3月度 食事会
去る13日月曜日。。。
立川店メンバー全員で…
19:00より…お食事会をやりました。
標的となったのは…
まずステ看本部長“杉ちゃん”
『もお。無理ですよぉ。飲めませんんん』 といいながら
ぢょせい陣に『飲んで
』と言われてしまうとついつい断りきれなくてイッキする杉ちゃん。
事務員Nさん 『はい
まだ飲めるでしょ?』
杉ちゃん 『いえ。もう無理っす。無理無理無・・・』
杉ちゃん主役の食事会が終わり、カラオケへ…
『杉ちゃん歌う
』
さよならは誰にいう~~~![]()
握ったこぶしがステキです
杉ちゃん?
新入社員横井君
必ず最後に愛は勝つ~~~![]()
本当ですか?横井君?
ダンディS木 『やっぱりここはボクが・・・
』
そしてその頃もくもくと飲んでいたT社員はすっかり気分が良くなり…
『うおおおおっっ!!!夜はこれからだぜィ!!!』
あの・・・もう終わりましたよ? Tさん?
来月もまた楽しく開催できるように頑張ってきましょう!!
フォレストホーム立川店 今週のオープンハウス情報
AVANCER (アヴァンセ)南大沢
| 交通 | 京王相模原線「南大沢」駅 徒歩25分又は、 バス10分停歩3分 |
| 土地 | 198.05~198.84m2 |
| 建物 | 115.54m2~119.06m2 |
| 間取 | 4LDK~5LDK (平成18年3月末完成予定) |
| 所在 | 八王子市上柚木3号154-3 |
| 価格 | 3,980万円~4,280万円 (各税込) |
| 建物No. | 1700920号 |
| 取引態様 | 媒介 |
人気の京王線『南大沢』に誕生!!南仏プロヴァンス風の次世代オール電化住宅です。
『いや、お問い合わせムチャ来てるんですよ~♪』
ただ今案内中です![]()
詳細は0120-188-323にて店長若しくは横井を
お呼び出し下さい。。。
不動産広告☆
唐突ですが、不動産の広告って毎週末沢山入りますよね?だから我々不動産業者にとっては週末の
土曜日、日曜日はお客様からお問い合わせが頂ける最大のチャンス。
言い換えれば仕事をしていく上でのヤマ場なんですよ。![]()
今回はその最大のヤマ場の日のお客様からのお問い合わせを左右する大事な広告(折込チラシ)
やインターネットの管理を担当している業者の一つであるE-LIFEのHさんをご紹介させて頂きます。
このHさん。とにかく写真撮影の腕が秀逸。広告構成や差し替えなども不平一つ言わずに
キビキビ動いてくれます。
本当は写真とってUPしようと思ったんですけど…
ご本人たっての希望もあって今日のところはイメージ画像で

・・・とりさん。。。(分かる人だけ分かります。いつも有難う。とりさん)
天気のいい日曜日。。。お待ちしております。
フォレストホーム立川店 今週の一押し推奨物件。
国分寺市高木町2-3-12 AVANCER アヴァンセ 国立
5,980万円(税込)
| 交通 | 中央線「国立」駅徒歩17分 |
| 土地 | 136.99m2(41.43坪) 私道別21.68m2 |
| 建物 | 108.33m2(32.76坪) |
| 間取 | 4LDK(平成18年3月末完成予定) |
| 所在 | 国分寺市高木町2-3-12 |
| 設備 | 東京電力・都市ガス・公営水道・本下水 |
| 建確NO. | 3543号 |
| ※ | 西4M私道(位置指定道路) |
| 取引態様 | 媒介 |
担当はダンディS社員と新人のT社員です。生ごみを捨てる必要のない「ディスポーザー」付住宅。
車庫は大型車2台駐車可能!LDK広々20.75帖!バルコニーだけで6帖!
第三者機関のダブルチェックを受けた耐震性・耐久性に優れた4寸柱使用の洒落たお家です。
詳細場所が分かりにくいようでしたら当社ホームページ(クリックすると飛びます )若しくはフリーダイヤル
0120-188-323
で店長をお呼び出し下さい。
たくさんのご来場お待ち致しております。![]()
立川のおいしいラーメン屋さん。
昨夜はこちらに来てから見つけた一番お気に入りのラーメン屋
“立川屋” によって帰りました。
![]()
【新人横井君に美味しい顔して!と頼んで撮ったショット】
風邪も流行ってるし…
寒い日には
らーめんがいいですねえ ![]()
尾崎豊
読者登録して頂いた同じく立川におられるdenshone様のブログで尾崎豊のことについて
触れておられた。
実は私も尾崎豊については思うところがありまして…
駄文を綴ってみようかな…と。
ディスク: 1
1.ラヴ・ウェイ2.キッス3.黄昏ゆく街で4.ロザーナ5.レッド・シューズ・ストーリー6.銃声の証明
7.ロンリー・ローズ8.置き去りの愛9.クッキー10.永遠の胸
ディスク: 2
1.ファイアー2.レガリテート3.虹4.禁猟区5.コールド・ジェイル・ナイト6.音のない部屋7.風の迷路
8.きっと忘れない9.マリージ10.誕生
◆尾崎豊の“卒業”が流行っていた当時、自分はちょうど中学の卒業時期だった。
私の通っていた中学は新設校で、最盛期ではなかったものの割とツッパっているような連中もい
て、金八先生なんかも流行っていたっけなあ。私はいわゆる不良グループではなかったが、今、振
り返るとなんとなく何もやる気がなくて、ことあるごとに親にも反抗ばかりしていたし、友人と授業を
サボり、タバコを覚えたのもこの頃でしたね。音楽の趣味が当時から洋楽志向だったのだが、周囲
では大体矢沢の永ちゃん命の奴、ハウンド・ドックや中村あゆみ、女の子にはチェッカーズなんて
受けてましたな。まあご多分に漏れず、自己顕示欲の強い思春期のガキだった俺は洋楽至上主
義を気取り、そんな同世代の趣向には見向きもせず心の中では馬鹿にしていたと思うよ (やな奴
ですよね。)そんな私が尾崎の音楽を聴くようになったのは彼の没後のことで(1992年4月没)最初
のうちはそういえば、中学の時にこういうの聴いてる奴いたっけなあ位な気持ちだった。尾崎豊が
亡くなった当時、20台の前半だった私は通信制の高校に通いながらいろいろなバイトを掛け持ちしていた。その頃にバイトを通じて出会った仲間や先輩といろいろな話をし、様々なことを学び、影響
を受けていくうちに中学時代にはあれほど白々しく思えた尾崎豊の詩の世界が実に素直に心に沁
みるようになってきたのだ。いまさらながら名曲DISK1-⑩『永遠の胸』の一節、
“忘れないようにすべての思い出が与えてくれた心の糧を頼りに生きることを”とか
“人の暮らしの幸せはとても小さすぎて誰一人心の掟を破ることなど出来ないから”とか・・・・・・・・
いやこの曲に限らず今でも実生活の中でピンチに陥った時等、時々ハッとなって尾崎の詩を思い
出す瞬間があるのだ。彼の代表曲でよく知られているのは“I LOVE YOU”辺りであろうが、決して甘
い詞世界ではない。巷に氾濫している夢の世界や希望の楽しい世界観ではない。今の私の年齢よ
りも若くして逝った彼がその短い人生の中で経験した人と人との交わりの中で感じた日常の中で
沢山の人が感じているであろう矛盾や焦土や嫉妬やそんな泥臭いことをテクニック云々なんか無
視して(もちろん声量もあるし下手だとは思わないですが)文字通り命を削って言葉に込めて歌っ
たのだ。彼の死後色々な暴露本や記事を読んだけど少なくとも俺には尾崎の家族のことや覚せい
剤のことやマネージャーのことはどうでもいい。本に書いてあることが全てだとは思わないし立場
が違えば見方も変わるしね。ただ少なくとも尾崎豊という男、よく言えば純粋な穢れのないそれ故
に我侭で手のつけられない、プロとして音楽活動していく上では最も向いていない、常に孤独で罪
悪感に苦しんでいた人だったようで、特に後期の作品群からはそれが如実に感じ取れる。
・・・尾崎が亡くなったのは1992年4月。14年前。
26歳で亡くなっている。生きてりゃ39歳か。前記事でも触れているように、
その頃私はフリーターをやっていて、ちょうど家具の配送助手のアルバイトの途中、
トラックの助手席で彼の訃報を聞いたと思う。その時はへえ、尾崎豊って死んだんだ。ってくらいにしか思ってなかったし、私が尾崎の残した音源に興味を覚えたのは彼の死後のことだった。
当時の私は21歳。ちょうど中学時代からつるんでいた地元の仲間もそれぞれに転機を迎える時期だった
進学して大学の卒業を迎えようとする奴・・・
結婚して音沙汰のなくなった奴・・・
夢を求めて外国に旅立った奴・・・
皆それぞれに岐路に立ち、それぞれに忙しくて縁遠くなっていき、
私自身バイトバイトに明け暮れる毎日。
親から独立して一人暮らしを初めて初めての見知らぬ土地。
地元の先輩とは少し趣きの違う少し年上の楽しい先輩達。
毎日クタクタになって働きまくってたけど、
女の娘を本気で好きになることを覚えたのもこの頃だったかもしれない・・・
(好きな娘とはうまくいかないもんなのよ)
その内に営業の世界に入りまた夢中で駆けずり回りアッという間に時は流れていった。
不動産仲介という仕事に巡り合い、近年組織の中での仕事も経験したけれど、
小さなトコでも大きなトコでも人間関係って奴は存在してて、その人間関係や異性関係で
疲れたときにずっと慰めてくれたのが尾崎が残してくれた音源だった。だから私など尾崎が
生きていた頃からのファン達から見たらファンって言うのとは違うような気がするし、
渋谷のスクランブル交差点の落書きなんかも見るには見たし、尾崎の死後うじゃうじゃ出た暴露本
やゴシップ本なんかも一通り目を通したけれどやっぱり何が真実でなにが原因で死んだかなんて
ことはあまり興味の対象ではなかった。ただなぜ尾崎の残した作品が現在34歳の
今に至るまで尾崎の死後13年を経過して尚、恐らく私だけではなくて、こんなにも多くの人を
魅了し続けているのか?
それは尾崎が作品を通して訴えかけたかったもの
・・・自分の他人との間にある距離感や現代社会に存在する(生きていくうえでの)人と人との価値
観の奇妙なずれ、旨くはいえないが、そんな虚無感を表現しながらもそれでも人は一人じゃ生きら
れないんだよということを生々しくありったけの言葉で訴えかけていて、
その生々しい言葉の一つ一つが彼の短い人生の中で覚えたものを伝えたいと叫んでいるように聴
こえて人々の心を捉えて放さないんだと思う。若干17歳から26歳までの期間で持てる才能、命の
火を燃料にして尾崎豊は突っ走っちゃったんじゃないかと思う。
勿論ミュージシャンとしての力量、単純に技術的なことをいえば昨年尾崎の初期の作品から拘わ
っていたプロデューサー須藤晃氏の企画・立案による複数のアーティストによる尾崎豊へのトリビ
ュートアルバムBLUEやGREENを聴けば寧ろヴォーカルテクニック云々のみで言えば宇多田ヒカル
や槙原敬之辺りはある意味、尾崎を凌駕しているんじゃないかとも思うしギター上手い奴や泣かせ
るギターを聴かせる非凡な奴は沢山いるが、まあ音楽ってのはそういった技術点のみで判断され
るべきもんじゃないと思うし、ましてやどっちが優れているなんてことは絶対に言えない。
尾崎豊の詩の世界は決して明るく楽しいもんじゃないし、いかしたロックンロール調の曲になっているようでも決して明るくなりきれない、皮肉や自嘲めいたもので埋められている。
時にはボロボロになって足掻いている暗い(情けない)歌もある。
A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI/BLUE/2004年
ただ私が尾崎に癒しを求めてしまうのは“負けるなよ。自我を通せよ。
っていわれるのと同時に、人間って一人じゃ生きられねぇんだからしょうがねえだろって
諭されているような気になるからなのだ。そうすると少しだけ人に優しくなれるような気がする。
年を喰ったと云われりゃ反論はしないけど(笑)
永遠の胸 Words and Music by Yutaka Ozaki/1990年
一人きりの寂しさの意味を抱きしめて暮らし続ける日々よ
見つかるだろうか 孤独を背負いながら生きていく
心汚れなき証示す道しるべが
色々な人との出会いがあり 心通わせて戸惑いながら
本当の自分の姿を失いそうな時 君の中の僕だけがぼやけて見える。
ありのままの姿はとてもちっぽけすぎて
心が凍りつく時君を また見失ってしまうから
人はただ悲しみの意味を 探し出す為に生まれてきたというのか
確かめたい 偽りと真実を裁くものがあるなら僕は
君の面影を強く抱えて 何時しか辿り着くその答えを
心安らかに探し続けていてもいい いつまでも
受け止める術のない愛がある 消し去ること出来ぬ傷もある。
忘れないように 全ての想い出が与えてくれた
心の糧を頼りに生きることを
そこには様々な正義があり 幸せ求めて歩き続けている
欲望が心をもろく崩してゆきそうだ
人の心の愛を信じていたいけど
人の暮らしの幸せはとても小さすぎて
誰一人心の掟を破ることなど出来ないから
今はただ幸せの意味を守り続けるように君を抱きしめていたい
信じたい偽りなき愛を 与えてくれるものがあるなら
この身も心も捧げよう それが愛それが欲望
それが全てを司るものの真実なのだから
断崖の絶壁に立つように夜空を見上げる
今にも吸い込まれてゆきそうな空に叫んでみるんだ
何処へいくのか 大地に立ち尽くす僕は
何故生まれてきたの
生まれたことに意味があり 僕を求めるものがあるなら
伝えたい 僕が覚えた全てを 限りなく幸せを求めてきた全てを
分け合いたい 生きてゆくその全てを
心に宿るもののその姿を ありのままの僕の姿を
信じて欲しい 受け止めて欲しい
それが生きてゆくための愛なら 今 心 込めて
僕は何時でもここにいるから 涙溢れて何も見えなくても
僕は何時でもここにいるから
音楽を聴く目的は人それぞれだし、私もいつもいつもスピーカーと対峙してじっくり聴いている訳ではありませんが、私が音楽に救いを求める時、癒しを求める時、
尾崎豊が残してくれた音源に手が延びるのはまだまだ続きそうだ。
























