険なのです。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。

 体の中に入った放射能は、通常は、三日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、三日なら三日、放射能を体の中に置いたままになります。また、体から出るといっても、人間が勝手に決めた基準ですから、決してゼロにはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも、体の中に蓄積されていきますから。

 原発を見学した人なら分かると思いますが、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。きれいにしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。

 私はその内部被曝を百回以上もして、癌になってしまいました。癌の宣告を受けたとき、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようかと考えました。でも、私の母が何時も言っていたのですが、「死ぬより大きいことはないよ」と。じゃ死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そうと思ったのです

・普通の職場環境とは全く違う


 放射能というのは蓄積します。いくら徴量でも十年なら十年分が蓄積します。これが怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、それを越えなければいいという姿勢です。

 例えば、定検工事ですと三ケ月くらいかかりますから、それで割ると一日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、一日に五分から七分間しか作業が出来ないところもあります。しかし、それでは全く仕事になりませんから、三日分とか、一週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせるのです。これは絶対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分間なりの作業ができるのです。そんなことをすると白血病とかガンになると知ってくれていると、まだいいのですが……。電力会社はこういうことを一切教えません。

 稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに働く人三十人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にあるネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで百六十人分、金額で四百万円くらいかかりました。

 なぜ、原発を止めて修理しないのかと疑問に思われるかもしれませんが、原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないのです。放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。

・「絶対安全」だと五時間の洗脳教育


 原発など、放射能のある職場で働く人を放射線従 事者といいます。日本の放射線従事者は今までに約 二七万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。 今も九万人くらいの人が原発で働いています。その 人たちが年一回行われる原発の定検工事などを、毎 日、毎日、被曝しながら支えているのです。

 原発で初めて働く作業者に対し、放射線管理教育 を約五時間かけて行います。この教育の最大の目的 は、不安の解消のためです。原発が危険だとは一切 教えません。国の被曝線量で管理しているので、絶 対大丈夫なので安心して働きなさい、世間で原発反 対の人たちが、放射能でガンや白血病に冒されると 言っているが、あれは“マッカナ、オオウソ”であ る、国が決めたことを守っていれば絶対に大丈夫だ と、五時間かけて洗脳します。  

 こういう「原発安全」の洗脳を、電力会社は地域 の人にも行っています。有名人を呼んで講演会を開 いたり、文化サークルで料理教室をしたり、カラー 印刷の立派なチラシを新聞折り込みしたりして。だ から、事故があって、ちょっと不安に思ったとして も、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって 、「原発がなくなったら、電気がなくなって困る」 と思い込むようになるのです。

 私自身が二〇年近く、現場の責任者として、働く 人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、 「洗脳教育」をやって来ました。何人殺したかわか りません。みなさんから現場で働く人は不安に思っ ていないのかとよく聞かれますが、放射能の危険や 被曝のことは一切知らされていませんから、不安だ とは大半の人は思っていません。体の具合が悪くな っても、それが原発のせいだとは全然考えもしない のです。作業者全員が毎日被曝をする。それをいか に本人や外部に知られないように処理するかが責任 者の仕事です。本人や外部に被曝の問題が漏れるよ うでは、現場責任者は失格なのです。これが原発の 現場です。

 私はこのような仕事を長くやっていて、毎日がい たたまれない日も多く、夜は酒の力をかり、酒量が 日毎に増していきました。そうした自分自身に、問 いかけることも多くなっていました。一体なんのた めに、誰のために、このようなウソの毎日を過ごさ ねばならないのかと。気がついたら、二〇年の原発 労働で、私の体も被曝でぼろぼろになっていました。

・だれが助けるのか


 また、東京電力の福島原発で現場作業員がグライ ンダーで額(ひたい)を切って、大怪我をしたこと がありました。血が吹き出ていて、一刻を争う大怪 我でしたから、直ぐに救急車を呼んで運び出しまし た。ところが、その怪我人は放射能まみれだったの です。でも、電力会社もあわてていたので、防護服 を脱がせたり、体を洗ったりする除洗をしなかった。 救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったので、 その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院に 運ばれてしまったんです。だから、その怪我人を触 った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、 医者も看護婦さんも、その看護婦さんが触った他の 患者さんも汚染される、その患者さんが外へ出て、 また汚染が広がるというふうに、町中がパニックに なるほどの大変な事態になってしまいました。みん なが大怪我をして出血のひどい人を何とか助けたい と思って必死だっただけで、放射能は全く見えませ んから、その人が放射能で汚染されていることなん か、だれも気が付かなかったんですよ。

 一人でもこんなに大変なんです。それが仮に大事 故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一 体どうなるのでしょうか。想像できますか。人ごと ではないのです。この国の人、みんなの問題です。

・びっくりした美浜原発細管破断事故!


 皆さんが知らないのか、無関心なのか、日本の原 発はびっくりするような大事故を度々起こしていま す。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する 大事故です。一九八九年に、東京電力の福島第二原 発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、世 界で初めての事故でした。

 そして、一九九一年二月に、関西電力の美浜原発 で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や 海へ大量に放出した大事故でした。

 チェルノブイリの事故の時には、私はあまり驚か なかったんですよ。原発を造っていて、そういう事 故が必ず起こると分かっていましたから。だから、 ああ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまた ま日本ではなかったと思ったんです。しかし、美浜 の事故の時はもうびっくりして、足がガクガクふる えて椅子から立ち上がれない程でした。

 この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動 で動かして原発を止めたという意味で、重大な事故 だったんです。ECCSというのは、原発の安全を 守るための最後の砦に当たります。これが効かなか ったらお終りです。だから、ECCSを動かした美 浜の事故というのは、一億数千万人の人を乗せたバ スが高速道路を一〇〇キロのスピードで走っているの に、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかな い、崖にぶつけてやっと止めたというような大事故 だったんです。

 原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、 炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多 重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと〇・七秒 でチェルノブイリになるところだった。それも、土 曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来 ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人 がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むよ うな大事故に至らなかったのです。日本中の人が、 いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ。

 この事故は、二ミリくらいの細い配管についている 触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わ ないようにしてある金具が設計通りに入っていなか ったのが原因でした。施工ミスです。そのことが二 十年近い何回もの定検でも見つからなかったんです から、定検のいい加減さがばれた事故でもあった。 入らなければ切って捨てる、合わなければ引っ張る という、設計者がまさかと思うようなことが、現場 では当たり前に行われているということが分かった 事故でもあったんです。


続く

数日前、「現代農業・増刊号」の編集長・甲斐良治氏の部下の方より連絡があり、元IT経営者が農村へ移住という部分をテーマに取材をしたいという話がありました。

取材を快諾して電話を切った後、自分も「現在農業」の特徴(風土?)を理解しておこうと思い、増刊号を手にとって読みました。

目次を見て、いきなり目に飛び込んだ文字が、
『「非営利・非所有」の若者が未来をひらく』
で、正直この偶然の一致に驚きました。

私自身が今回の取材で、話したいと思ったテーマだったからです。記事元は、鴨川自然王国そばで農業をしている「遊学の森トラスト世話人」田中正治さんという方で(この日記を書いた後、彼に直接メールをしますが。)内容は、正に同意!というものばかりで、大変面白かったです。
こちら の最新号「脱・格差社会」に掲載されています。

私の独断ですが、日本の若者(20代~40代)が経営するベンチャー企業の多くは、ブローカーです。(僕の会社もそうでした。)右から左に何か(情報や物)を流す仕事。広告代理業も、ITを使った営業会社も、アメリカ・韓国のIT(ハード・ソフト)の輸入(SNSもそう)による新商品を発売している会社も、、、

生みの苦しみが少ないにも関わらず、多くのベンチャー企業が出現し、年商10億 100億という数字を出せるようになってしまいました。私と同年代で個人資産100億を超える友人が二人も居ます。ある部分において尊敬はしますが、私は冷ややかにみています。

今、そのブローカー経営をしている連中が苦しんでいます。次の一手に真剣に悩んでいるのを身近で見ています。

私は世界規模で、次の社会は第4次産業と言われる金融ではなく、非所有・調和の概念だと思います。

土と太陽に、生かされている事を感じ、自分の所有物を手放し、自分の欲求の為の活動ではなく、社会調和の中の自分を見つけ、日々を淡々と、与えられた役割を真剣に生きる。

それが、これからの時代の生き方だと感じ、昨年の10月、血縁を超えた家族・共同体である木の花農園 に来て、確信に変わりました。

若者の最先端は「非営利・非所有」

正にそうだなぁと思います。

昨年は農業家にとって、不作なものは不作、豊作なものは豊作という大変な年だったようです。


僕は、農家に就農したの(かな?笑)ですが、有機農業は、本当に大変!

雑草も、いちいち手でまめに抜くし、虫君も苗の段階で、結構な割合で食べてくれちゃうし、農薬をまかないという事がどれだけ大変かを日々実感しています。


で、そんな中、白菜、キャベツ、ごぼう、ヤーコンが豊作でした。 無農薬有機野菜、かつ取れたて野菜が欲しい人!

お分けできます。

流石に無料とはいきませんが、ヤーコンなどは、通常よりも多めに入れたり、何かしらの気持ちを込めてお届けしたいと思います。


宅配が可能です。 送料577円、後払いです。 野菜5種1050円セットと10種2100円セットがあります。以下のホームページ経由で希望の野菜と、配達希望日を言っていただければ、担当の者より折り返し連絡をさせて頂きます。


白菜収穫担当のみっちゃん、あきちゃんからのお願いでした。(苦笑)


詳しくは、木の花農園のWEBサイト(http://www.konohana-nouen.org/ )をご覧下さい。