数年に一度、病的に文章を編みたくなることがありまして、んで、今がそれというわけです。
「だったら途中のやつのつづきを書け」となりそうですが、ちがうの、別のやつを書きたいの。
ところでここのところ、文芸を読むのはもう卒業して、自然科学ものばっか耽読してます。
つくりものにはもう興味が持てず、事実だけを取り込みたいのです。
だけど逆にその反動で、自然科学の知識をベースにした文芸を書く、って意欲が醸成されるようです。
なんか文学賞にでも応募するかなあ、と考えてるとこ。
この歳で文壇デビューも悪くない。
書いてるのはね、短いの(原稿用紙十枚程度)を五篇ほど粗構成して、現在推敲作業中。
タイトルは、
「それ、わしがつくったんじゃ」・・・読みたくならん?
「鏡の中のおまえ」・・・わたしちがうんかい。
「おれ、ゲノム」・・・書きそう、しはん。
「ある細胞の独白」・・・書きそう。
「サニー・サイド・アップ」・・・むかし書いたやつの焼き直し。
どうなりますか、お楽しみに。
まだ公開しないけどね。

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顔の、あるいはボディの造作が綺麗なひとって目を引きますね。
CMに用いるには便利そうです。
だけどこの「ビューティフル」って形容・・・いわば価値観は、プライオリティを相当下に置いていいとオレは思ってます。
「綺麗で性格が悪い」のと「ブサイクで性格がいい」のとでは、100%ブサイクサイドとおつき合い願いたい。
なぜなら、性格が悪い人間とは生涯関わらないと決めてるんで、そもそもチョイスが自動的。
真に意味があるのは中身であって、ビューティフルって形容は人間価値に関与しない、とすら考えてます。
ビューティフルにもブサイクにも意味はなく、それは造作の問題なんで、そこを座標ゼロ地点とし、内面を表現する表情筋をどう動かすか、から魅力は開始されます。
プリティやキュート、セクシー、コケティッシュなどは、造作よりも少しだけ所作や仕草を含んでるんで、ビューティフルよりは感性にきてクラッとさせられます。
この周辺の形容で最上位なのは、「チャーミング」でしょうね。
口はばったいけど、オレはビューティフルとチャーミングとを両方含んじゃってるんで、男子でこの二つを備えるとなると、大谷くんやマイケル・ジョーダン、平成上皇陛下、オバマさんあたりと肩を並べる感じになっちゃいますかね、なんかすいません。
だけどよめはんは・・・と考えると、これらをはるかに超越した「コミカル」って別次元の形容に昇華しちゃって、ちょっと太刀打ちができない高価値になります。
本物のチャンピオンと言っていいでしょうね、コミカル。
うん、ラッキーだったわ、オレ。

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愉快じゃないことまで遠慮なしに書くひとなんで、覚悟して。
ここは頭に浮かんだことの吐き出し口。

新NISA(ニーサ)が好調で、よかったよかった。
オレは投資はやらないけど、学術的な意味での経済メカニズムは興味深く勉強してる。
現在の日本の株価が上げ基調なのは、大雑把に言うと、国民年金を原資とした政府の金と、銀行が預ける日銀の金という莫大なマネーが、日本株を買い支えてるからと言っていい。
この二大組織は「国民から預かった金を株で運用する」という名目で株を買いに買いまくり、結果、ほとんどすべての国内企業の大株主となってしまってる。
民間企業を経営支配し、そこから得た運用益を国民にばらまきにばらまく今の状況で、日本は実質、世界で最も成功した社会主義国家となった。
よろこぶんじゃないよ、日本はすでに自由民主主義じゃなくなったと言ってるの、自由民主党のせいで。
ま、それはいいが、要するに政府・日銀は、上がった株で金を増やすんじゃなく、利益を上回る金を投下しつづけて株価を上げる、という逆操作によって好景気を装ってるわけだ。
これは「介入」という形を取らない、底暗い隠密の方法論なんで、注視した方がいいかもしれない。
かくて、日本の実体経済が目を覆うばかりに空洞化していても、株価だけは下がることはない・・・いや、なかった。
国は株価が下がれば買い増すし、それを手放すことは景気を冷やすことになるので、決して売り抜けることはしない。
その行く末がどうなるかは神のみぞ知るところだが、ま、それは置いておく(ひとつの解答としては、すべての民間株を国家が持つことになり、国民の生殺与奪の権利を国が握る、国家主義か共産主義体制になる)。
問題は、新NISAだ。
政府は、国家に代わって、国民に株価を支えてもらうことにしたようだ。
現在の株価の上げ基調は、投資活動をはじめた国民のマネーが市場に流れ込んだことによる。
上がる株を国民が買って大喜び(本当に喜んでるのは海外投資家だが)、の図式の裏には、国民が買わされて株価を上げてる、の構図がある。
こうしてめでたく、裏工作があまりにやばい規模になってきた政府・日銀は、なんとか株価の下支えから手を引くことが可能になった。
もうやつらの後ろ盾はないぞ、新米投資家よ気をつけろ。
ところで、株価が上がってるうちは得をするが、下がると投資家は損をする、という事実をご存知だろうか。
そこで、必ずくるという噂の首都直下型地震&南海トラフの大崩壊、だ。
だって、必ず、と言ってるよね?
株価はそのときに「必ず」根を崩す。
何度も投資家が煮え湯を飲まされてきた構造だ。
その際に損をしないためには、地震の直前に売り抜けるしかないわけだけど、果たしてそれができるのか?
バフェットやトランプ、村上みたいな仕手筋あたりはやってのけるはずだけど(彼らは地震のコンマ1秒後に緊急売り抜き装置が作動するようにしてるのだ)、新兵たちは大丈夫なのか?
毎日の株価に一喜一憂するのはいいけど、大暴落は100%起こる。
地震が100%起こるというのなら、それが連動するのは自明だ。
ま、そのときは株価どころじゃなくなってるんだろうけど、投資をはじめるなら「すごい利率で積立式〜!」も一日ですっ飛ぶ可能性をきちんと考えた方がいい、とオレは思う。
ギャンブルをやるのはかまわないが、きちんと勉強をし、規模もそこそこにしとけよ。
ここはアメリカじゃなく、あまりにも地盤が脆弱な日本なんだから。
諸行無常・・・

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以降は、このブログではたわいのないことを書くものなり。

家の階段をのぼるとき、いつも駆け上がる。
しかも、ロコモーションで。
一段めから二段目よりも、二段目から三段目の方が、それよりも四段目の方が・・・と、上階に近づくに従って駆動系の回転数を上げなければならない。
ジョシっ・・・ダンシっ・・・ジョシ・・ダンシ・・ジョシ・ダンシ・ジョシダンシジョシダンシジョシ・・・というのがタモリのロコモーション(機関車の移動描写)だけど、あのテンポアップの感じね。
家の階段は十二段しかないけど、これでけっこう足にくる。
一日中家にいて運動不足のひとは、せめてこんなことでもやってみて。
ちなみに、階段の垂直面を「蹴込み」と言い、水平面を「踏みつら」と言う。
この命名も大好き。

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21・自分、って

彼は、みっつの眼を持つことで空間上のひろがりを知り、二次元世界を生きることになった。
ただその視界のバージョンアップは、明滅するスクリーンがX軸とY軸でエリア分けされた、というだけで、二次元と聞いて誰もがイメージするアニメーションのようなものじゃない。
光を三点の受容体で受け取って平面にシグナル配置するだけなので、クリアな風景は存在せず、そこにはただ右左とタテヨコだけがあるんだ。
ここから先は、四つ眼が試され、五つや六つ眼が試され、さらなる複数眼が試されたことだろう。
が、結果は同じで、彼は二次元よりも先へは進めなかった。
ところが、そこを限界とあきらめなかったゲノムは、世界の更なる更新を求め、劇的なイノベーションを果たす。
なんと「複数の眼をひとくくりにまとめて多ピクセル数を持つ片眼とし、それを2セットにして」、彼の形質に組み入れたんだ。
進化によっておびただしい神経を手に入れた彼は、それを盛大に束ねたんだ。
すると、彼の視界についに奥行きが、深みが、立体感が・・・すわなち、三次元空間が立ち現れた。
3D動画をはじめて見たときの感激を、きみは覚えてるだろう。
あれなんだ。
彼は、自分の閉じた系の外側に、無限のひろがりがあることを知った。
そこには森羅万象が配置され、独立しながら連動し、そんな活動をするひとつひとつが彼との相関関係で結ばれてるようだった。
彼はまさしく、目を見張った。
自分がその舞台に「いる」のだと、自覚した。
神経系がいっせいに目覚め、開き、求め、「知ろう」という衝動が湧き起こった。
そうして、ふと根源的なことに気づいた。
外の世界とは、内なるなにものかと相対的なものなのだ、と。
閉鎖系の内と外という理解は、「わたくし」という普遍的存在の理解につながっていく。
彼の中で果てしないまでに伸び、展開し、細分化し、精密化した感覚神経系は、そのすべての情報を中枢機能である頭部に集約し、こうしてできた脳は、情報へのカウンターとして運動神経系に対応を指示するまでに高度化した。
つまり、かつて純粋に自律的だった彼の活動は、今や主体的と言っていいまでに能動化している。
彼の中に、ついに「意識」なるものが芽生えようとしている。

いつかにつづく(休筆)

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20・方向とひろがり、って

彼が備えた光子捕獲装置、すなわち「眼」は、神経系によって肉体組織とダイレクトに結ばれることで、個体の生存率をぐんと高めてくれる。
そのものに触れずとも、なにかが目の前に近づくだけで「逃げろ」の警戒信号が出され、危険を自動的に回避できるんだから、こりゃ便利だ。
対象物に触れないと、そこになにかがあることを感知できなかったこれまでとは大違いだ。
この単純お知らせ機能は、彼が主体的な行為者として覚醒する前段階の、機械的な反射反応システムと言える。
これを、遠距離察知機能である聴覚、対象物の質を識別する嗅覚などと連動させれば、より明確な世界観を築くことができそうだ。
そしてこれらの全自動式のからくり全体を洗練させ、刺激→反応のみの活動から、状況判断→意図的行動という、より能動的な個体へと自身を進化させていきたいものだ。
というわけで、めでたくひとつ眼を獲得した彼なんだった。
進化はこの「着眼」のステージが最も困難で、それに比べたらここから先の展開は、出来合いのものを応用し、更新していけばいいので、時間をかけさえすればわりとイージーに進める。
ひとつ眼から抜きん出ようという圧にさらされるゲノムは、まずは最も安直に、ひとつをふたつに増やそうとした。
こうして、後の世代に進んだ彼は、進化の過程でふたつめの眼を手に入れる。
あたりまえに思えるこのアイデアだが、効果は絶大だ。
なにしろ、ひとつ眼だと点でしか確認できなかった外界が、ふたつ眼になると線で解釈できるようになる。
ゼロ次元だった世界が、一次元になるんだ。
具体的には、ふたつの眼=2ピクセルが時間差で反応することで、目の前の相手がどちらからどちらへと移動したかを理解できる。
いるかいないかだった対象物の情報が、位置と動きを持つことになったわけだ。
点滅のみの視界世界の中に、「方向」という新基軸が備わった。
気をよくしたゲノムは、さらに眼をみっつに増やす。
線だった世界が、いよいよ面になる。
彼は世界の中に「ひろがり」を感じはじめた。

つづく

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19・視覚、って

自分を分裂させて増える、という単純な一系統相伝方式では、獲得した機能が細分化・専門化して拡散するばかりだ。
だけど彼は、いったん分かれたそれらを集約して総合する方法・・・つまりくっついて増える「有性生殖」の原理を編み出した。
別個性を持ったふたりが出会い、お互いに生存に有利なカードを持ち寄って機能をコンプリートしていけば、ゲノムを果てしなく高性能にしていける。
まさしく、ダーウィン進化が目指すところの選択による淘汰律とは言えまいか。
これは、自然選択を主体的選択に変質させていく、すなわち意識獲得へのステップかもしれない。
そして彼は、いよいよ感覚機能の金字塔とも言える視覚の形成に本腰を入れはじめた。
自分という閉鎖系の外側に存在するらしきひろがりを、距離、形、色・・・つまり景色で把握しようという野心的な試みだ。
そもそもひろがりという意味を理解できていない彼は、距離感や運動などといった、これまでに抱いてきた心的形象を画づらとして描き起こすことができない。
ここには、二次元や三次元といった空間概念や、製図法などの高度な数学の技術、さらには感覚刺激を選り分けて内的世界構築にまで落とし込むまでのアルゴリズムの工学的な大変革が必要だ。
彼にできることといえば、拾い集めた化学物質の組み替えと、電気信号によるエネルギー伝達だけだ。
これをどう組み合わせれば、外界の地図化が可能になるだろうか?
ところが彼は、またしても長い長い歳月をかけ、これをやってのける。
この世に最初に「お目見え」を果たした目は、前頭部(かどうかはわからないけど)にうがたれた、光を落っことすピンホールだった。
彼を照らす光が、ホール(細穴)の底まで一直線に差し込む、というところがミソだ。
こうして光が進めるわずかな距離を設けることよって、捕捉物体の位置が特定できるのだから。
穴の底部には、光子に反応して光か影かを判定するスイッチが組み込まれていて、そのオン・オフの情報は「1ピクセルのモノクロ画」と考えることができる。
彼がはじめて見る世界は、白か、黒か、そのうちのどちらかというシンプルなものだった。
この機能を、彼は劇的に発達させていく。

つづく

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18・生殖、って

他者から別系統由来の遺伝子を取り込んで、自分のゲノムに組み入れる。
そうして、次世代の形質を一足飛びに変異させる。
こんなことができるようになるなんて、便利な世の中になったもんだ。
もう形質のブラッシュアップを、塩基配列のコピーミスばかりに頼る必要はない。
なんたってこの方法なら、他者が苦労して築き上げてくれた有用な能力をまるっともらい受けることができるんだから。
まてよ、この方法もまた偶発的だけど、いっそ取り込みをアルゴリズムに組み込んでしまえば、さらに効率よく変異を進めることができるぞ。
自分と相手のゲノム2パッケージ分を掛け合わせた上、お互いのいい特徴を選別して次世代に残せば、生存の淘汰戦で有利な立場を得られることは疑いがない。
・・・と、この部分もまたゲノムに起きた自然選択のたまものなんだけど、とにかく、DNAのシャッフルがはじまったんだった。
思えば、彼の個体に搭載されたパーソナルなゲノム(彼に行動を命ずる司令書)もまた、種全体を統括するゼネラルな存在によって、未来の大きな指針を命じられてるのかもしれない。
種全体が交わって一方向への収斂を目指すなんて、なかなか壮大な実験ではないか。
彼の形質は、彼ひとりの努力※1によって相当な進化をとげ、今や目に(われわれ人類の)見えるまでの大きさにまで育ち、うごめき、刺激を感じて反応するまでに精緻化してきた。
だけどそれは、種全体が枝分かれして進化した、たったひとつの枝葉の末端だ。
種は、ひとつの目的に、すなわち「生存」という究極の目標の達成に向け、機能を果てしなくひろげ、細分化させていく。
そうして形質を全方向に変異させていった結果、生態系は収拾がつかないまでに散らかった。
そこで彼は、ひたすらコピーをつくって自分を分散させることにこだわるのをやめ、周囲と合体してひとつになりながら、種全体の機能をまとめはじめた。
この作業がやがて、オスとメスの愛の行為、すなわち生殖へとつながっていく。

つづく

※1 彼の変異は、淘汰圧にさらされて自然選択が働いた結果であり、ここまで生き残ったこと自体がその変異が有効だったという逆創出プロセスだ。偶然のみに頼る彼は、もちろん努力などしない。

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17・ゲノムの平行移動、って

ダーウィン進化は常に偶然かつ全方位なんで、彼はいつもあっちを変異させながら、こっちの変異にも取り組み、形質改造を進めている。
各種感覚機能のコンプリートと同時進行で、彼はからだのつくりそのものを根本的に進化させた。
それは、細部構造という問題をはるかに超えた、グランドデザインにおける発想自体の大転換だ。
思えば彼は、ずっと細胞ひとつの身で活動をやりくりしてきた。
しかしこれだと、いろんな機能が徐々に備わるにしたがって、付属品の収納スペースが手狭になってくる。
彼はかねてより、からだを大きくしたかった。
だけど、大きな容積を詰め込むには、脂質の外膜は薄くて弱すぎ、無理をして拡張させると破裂してしまう。
そこで彼は、コピーをつくって増殖する・・・つまり細胞分裂の際に、新造の相方細胞を完全に分離させずに連結させ、「自分」の一部として扱ってしまうことにした。
彼が分離させるコピーもまた彼なんだから、等しいアイデンティティを持つそいつと一体化し、機能を分散して循環を連動させれば、容積が二倍の彼ができるではないか。
あるいは、二倍の彼が再び分裂し、できたコピー群をひとまとめにすれば、四倍の大きさの、八倍の大きさの・・・いや、百倍もの大きさの彼にだってなれる。
こうして、単細胞生物だった彼は、多細胞生物へと進化を果たしたんだ。
大きな個体は、強い。
他者をそのまま飲み込んでしまうことだってできる。
飲み込めば、彼を構成する多くの細胞チームが寄ってたかって分解にあたり、あるいは手分けをして消化し、取り込んで血肉としてしまえる(血も肉もまだ彼は持ってないけど)。
成長の効率が一層上がり、彼はますます大きくなっていった。
その課程で、また奇妙なことが起きた。
飲み込んだ他者の遺伝子の一部が、そのまま彼のゲノムに組み込まれる、なんてことが起きたんだ。
どうやらDNAの変異は、ゲノムの世代間継承の際のコピーミス(ダーウィン進化)という縦方向の移動の他に、補食の際の平行移動でも起きるようだ。
こうして進化の効率までが一層上がり、かつ、形質の変異は劇的で極端なものとなっていく。

つづく

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16・五感、って

さて、原始的な感覚器官と心細い神経系を手に入れた(手はまだないが)、よろこばしき彼なんであった。
現代のわれわれが持つ五感のうち、彼がどの感覚を最初に通電させたは永遠の謎だけど、筆者が考えるに、嗅覚ではなかったか?と。
鼻は、危険に向かって真っ先に突っ込んでいく前衛である、とはよく使われる言い回しで、この器官は要するに「斥候(偵察要員)」だ。
目前(目はまだないが)に迫る化学物質のサンプルをかすめ集め、分析し、危険か安全かを識別する。
それを「くさい」「心地よい」「いっそ食べちゃいたい」という、高度な情動に転化するアイデアを思いついたご先祖さまはまったく天才だけど、未だ原形質に毛が生えたようなたたずまいの彼には、拾い集めた問題物質が受容体に収まる際の噛み合わせが安定かどうかで取捨を選択するのみだ。
しっくりくれば接近し、不安定さを「感じた」ら拒否る、という単純な行動基準をつくり上げたわけだ。
こうしてにおいのメカニズムを獲得した彼は、生きのびる確率をぐんと上げたはずだ。
次に身につけた感覚は、味覚かも知れない。
嗅覚が識別し、体内に取り込んだ物質を、不要か必須か、あるいは忌避するべきかを最終的に判断する役割りだ。
飲み下したら後には引き返せない、という決定に関わるこの感覚器は、実は死ぬほど重大な責任を負ってるんだ。
聴覚は、外界における事件の発生を感知するためのレーダーだ。
水や空気の震えをキャッチするこの機能は、遠距離の出来事を知る上でとても便利だ。
こうして彼は、世界のひろがりと方向、それへの関わり方を理解しはじめる。
ところで、触覚の元となる外膜の開閉系は、彼が発生した当初から持ち合わせてたものだ。
が、触れた相手がどんな性質のものかを判断し、行動に反映させるには、神経系のさらなる洗練が必要だった。
その作業は、外界の未知の物質と自身を構成する物質との化学反応をどう解釈するか、の問題だ。
彼は結局、この機能を磨いて分化させ、においや味、音という具体的な記号に置き換えるという仕事をしようとしてるんだった。
いろんなチャンネルにおける情報のキャッチが、神経系の発火と通電を誘発し、彼の中に世界の立体像が立ち上がる。
さらに、感覚器官をネットワークでつなぎ、オンラインにすることで、彼は時間の概念までも理解しはじめた。
そしていよいよ、視覚・・・すなわち、目の登場となるわけだ。

つづく

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