父親は 今 関西の老人ホームで暮らしている。
都内の一等地で暮らした後
次の6、7年は 関東の高級老人ホームで 母と暮らし
当人には文句があったようだが 一応 誰もが羨む 老後を送っていた。
でも
最後の数年は 施設の職員とか他の住居者と 折り合いが悪くなっていたらしい

その一つに
両親が
部屋の掃除とか 介護に来る人や 看護師に 暴言暴力を浴びせたことがある

以下、憶測ながら

両親は 自分が頭が良い という自負があるし
それも ある程度事実。
特に父とかは 立ち上げた事業も成功し 世間では一目も二目も置かれる存在だったので

両親の定義する

身分の低い人の職業=お手伝いさん、家政婦、介護士、看護婦

には 世話になっている と言う意識はなくて

かなり上から目線だったんじゃないか

しかも

自分ならもっと 要領よく 掃除でもなんでも短時間で綺麗に仕上げることができる

と言う自負もあったので

彼らのやり方が 気に入らなかった。

もちろん

ホームにはそれなりの決まりもあったろうし
掃除する方や介護の方にも それなりの思いやつもりがあったと思うけれど

両親にはそれが見えなくて
あるいは
そういうことは 頭から無視して

「なんだ そのやり方は
トロイ
手際が悪い
呼んでない。呼んだ時だけ来い。
呼んでもすぐ来ないじゃないか、‘遅い。
仕上がりが 不自由分だ
高い金を払って 最高のサービスが受けれる施設と 謳い文句があるのに この程度か」

みたいなことを 盛んに浴びせていたらしい


また それと同時に
証拠はないものの
たまに ホームを 訪ねてくれていたいとこの証言によると‘
両親の宝飾品が かなり盗難に遭っていた という ので

両親が怒るのにも それなりの理由があって
サービスを提供する側にも 質の悪さがあったのかもしれない

で これは 鶏と卵の問題で どちらが先か?

質の悪いサービスに親が腹を立てて暴言が増えたのか
親の不遜な態度のせいで 最低限のことしかやって貰えず 関係がますます拗れたせいで
盗難にあったのか?
今となっては わからない

ただ もしも
両親の態度が 尊大なので 反感をかった結果
両親の認知度や 体力が衰えたことに乗じて そういうことをやられたのだとしても

いくら 態度が悪い老人であっても
弱ってきた老人から 金目の物を抜き取る という行為自体は 決して許されることではないだろう

なので 品物は返ってこなくても良いけれど
一応 ホームには

こう言うことがあった

と言う報告くらいはしたほうが 良かったんじゃないか
それが 今後のホームの経営とか評判のためにも 良かったんじゃないか

私自身はそう感じたけれど

従兄弟としては

証拠がないので 言いにくいし
両親の側もかなり迷惑をかけた
と言うことで 負目があったのかもしれない(それとはこれとは別 と思う 私は かなり アメリカナイズされた考えなのだろう)
だから 穏便に済ませて

同系列の 関西のホームに移住

その後 2ヶ月ほどで母が あっけなく他界

基本的にどこも悪くなかったけれど 転倒が原因で老衰に拍車がかかって 逝ってしまった

なので 今は 2人同時に 部屋で 介護が受けれる(前の施設のように 独立生活ができる完全自立者用ホームで 介護棟が別棟という形ではない)
施設に移ったのだけれど

結局 1人になってしまった

で 父も 医者や看護婦の忠告を軽視して

そのせいで 転倒、骨折、車椅子生活になってしまい
その頃から ちょっと認知症気味になってきた

弁護士等に会う際は 今も キリッと 礼儀正しいのだけれど

介護で お世話にくる人
掃除に来る人には

結構 
ボロクソに怒鳴るらしい

認知症になっても

医者とか弁護士には丁重だけれど

社会的に(両親の定義で)
学歴の低い人がなる仕事
薄給の職業の人には 態度が 尊大になる傾向があるらしくて

先日も いとこが

私のところ(アメリカ)へ 行ってくるので しばらく訪問できない

と言ったら


「何? あいつなら 今 そこに居たぞ」

と答えたらしくて


どうやら 掃除婦と私?あるいは 入浴サービスの介護士と私を 取り違えてるようだったと

それで 合点が行ったのだけれど


親の定義する

下賤の者(学生の頃 アホだったとか 、他に行くところがないから 介護の仕事しかない、掃除婦しか勤め先がないという親の思い)
=私

という 観念があるみたいで

それが原因で
掃除係とか 介護士を 私と取り違えてる風があるらしい

通りで ボロクソに怒鳴るはずだわ(爆)


外では 柔和な人で 通っていた両親だったけれど


私に対しては

お前がいるせいで
恥をかく
近所を歩けない
金を出して なんだ この無様な 出来は

と 職、結婚、見てくれ

全てに 怒りと悲しみのせいで 罵詈雑言を浴びせる人だったので
(親に申し訳ないことをしたと思う)

その私への怒りが 認知症による 誤認から
看護婦とか介護士に行くなら
それは かなり辛辣な態度を取ってるだろうと思う

けれど 彼らは赤の他人だし仕事でやってるから
認知症の老人にも慣れてるとは思うけれど

私のように
親に 恥とか苦痛を与えてきた= 親を不幸にした加害者ではないので
親が 積年の怒りを この人たちに 勘違いしてぶつけてるとしたら

私は 介護する人に 申し訳なさでいっぱいだ


いくら仕事とはいえ

あまりに 攻撃的で辛辣だと

そのうち この関西のホームも 詰まるところ

出て行って欲しい

と言われたらどうしょうと

それが 目下のいとこの 心配のタネらしい

なので いとこにも 本当に申し訳なくて

「お前が 面倒見ないから こうなるんだ」

と 看護やいとこから 怒鳴られてもおかしくないのだけれど

実は 人生の最初の50年

自分は これを交代無しで
密室で 受けて対応してきた
もちろん 親の心身がもっと丈夫だったので 風呂やトイレの世話はしてないけれど
元気だった分 暴力や暴言は かなりパワフルだったのも事実

で 私というのは
親の理想からかけ離れた 決して 親が満足する子供ではない

ということで
何をやっても ダメ

そこを改善せずに 大人になって
菓子折り下げて行っても 旅行に連れ行っても

結局は

例えるなら

殺人犯が被害者の遺族に

「この 饅頭 美味しいで」

と 渡しに行くような
怒りを買う感覚があって

何をしても 無駄だったし
怒りの導火線に火をつける結果になって
手がつけれない
その度に 謝ってはきたけれど
ある時 ふと
これは 私が我慢するだけではなく
親にとっても 不幸だと思い

子供だから 血縁だから
最後まで 添い遂げる
と言うのが 必ずしも あるべき姿ではない

人間は皆 心穏やかに過ごす権利がある

と考え

絶縁した
私が親の前から消えることが 親が恥をかく要素や情けない思いをする原因を取り除くことになる
なら それが良かろうと判断してのことだった

なので 絶縁してからの過去10年のうち 最初の5、6年は
それが 正解のように見えて 良い時代も あったのだけれど

最後にこんな問題が出るとは 思わなかった。

でも 私が戻ったとて
事態は悪化するだけだろうと思うので

ほんとに 頭の痛い問題だなと思う

だからと言って

他人が 苦しむのを

あばよ

という気持ちで 地球の裏側から 突き放したような態度を取るつもりもない

何が 最善か
これが 私の当座の宿題になりそうだ

生まれてこの方
出来が悪い かす、くず と言われる人間は
最後まで 枕を高くして寝れないし
関わった親にも 最後まで 心理的に迷惑をかけているんだなと 感じる

父親に残された時間が どれほどか わからないけれど
とにかく 心穏やかに過ごせるよう いとこと相談しながら(いとこには ほんとに感謝しかない)
手探りで 事を進めるしかないだろう

以上
今 ざっと読み返して
なんとも わかりづらい文章だなと、、、(やっぱり 書き放しは いかん、読み返せと思う)

で、

自分の文章力の無さ=頭の悪さを 改めて痛感した

結局
私が つまらぬ人間で 職歴 学歴 結婚その他 みんな 冴えなかったことで 親が絶望してしまい
それが元で
いまだに 絶縁した後でさえ
親には

 世間で 学歴や職歴が 大したことがないと 偏見を持たれがちな人全体に 怒りとか軽蔑を向けることになってしまい

年老いた今
自分の 生命の維持に欠かせない 世話になってるはずの 介護の人にも感謝できない
そう言う事態を招いたのかなと

そう思うと
自責の念にかられる一方で

親自身にも問題があって
世間体だけ良くて 内と外の顔を使い分けていた親だったけれど
認知症が進んで
外面を保てなくなり 本性が他人にも出るようになっただけ

と考えることもできる

ただ 内と外の顔が違う と言うのは 程度の差こそあれ誰にでもあることだろうけれど、、

自分なんかも 将来 認知症になったら
人に 何を言い出すか わからないなと思う

人格が出来てる人は こう言う際 困らないだろうが
私なんかは かなりやばそうな気がする、(爆)、、

いや そんな将来の心配よりも
目下の課題は 父親が 快適な余生を過ごせるようにする方法を考えることだった、、、