「数十年に一回」的なやつがくると「特別警戒」的なやつが発令されるらしい。
集中豪雨なんかのときね。
だけどこんなに最大級のやつが連発でやってくると、特別警戒的なやつがインフレに思えちゃって、あまりありがたみが感じられなくなる。
つか、数十年に一回のやつが、一年のうちに何度もきちゃダメだと思う。
特別警戒的なやつの立つ瀬がない。
そもそも、数十年に一回的なやつが連続できたら、そいつはすなわち「数十年に二回」的なやつってことになるんで、相対価値が落ちて、特別警戒的なやつは一回休み、ってルール解釈にはならないのか?
ニュースを聞いてると、数十年に一回、って文言が週おきにくり返されてて、奇妙に長生きしてる気にさせられる。
数十年に一回、って確率規模は科学的じゃないし、データから見ても正確じゃないんで、この際ざっくりと「激烈で破壊的なやつです。特別に警戒してください」的な言い回しがちょうどいいんじゃないだろうか。
いや、まてよ、そんな言い回しも、毎度やってるうちにインフレに落ち入って、刺激的な耳ざわりでなくなる可能性がある。
正確を期し、かつ最大限に痛覚に訴えるなら、いっそ逆に、「いつものやつがやってきました。いつものように逃げてください」のほうがいいかもしれん、このご時勢の極端化した環境に鑑みると。

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「戦場のメリークリスマス」かっこいいなー。
シンプルな音数で、こんなにも美しい旋律の構成になるんだねえ。
弾いても弾いても、弾いても弾いても、弾きたくなる。
夢中で弾きつつ、何度でも何度でもうっとりする。
自分がこの音を出してる(奏でてる)ってのが、信じられない。
今やってんのはたった2ページの簡単バージョンだけど、近いうちにきっとフルコーラスやっつけたい。
日中に窓を閉めきりの簡易防音で弾きまくってんだけど、それだけじゃ足んないんで、夜中も消音ペダル踏みっぱで弾いてるよ。
ああ、たのしいなー、ピアノ。



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夏休みが終わってガキどもが学校に収監されたんで、プールに通いはじめたよ。
閑散としたプールは、清潔で気持ちいいなー。
手足がのびのびと動くよ。
調査の結果、午前中はおじいちゃん祭、午後からおばはん大会、午後遅くにはガキンちょ天国とわかったんで、日がとっぷりと暮れた頃に出動。
イカツイ連中が黙々と泳ぎ込む、怖い時間帯だ。
だけど、マイペースさ、こっちだって200円払ってんだからよー。
40分くらいをかけて、のーんびりと800メートル泳ぐ。
大きな大きなクロールは、全身の関節が可動域いっぱいまで開くんで、ピアノ凝りも完全に解消する。
水中では、なにも考えてないようで、結構アタマはフル回転してるみたい。
冴えざえとしたイメージがふくらんで、創作活動にもいい。
・・・と、ドクター中松が言ってたんで、マネしてみてるとこ。
ちっとも疲れない。
ほぐれて、とけ込んでく。
絶対オレ、昔、魚だった時代があったと思うんだ。

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ひとりで飲むのが好き。
だらだら、だらだらと、思索に耽りながら飲む。
アルコールが友だち。
しようとさえ思えば我慢できるから、まだアル中じゃないと思うけど、でも、もうすぐかもね。
だけど、我慢しようとは思わないよ。
酒を飲んで内観するよりほかに、知性を磨く道ってあるのかな?
ひとと飲んで、会話で蒙をひらかせてもらうってのも、たのしい飲み方だ。
こういう文化は、廃れる一方だなあ。
ま、いいけどね。
ひとりで飲むほうが気楽だし。

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タバコがだいっっっ嫌いなひとのことを、「タバコファシスト」という。
この人種は、とにかくどんな状況でタバコを吸われても気分を悪くするし、どれだけマナーよく吸う好人物にも、タバコに関した部分だけは生理的嫌悪を感じる。
とにかく、タバコに対して熱烈な憎悪を抱いてるわけだ。
かくいうオレが、タバコファシストなんだった(夫婦で)。
さて最近、宮崎駿監督の「風立ちぬ」に出てくるタバコの描き方に、禁煙団体が怒ってるみたい。
「教育によろしくない」「未成年者の喫煙シーンは違法行為を助長する」ってことらしい。
アホか。
タバコファシストのオレが言うのもなんだけど、文学表現からタバコを取り去ったら、どれだけ味気なくなるかわからんかな?
芸術の中で、タバコはいろんなアイコンとして機能してるんだよ。
物語と現実は区別しなさいよ、と言いたい。
ただ、宮崎駿監督のチェーンスモーカーっぷりには、深刻な哀れみしか感じないけど。
敬愛する開高健も筑紫哲也も早死にしたけど、摂取するニコチンの量を考えたら、まあ当然だな、自業自得だ、と乾ききった気持ちになる。
だけどそれとはまったく別に、タバコを用いた芸術表現ってのはなきゃダメなんじゃねーの?と思うのだった。

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決まっちまったか、東京に。
開催することになったからには、思いきりたのしもう、オリンピック。
ただね、忘れちゃいけないよ。
7年後、単純計算で、汚染水のタンクは今の四倍、130万トン分になってる。
はたして、「また派手に漏らしちゃいました」なんてことになってないか?
そもそも、地上にまだタンクの設置できる土地は残ってるのか?
7年後、単純計算で、日本の借金は1.450兆円になってる。
ついに国民の家計貯蓄額をオーバー。
はたして、日本はちゃんと経済破綻をしないで、国の体をなしてるのか?
「お金がなくて、オリンピックは開けないことになりました」なんて恥ずかしいことにならなきゃいいんだが・・・
悲観的すぎ?
いやいや、並べ立てた事象は、全部リアルな「確定的」未来なんだからさ。

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オリンピックを招致してる三都市が、すごいデッドヒートを繰りひろげてんだって。
なるほど、国がほぼ破産してるスペインに、内乱の上に隣の国(シリア)で戦争が勃発しそうなトルコ、そして放射能汚染がひろがりつつある日本の勝負は、まさに横一線。
いっそノーゲームにして、全者失格にしたらいいのに・・・
ただ、「日本のウイークポイントは福島の放射能汚染だ」という報道に対しては、断固として反論したい。
日本の本当のリスクは、世界中から圧倒的に信頼されてない政府、だよ。
政治能力そのものの信頼性が皆無なの。
汚染されてんだかされてないんだか、収束できそうなんだかできそうにないんだか、その見解をはっきりさせない「姑息な態度」こそが、オリンピック招致の最大のハードルだね。
あさましく身入りだけを気にして小手先の操作をしたって、タンクのお水と一緒で、情報はダダ漏れ。
そのせこい努力のせいで、かえって獲物を逃がしてしまわなきゃいいけどね。
ぼく自身は、東京にオリンピックは必要ないと思ってるよ。
あの猪瀬さんの気持ち悪いジョギング姿を見せられるだけで、「負けろ」と思うよ。
でも、まあ、まんまと開催権は持ってくるんだろうけど、金ならあるし。
だけど言わせてもらうよ。
こういう遊びはね、やるべきことをやった者だけが興じられる、本物の娯楽なんだ。
天下の一大事をほったらかしにして、遊びに大枚をはたこう、って感覚が、そもそも理解できん・・・
「宿題すませてから遊べ!」って話だよ。

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95になったばあちゃんは、医者と薬が大好きだ。
少しでも体調が悪くなると、いそいそと行きつけの病院に駆け込み、大量の薬をもらってきては、食事後にそれをひろげてウハウハ顔をしてる。
薬を飲むことによって体調が良くなるというよりも、薬を数えることによって体調が維持されてんじゃないかな、あのひと。
究極的なプラシーボ効果といえる。
不整脈が出るとかで、胸の心臓のあるあたりに、ニトロのパッチを貼ってる。
「緊急時に貼る」ためのシロモノらしいのだが、いつも貼ってると安心するんだと。
それだと、ほんとにのっぴきならない状態になったときに効かないのではないか?と苦言を呈しても、意に介さない。
これを貼ってるから、生きてられるのだ、と信じてる。
「ふーん、お値段以上だね、ニトロ」と言ってやったが、キョトンとしてた。
岐阜ではCMやっとらんのかしゃん、ニトリ。

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このブログを読んでくれてるひとは、「しはんって、なんて悲観主義者」と思ってるんだろうけど、そうじゃないのですよ。
ぼくの職業は、あらゆる可能性を考えざるをえない仕事なの。
「そんなしたら、ゆがんじゃうかもよ」「この処理じゃ、割れちゃうかもよ」「これじゃ、取れちゃうかもよ」「崩れちゃうかもよ」「流れちゃうかもよ」「破裂しちゃうかもよ」・・・その可能性を全部指摘してまわって、ようやくみなさんによい作品を残してもらうことができるわけ。
それを理解した上でのギャンブルならいいけど、最善を目指しつつ、ちゃんと最悪に備えてるか?ってこと。
焼き上がった作品が、奇妙なことになっててごらんよ。
努力した時間も、体力も、作品への思い入れも、全部パーじゃん。
それじゃ管理する側として、忸怩たるものがあるよ。
ま、そういうわけで、ぼくはあらゆる状況に、悲観的、というよりは、可能性のすべてをシミュレートしてみてるのです。
最悪のシミュレーションこそが、逆説的に、最高のものを生み出すんでした。
世の事象のすべてにこの考え方は応用できるわけで、原子力関係のひとは見習いなさい!と言いたい。

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