さらにかしこいひとがいるもので、あ、いっこトビ下の「ソトカラ目線」のつづきだよ。
「コペルニクスさん」と「ガリレオさん」が一生懸命に教会とやり合って、地球自体が動いて太陽を周回してることを周知のものとしたのちにも、地道な論拠の積み重ねがあったのさ。
その中でまずえらいのは、「ニュートンさん」ね。
この大人物は、人間界と神様の世界を統合したひと、とされてるよ。
つまりそれ以前は、人間の住むこの地上界と、神様のおわす天界とは、まったく別のルールで動いてるという認識だったの。
そりゃそうだよね、地上ではどんなものも安定を求めて地面に張り付いて不動なわけで、星のように空中にぷかぷか浮かんで、しかも自力で運行するなんてことはあり得ない。
あの大天空にレールを敷いて太陽を運ぶのは神様の特殊な力、それが一般認識だった。
ところがある日、庭でうたた寝してるニュートンさんの目の前で、リンゴが樹からぽとりと落ちたわけ。
横から見てたらそれは、地球とリンゴがおたがいに引き合ってくっついたのだ、と気づいた。
そこで「万有引力」すなわち、質量のあるものはおたがいに引き合ってんじゃねーの?という着想に至る。
そこで終わらないのが、このひねくれた科学者のすごいとこ。
この現象を天空に応用してみる。
つまり、星ぼしはおたがいに「引き合って」「落ち合い」、その釣り合いで宙空を行き交ってんじゃね?ということ。
それに先駆けて、「ケプラーさん」がいた。
彼は、師匠の「ティコ・ブラーエさん」が、天体観測で膨大なデータを集めて死んじゃったんで、それを解析して、惑星の軌道をはじき出したひと。
それによって、惑星は正円じゃなく、楕円軌道で運行してるってことがわかったの。
しかもそのスピードは、太陽に近づくほどに早くなって、遠ざかるに従って減速してく。
面白いのは、太陽を頂点として、惑星が一定時間に移動した定点間を三角形にすると(ほんとは扇形だけど)、どの部分を抽出しても同面積だというの。
つまり、惑星が速く進む太陽の近くで計っても(太陽に接する頂角は鈍角になる)、遠い場所にあるときに計っても(ゆっくり運行だから、シャープな鋭角三角形になる)、おんなじなの。
これって、ボールを上空に向けて投げたときと同じ現象だよね。
地上から遠ざかるにつれてボールのスピードは落ち、やがて曲線を描いてUターン、落下がはじまり、加速がついて地上にもどってくる。
それでニュートンさんは、「惑星の運行とは、太陽に向けて落ちてくことなんだ(つまり、おたがいに引き合ってる)」と解釈したのさ。
ガリレオさんが砲弾の軌道を研究してて思いついた「慣性の法則」(ざっくり説明すれば、動いてるものは抵抗がないかぎり動きつづけ、引力などが働いた場合は楕円軌道になる)をあてはめると、惑星の動きはなるほどピタリと説明できる。
天体の運行に神様の力は必要なくて、実は人間界と同じルールが天界にも採用されてた、とわかった瞬間さ。
それが冒頭で言った「人間界と神様の世界を統合した」の意味。
これでまた、ヒトビトの目に映る夜空の印象が劇的に変わったわけさ。
真実を理解すると、なんてスッキリと視界がひらけることでしょう。
ついでだけど、ニュートンさんは、太陽と任意の惑星間だけじゃなく、惑星同士がおたがいにおよぼしあう引力についても研究してるんだ。
つまり、惑星同士が近づくと少しだけ軌道が揺らぐことを観測して、それも万有引力の法則で矛盾なく説明してみせた。(つか逆に、法則に矛盾がないことを証明してみせた)
例えば金星と木星が近づくと、予想された軌道よりも少し外れて、ゆらゆら、となる。
この現象を応用して、ニュートンさんはふたつの新惑星(冥王星と海王星)の存在を予言したんだよ。
夜語り、おしまい。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園