
子供の頃、海にプカプカ浮きながら水平線をぼんやりと見てるうちに、ああ、地平とは直線ではなく、丸いのだなあ、と感じたことがある。
水面よりも上から見ると、それは下に向かって湾曲しており、水面下から見ると、そのRは上に向かう。
そして、ぐるっと両サイドを一周して、自分の背後で円として閉じてるわけだ。
だけどそれは円ではなく、かといって直線でもなく、ぼくらの習う幾何学の作法では説明のつかない、位置による相対的な図形だ。
それを非ユークリッド幾何学というのだそうな。
例えば、三次元の球体上で引かれた「平行線」は、やがて左右の端でつながってしまう。
そんな三次元の現象を四次元世界から見て説明しよう、というのが、トポロジーというのだそうな。
ギリシャ時代にユークリッドが定義した二次元の幾何学は、ぼくら三次元(というか、二次元より上)に住むものにしか認識できない。
同様に、ぼくらの生きる三次元世界における幾何学の振る舞いは、座標系をいっこ増やした四次元上から鳥瞰しないと、実体像がわからない。
ざっくりそんなカンジのやつが、賞金1億円のかかった数学界における未解決の7問のひとつ=「ポアンカレ予想」らしいんだけど、どれだけ読み込んでも、その問題自体がよく理解できなかった。
この本は、この難問を数式で証明したペレルマンという人物のお話。
ふたつ下に書評した「フェルマーの最終定理」は、300年間未解決の数式に挑む苦悩の数学者の自伝的物語だったんだけど、本作は、メインキャラであるペレルマンの周辺から聞き取り調査を行って組み上げられた、いわば状況証拠の集積的ドキュメンタリーの形式。
暗黒時代のソ連に生まれたペレルマンは、子供の頃から数学で天才的能力を発揮するが、ユダヤ人という出自のせいで、様々なハンディを負うことになる。
このひとは、天才というよりは、毎日を数学のことしか考えないで過ごす異能のひと。
そして、「かつて解けなかった問題はない」と言いきる、超越的頭脳の持ち主。
そんな、周囲から見ると変人そのものの人物が、共産主義に束縛された重苦しい環境で、彼の才能を認めるヒトビトに守り抜かれて、ついに大業を達成する、というおはなし、なわけだけど。
話が込み入ってくるのが、このひとがあまりにも奇妙な人物なので、本人に話を聞くこともできないし、100年の未解決問題をどう解いたのか?という点にも謎は残される。
なにしろ論文もなく、最小限に切り詰めた解答の数式を、ネットで唐突に、ポンッと発表するきりなものだから、本当に解けてるのかどうかもわからない。
「はい、解けました」と、教室で手を上げる感覚か。
だけどあまりにも天才なので、彼が解けたと言うのだから解けたのだろう、ということなんだった。
そしてその後に、ミレニアム問題解決のごほうびの1億円を差し上げる、と言われようが、数学界のノーベル賞と言われる「フィールズ賞」をあげる、と言われようが、いらない、と拒否。
そして、「もう、ほっといてよっ、ぷんっ」ってな具合に姿をくらますわけ。
その変人っぷりが見事すぎて、カッコいい、としか言えないんだった。
ソ連ーロシアでの数学界の環境の描写からはじまり、その中でユダヤ人がいかに差別的に扱われてたか、そして数々の幸運と周囲の命がけによっていかに変人の才能が守られたか、のくだりはドキドキだし、最後の「論文を最初に提出した者が問題解決達成者」というシステムの隙を突いて1億円をかすめ取ろうとする意地汚い中国人数学者の出現にはまったくハラハラさせられる(ペレルマンそのひとが、あまりにも栄誉に無頓着なだけに)。
時間を忘れて夢中で読めた、ドラマチックな物語。
東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園