5・コピペミス、って

生きる機械である彼の駆動手順をアルゴリズム化したものが、ゲノムだ。
要は、生きていく上においてするべき作業の指示書と言える。
彼のゲノムは、彼の生命機械(肉体)に指図する。
それに従い、彼は活動する。
意識をまだ持たない彼は、ソフトに動かされるハードウェア・・・つまりロボットのようなものなんだ。
ゲノムの命令は、次のようなものだ。
「外界から物質を探し出し、獲得せよ」
すると、彼が体表面にめぐらせたイオンチャネルとエンドサイトーシスの機構が反応し、触れるものの中から求める素材を選別して体内に取り込む。
「肉体の部品を構成せよ」
すると、RNAの塩基配列の特定箇所が起動し、リボソームなどの内器官を総動員してアミノ酸からタンパク質を編み上げる。
「故障箇所を修繕せよ」
すると、新しいパーツが古いものに取って替わり、いわゆる新陳代謝が行われる。
「自分をコピーせよ」
すると、RNAの全らせんがそっくりコピペされ(核はまだないのだ)、ゲノムの原文から分身したプリントがもう一体のボディを構築した上で、別の系として独立する。
単細胞分裂、だ。
そして、ここがとてつもなく重要な点なのだが、本体のゲノムの情報は別系統へと、そのまま完璧にコピーされるわけじゃない。
ところどころにエラーが・・・つまり、原文とは別の指示書きが紛れ込む。
塩基配列・・・すなわち、彼の機能は、コピーがくり返されるごとに、ほんの少しずつ上書きされていく。
こうして、図らずもダーウィン進化が発生する。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園



ぼくらはマクロなワールドに生きてて、それはもちろん、ミクロなワールドをベースにしてる。
層構造、という言い方が正確に当てはまるかどうかはわからないけど、概念的にも、物理的にも、それは階層を形づくるシステムだ。
岩と水しかなかったこの惑星の最初期、けし粒のような生命が出現すると、その増殖が海底を覆ったものと思われる。
その進行が陸地に達しても、同様だったろう。
目に見えないほどの細密なパウダーとも言うべき生命体(微生物・細菌)は、あらゆる環境に進出して浸透し、物理的マクロな存在の全表面をコーティングし尽くしたんだ。
やがて、そこに植物が出現すると、その露出面も細菌に覆われる。
地表面を覆う細菌のマットの下から草木は立ち上がるわけだから、当然ながら、細菌のフィルムをまとうはめになるわけだ。
さらに動物が現れ・・・以下同文。
ぼくらの世界は、ぼくら自身を含めて、細菌に包まれてる。
動物の体表面を表とすれば、内臓は裏となるが、トポロジカルにはこれは単純なドーナツ構造なので、その体内にも細菌が満ちることになる。
ぼくら人類の、少なくとも外気に触れる(内臓を含む)部分では、細菌のマットが表層部を形成しており、ぼくの肉体そのものが独立した環境となって、ひとつの生態系を維持してるんである。
いやはや、なんというえげつない宇宙観・・・いや、この世界の実相だろう。
ぼくのからだは、小さな生物たちの集まりなんだよ。
しかもそれは、ただの住処となってるだけじゃない。
ぼくと彼女たちとは、共存共栄してるんだ。
彼女たち・・・愛すべき小さきものたちは、この地上に場所を確保するために環境と共進化し、好ましいコミュニティを保つために敵と戦い、宿主にアジャストするために仲間同士で結び合い、勢力を保持し、あるいは拡大し、さらに進化をつづける。
その営みこそが、ぼくの中で行われてる消化と免疫という機能なんだ。
その系こそが、ぼくを生かしてくれてるんだ。
ぼくの中に彼女たちがあふれてる・・・どころじゃなく、彼女たちはぼくの肉体そのものなんだった。
彼女たちの多種多彩・多様な系は、ぼくに個性を与える。
体内に張り巡らされた彼女たちのコミュニティ(マイクロバイオーム=細菌のマット)を他人のものと入れ替えると、人格が変わってしまうほどの、それは自身のアイデンティティでもある。
いやあ、深い・・・
またまた宇宙の深層構造を目の当たりにしてしまった。
科学とは、あるいは世界のリアルとは、どこまでいっても哲学で、ファンタジーで、色即是空で、先が果てしなくつづく迷路で・・・まったく、面白くできてるもんだなあ。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

4・増殖、って

生命体としての体裁を確立した彼は、今や自分を分身させて増やすこともできる。
なんたって彼が内蔵するRNAの塩基配列には、自身の構造情報ばかりか、その材料の集め方から組み立て方までがコードされてるんだから。
パズルのピースのような塩基のジョイント部分は、対となる形状を持つ相方部分としか合体(水素結合)できない。
つまり、そのジョイントの相方は、正確に彼の求める物質ということになる。
こうして素材を選り抜いて順序に沿ってコンプリートし、RNAらせんのスタートからエンドまでジッパーのように噛み合わせれば、情報が正確にコピーできる。
コピーされた相方の情報らせんは、ジップから独立して体の材料を探し、集め、部品をつくり出し、もう一体の姿かたちを立ち上げはじめる。
細胞内に、もうひとつの細胞をつくり上げようというわけだ。
第二の細胞が完成したところで、本体から分裂。
彼は、自分と同じ構造のもうひとりをつくることに成功した。※1
新しくつくられたコピー体には、彼のRNA構造・・・つまりゲノムがそっくり再現されてるので、彼のコピーもまたコピーをつくることができる。
こうして、彼の大分裂が・・・すなわち、増殖がはじまった。
世界にたった1人きりだった彼は、2人になり、4人になり、8人になり、10世代を経る頃には計算上では1024人にもなる。
もちろんその中には、生まれたはいいけど不慮の事故に遭って失われていく命もあって、増え方は単純な幾何級数グラフを描くわけじゃない。
それでも、彼と彼のコピーは自身の命が失われるまで果てしなくコピーをつくりつづけるので、時間がたつごとに彼の数はおびただしく増え、その増加曲線はますます急角度を極めていく。
たちまちチムニーとその周辺は、彼によって・・・いや、数々の生命体によって埋め尽くされていった。
それはまるで、生命の楽園だ。
この楽園を、生態系と呼ぼう。
どこを切り取ってもほとんど一様で、彩りのまったく乏しい単純な系だけど、とにかく彼は生命の世界を膨張・拡大させていく。
そして彼は、新たな環境に飛び込んでいく。
生命の大冒険のはじまりだ!

つづく

※1 ある意味、彼はこのついに時点で・・・すなわちふたりになった時点で、はじめて生命体となったと言える。生命体の定義には「増えること」とあるわけだから。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

3・彼の中に生きるものたち、って

適者生存による自然淘汰を受ける上に獲得形質を遺伝させないダーウィン進化に主体性を持ち込むのは整合性に問題があるけど、これは物語なので以降も、彼の中の「装置の駆動」を「行動」とし、その振る舞いを能動体の形で描かせてもらう。
その彼に意識を持たせよう、って試みがこのお話なんだから、まったく矛盾したものだ。
ま、そこはこらえてもらうとして・・・
さて、彼は絶え間なく働きつづけてる。
外界から材料を取り込み、新しい部品を組み上げ、壊れたものを外して交換し、必要のなくなった古材は体外に排出する。
外界からは、単元素のような粗素材だけを取り込むわけじゃない。
欲しいのはぶっちゃけ、アミノ酸だ。
古い時代にそのアミノ酸をいちから組み立ててたことを、彼は遺伝子の中に記憶してる。
めんどくさいそれをすることもできるけど、都合のいいことに、外界にはそいつが・・・つまりアミノ酸がふんだんに漂ってる。
それどころか、アミノ酸を長々と連ねたタンパク質、脂質、核酸などの高分子までが、周囲には濃厚に存在する。
それらは彼のように生命体になりきることなく、実験段階で敗れ去り、崩壊していった前駆体たちの残滓だ。
おびただしい前駆体が、数億年もの間、駆動原理と素材開発競争の中でさまざまな試行錯誤を繰り返した末に、ついに生命を獲得することなく、海の底のもくずとなったんだ。
図らずもそれが今、彼の「食べもの」となってるわけだ。
彼は外界のものを飲み込むとき、物質の選別のために小さなチャネルを利用するけど、もっと大きなものを「自分の外膜ごと」丸呑みする(エンドサイトーシスという)こともできるんだ。
そうして体内に取り込んだ高分子は、組み立てとは逆に分解され、アミノ酸に選別される。
さらに、ゲノムにコードされた順序で各種アミノ酸を並べてタンパク質の形に合成し、自分のパーツとして望みの部位にはめ込む。
なんと楽ちんな新陳代謝だろう。
おびただしい前駆体は、こんな分解と再構築の化学反応を磨き上げる数億年を送り、その技術を最終的に彼という洗練形に極めたんだ。
つまり、彼の中には途方もない数の生命前駆体が生きてる、ってことになる。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

2・最初期生命体の営み、って

彼は、最もシンプルなつくりをした単細胞の原形質だ。
まだ、生きていく上における最小限の装備しか持ってない。
生きることのみに特化した彼の外観には、手足や目耳はおろか、口も肛門もついてない。
だけど、体・・・というよりも「彼という物質系」を覆う脂質の膜には、イオンチャネルという出入り口(弁)が設けられてて、彼の内部と外界との電荷の勾配で物質がやり取りできるようになってる。
彼はその構造を利用し、必要なものを受容することができる。
だけど周囲には、爆発的燃焼剤である酸素も、光合成に道を開く太陽光もなく、鉄や硫化水素や二酸化炭素などという味気ない素材しかない。
それでも彼は、各種イオンを内部に取り込む際に酵素を駆動させ、粗分子から元気玉を組み上げるという仕事をすでに体得してる。
そうしてできた元気玉を用い、日々、単純な代謝にいそしむ。
体内で行われてるのは、物質の酸化・還元という化学反応(電子の使い回し)だけど、これがうまい具合いにエネルギーの循環となる。
ひと仕事を終えると、おつりのようなメタンが生成されると同時に熱も発生してるので、どちらも体外に捨てる。
彼はこうして、ふさがった系の中でエントロピーの平衡状態を自律的につくり出す。
ただその作業は、彼の意を反映してるわけじゃなく、ゲノムの命ずるところのものだ。
そんなゲノムもまた、自分の目的を反映させようと意図して命じてるわけじゃない。
自然界の現象が積み重なって積み重なって、たまたま「このやり方は系の中で物質がサイクルする」というメカニズムに行き着き、たまたまその仕様を核酸が塩基配列にコードしただけだから、その先のことなんて考えも及ばない。
つまり、彼のスタイル構築にも、その内部系統にも、さらには彼の仕事っぷりにも、どこにも「意識」は働いてない。
彼は、意識を持ってないんだ。
まだ。
だとしたら、彼の意識はいったいいつ、どこで、どう芽生えたんだろう?

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

1・最初の生命体、って

彼はこの世界に生まれ、「生命」なる得体の知れないものを起動させた。
いや待てよ・・・「生まれ」という言い方は厳密な意味では正確性を欠くので、「できた」と表現するべきかな。
「・・・を起動させた」という言い方も、あまりにも自覚的かつ能動的すぎるかもしれない。
正確を期して、「彼の中で精密に噛み合った自然物からなるメカニズムの活動が自律的に開始された」と受動体にしよう。
とにかく、彼は無自覚なまま、「生き」はじめたんだった。
彼は生きることそのものを全機能とし、ひとまず死なないことを全うすることに特化した、純粋な生存機械だ。
その存在自体が生命現象そのものと言ってよく、他に意図も目的も持たない。
エネルギーを循環させること以外にはなにもできないし、自分が何者であるかも、なんのためにどう振る舞っていいかもわからない。
なにもできない、ただの「はじまりから終わりまでを自己完結させる有機物塊」だ。
彼は、あなたが思い描くよりもずっと単純で素朴なつくりで、あり得ないほど小さく、心細い見てくれなんだ。
だけど、膜によって外環境から完全に独立してるし、エネルギーと物質の流れが体内・体外の間でサイクルしてるし、そんな自分の複製をつくることもできる。
ただ、その他にはなにもできない。
さて、この先、どうしていこうか。
彼には、情報の入力網(神経系)もなく、出力装置(手足)もなく、もちろん脳も意識もない。
持ち得たのは、五感を超えた直観だけだ。
そんななにも考えることができない彼だけど、立派なことに、ちゃんと理解してる。
「動けるかぎりに動きつづけよう」と。
どういうわけか、そんな意欲に突き動かされるし、それが「生きる」ということだと訴えかけてくるものが内側にある。
それこそが、ゲノムの役割りなのかもしれない。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

おしまい・生きる、って

最初期生命体である彼が獲得した能力は、自然界から電子を取り出すシステムだ。
この目の付けどころはすごい(目はまだないけど)。
ま、なんの食べものもないこの時代には、ジャガイモからデンプンを、肉から脂質を、なんて難しい化学(いや、むしろ手法としてはイージーなんだが)は不可能なんで、周囲に存在する元素の分子構造をいじって、最も初歩的なパズルの組み替えをするしかなかったわけだ。
とは言え、現代の高度知性を総動員しても困難極まる、こんな極限小のデストロイ&ビルドをやすやすとやってのけるとは、最初期生命も侮れないものだ。
だけど、そここそが自然特有の着想と手法なんであり、現象としての最初手なんであり、あり合わせかつ徒手空拳の生命体には、それ以外にはやりようがなかったんだ。
彼が発明したこの初手は、モダンな言い方では、呼吸というやつだ。
呼吸の役割りは、酸素や炭素を取り込んで固定する※1という二次的な利点もあるけど、究極的には、分子から電子を剥がして駆動部のスイッチングに用いる、ということに尽きる。
この作業さえ覚えれば、生きてるかぎり、システムの作動をつづけることができる。
逆に言えば、このサイクルこそが「生きる」ということなんだ。
彼は、まだまったく頼りない、微細な有機物塊だ。
だけどこの一大事件が、きみやぼくの存在へと一直線につながっていく。
彼のつくった「この世界に存在する」という概念そのものが、本当にまっすぐにきみやぼくに受け継がれてるんだよ。
まったく、信じられない奇跡だ。
ハッピー・バースデイ!生命。

おしまい

※1 もちろん、酸素が地上に現れるのは相当後の時代のことだし、太陽光の届かない深海底では光合成反応も使えない。そこで彼は、硫黄を取り込んでメタンを生成しながら炭素を固定する原始的な化学反応・・・つまり呼吸をしてたと考えられる。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

27・生命誕生、って

われわれ全生命体の希望である「彼」は、ついに単純な活動機械にゲノムを搭載し、生命現象を獲得した!
塩基の配列は、彼がすべきことをコードするに至った。
それは、「生きていく」上において必要不可欠で、かつ、最小限度の情報だ。
内容は、シンプルだ。
「壊れたら、直せ」「部品の集め方は、こう」「つくり方は、こう」・・・
彼は、生きよう、とはまだ考えることができない。
生きる、の意味がまだわからないんだから。
だけど、死なないようにせよ、というゲノムの命令に従う。
そして、さらに重要な命令がある。
「すべての部品を集め」「もうひとつの自分をつくり上げ」「増やせ」・・・
その命令すらコピーし、次の世代に渡す。
こうすれば、自分が滅びても、系をつなぐことができる。
原初にして、なんという知性の奥深さだろう。
彼は、まだまだ荒削りではあるものの「閉じた系」「新陳代謝」「増殖」という最低限の条件を備えた装置内で、その操縦桿を握ったんだ。
ここに至るまでのハード&ソフトの構築作業は、前駆体のいわば「なんちゃって進化」によるものだった。
外界からの干渉による分身・散開と、成りゆきまかせにした塩基の切り貼りからは、自発的な活動などは生まれようがなかった。
だけど、彼はその高みにたどり着いた。
もちろん、彼はまだ意識などというものは持ち得ないものの、とにかく自律式の循環機能を・・自分の内側だけで回せていく独自世界を手に入れたんだ。
彼だけが、それを手に入れた。
彼以外の誰もそれを実現できず、他の実験体の系は、ことごとく滅んでいった。
つまり、今ここに、彼による万世一系の生命が誕生したんだった。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

26・生命の夜明け前、って

乗りもの、機械としての「物質的な彼」は、すでにチムニー内の環境で自然の力によってつくり上げられ、自律駆動の段階にまで達してる。
今つくり上げられんとしてるのは、その操縦者としての「ゲノムの彼」だ。
乗りものは、そこに乗り込む操縦者がいて、はじめて自由な活動を獲得するんだ。
ところでふと思ったんだけど、初期ゲノムは、自分自身のアイデンティティを確立させるよりも、中途半端ながらも自身をまずは分裂させることにプライオリティを置いたんじゃないだろうか。
このスタンスなら、塩基配列の書き換え機会と実験効率はべき乗となり、幾何級数的(倍々ゲーム)に進化を繰り返せる。
数撃ちゃ当たる作戦だけど、これならわずか数億年もあれば、生命メカニズムの洗練度は文字通りにケタ違いになる。
アクシデントにまかせてふたつにちぎれるだけだったRNAは、おびただしい試行錯誤によって分裂の精度を上げ(やがて二重らせんにまで発達することになる)、塩基文字の表意配列は物質の構成にまで言及するようになり、そこにコードされた内容を別ユニットが理解(ジョイントの形状の噛み合わせ検索)するようになり、指示に応じて必要な物質を集めるセクション(トランスファーRNA)や、それらを組み立てるセクション(リボソーム)、組み上がった製品をたたんだり振り分けたり配達したりする分業制にまで・・・んー、これははるか未来の話とはいえ、そう育っていくヒントを獲得していったにちがいない。
まだまだそんな構造の初歩的段階だけど、生命前駆体である彼は、ついに成長のコツをつかんだ。
無限とも思えるほどの途方もない塩基配列を試してみる。
環境になじまない試みはあっけなく打ち捨てられるが、たまたまアジャストしたものは抜きん出てコピーを増やし、台頭し、またその中から突出したアイデアが生まれ・・・まさしく加速的に進化は突き進む。
ゲノム・・・いや、今や「遺伝子」と呼ぶが、そいつのブラッシュアップと適者生存の淘汰律が働きはじめれば、あとは彼の意識が目覚めるのも時間の問題だ。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

25・前駆体に操縦者を乗っける、って

染色体分割という強力な起動力を持たない初期の彼(まだ前駆体)の分裂は、頼りなく、不安定で、散発的で、「ちぎっては投げ・・・」式ならぬ、「ちぎれては捨て置かれ・・・」方式だったと思われる。
それでも、チムニー内には着実に彼のコピーが増えていった。
おびただしい彼のコピーが鋳込まれるうちに、コピーミスが発生する。
それは、定められた塩基配列にはさまったささいなバグのようなものだけど、これが積み重なると、徐々に初期設定と乖離して、別ものになっていくんだ。
細胞核なしのRNAは、ほとんど環境にオープンな状態なので、ヌクレオチドの端っこに新しいパートがくっついたり、あるいはところどころが剥離したり、またつながったりして、まったく新しい書き換えが起こったりもしよう。
初歩的なダーウィン進化だ。
それが何億年間もつづくんだから、軌跡のような配列の実現も可能だ。
ある日、塩基の並びが、たまたま任意のアミノ酸を意味する「コドン」という言語単位になり、特定されたアミノ酸に結びつく。
物質は、頭脳で理解はしないが、分子の形状によって「それが何物であるか」を完全に見極める。
「このアミノ酸を集めよ」という指令は、「この形状にぴたりとフィットするようにジョイントせよ」と言い換えられる。
こうして、カオスだったゲノム配列は、ゆっくりとゆっくりと、何事かができるように整いはじめる。
その何事かとは、自分を能動的につくり上げるという、生命にとって根源的な作業だ。
チムニーから放出される物質の流れから自動的かつ偶然に与えられてきたものを、今度は自分で選り分け、あるいは素材からつくり出そうというんだ。
最後のステージを上がるために、彼史上最大の創発が開始された。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園