昨日は 

およそ10年ぶり?に ちょっと顔見知りだった‘オカマに再会したと書いた。

本当に偶然で スーパーにて(他人のせいで)棚から落ちた商品を 私が元に戻したのが
きっかけだったんだけれど

このトランスは アメリカに多い マツコデラックスや 人魚姫に登場する ウスラ?型 の 迫力ある‘オカマではなく
本当に スリムだし 顔もかわいい  髪も綺麗なダーティブロンド。
しかも 動画で ばえても 側で見ると ドン引きするような
トーテムポールのような‘濃いシャドーを入れたりせず ナチュラルメイクで ほんとに 綺麗。
敢えて、難を‘いうと 口の周りの髭が剃っても濃い、のと 西川のりおのような 野太い声が お人形のような外見と
ミスマッチなこと。 人の思い込みとは‘恐ろしいもので バービー人形が 築地の仲買人のような声で喋ると 驚いてしまう。
 でもだからこそ 私は 彼女の特徴を 10年経っても 覚えていた。

そういう‘彼女も’わたしを覚えていたので もしかすると 私の外見も かなり インパクトがあるのかもしれない(考えたくない)

とにかく
私には こう言う 偶然 バッタリ 的 ハプニングが 何年かに一度の割で起きる
いや そう言うことは 生きていれば‘ 誰にでも起きると思うので
自分の この 

バッタリ頻度

が高いのか低いのかは よくわからない

と言うわけで?

今回は

今までに

いくつ バッタリ があったか ちょっと思い返してみた

1番最近だと
数年前(多分 ブログにも書いたと思う)、今住んでる 本土東部時間帯の片田舎で
大昔 ハワイで暮らしていたアパートの管理人室に勤めていた人とバッタリ。ということがあった。

アパートの管理人
普通は 出入りするたびに 顔が会えば
「ちわー」
と挨拶する程度なのだが
ハワイと言う 土地柄か みなさん 非常に‘フレンドリーで
当時住んでいたアパートの 管理人室の人とは ほんとに仲良くして貰って
内2人ほどは 自分の結婚式にも‘招待したくらい(再会した彼は その中には 入ってない)

と言うわけで、20年以上経ったのに 私の姿形も名前も覚えていたゆえ
(ちなみに 私は 親から 相撲取りの 「武蔵丸」に似てると言われた(爆) そういう外見。
自分では ちょっと違うと思うのだが それは‘自己贔屓であって 確かに 濃い系のブサイク顔ではある)

「もしかして ⭕️⭕️さん?」

と あちらから 話しかけた これは 旦那について 近所の酒屋の中を彷徨いていた時。

他にも

今は亡き 某有名歌手や デザイナーにも バッタリ同席して お話したこともある
(新幹線の中、と パリで)

親を連れて ニューヨークに行った時も ホテルの不手際で 宿無し状態になった結果
なんと フィリピンのアヨロ大統領一行と 同じホテル 同じ階の コーナースィートに 一週間滞在することになったりもした

(ちょうど国連開催中で、ホテルは 全く空室がなく、私が予約した3−4つ星ホテルも  ダブルブッキング?の 大チョンボをやらかし
代替えが全く見つからない状態に、、

ところが、 そこから程近い 某5スターホテルを
階丸ごと 借り切った フィリピン政府一行に(大統領自身と‘ お付のご一行、‘数十名ー100名越え?)
たまたま 余った一部屋があることが 判明。



「数ヶ月前から 予約して 確認番号もあるのに 今更宿無しって どないしてくれるんじゃ」

と泣きついた私に 近所の五つ星を 交渉してくれた(たまたま 両ホテルに従業員同志に知り合いが居たらしい)

と言うわけで

多分 一生に一度 最初で最後の

セントラルパークを見下ろすホテルの コーナースイートが 本当に 当てがわれ(自分が予約した オリジナルの料金で)
驚愕していたら

部屋を出て
エレベーターに乗る時も 大統領とかち合うし

それを やり過ごして(当然 一緒のエレベーターなんて とんでもない。あちらが 先。
我々は後のエレベーター)

やっと外に出て

昼飯でも食うかと

年寄り抱えて 無駄足もあれなので

直前に念の為の予約をして 数ブロック先のレストランへ行ったら

そこでも またもや 大統領ご一行が‘ 
隣で 飯食うとった(爆)っていう、、
(正式には あちらが 後から 入ってきて 我々の隣に座った)

ここまでくると

エレベーターで会った際は
にこやかにしていた大統領も

さすがに げんなりした 感じだったが(爆)

こっちだって 好きで 追っかけをやってるわけじゃない(爆)



どういう偶然??


とにかく 私には こういう 変な偶然がある。

もっと昔 40年くらい前には こんな偶然もあった

当時私は 東京の‘スカンピン大学の学生だったのが
夏休みを‘利用して 実家に帰省中だった
実家は大阪の郊外。

そこへ 夜9時ごろ? だったろうか?
携帯もテキストもメールも無い時代
家にある固定電話だけが 唯一の連絡手段だった 1980年代の中盤

家の電話が リンリンと 呼び出し音を立てた

流石に ダイヤル式の黒電話は‘卒業して

最新のプッシュフォン(爆)だったと思うが
それが ルルルル と言う 電子的な音を立てた

夜9時と言うと そろそろ
非常識と常識の境目くらいの‘時間帯だと思うし

誰からか不明ながら

父の仕事関係は もう 流石に かかってこない時間帯ゆえ

あとは

親戚とか近くに住む祖母とか
母の交友関係の‘可能性が高い
私の友人は 東京だし
親が 私の交友関係は‘全部 コントロールしてる家だったゆえ

当然 電話に出たのは‘母親だった。

「はい もしもし、?
はい?
そうですけど、何か?

オタク 何ですの?!」

 当初 やや 語気を荒げた母親だったが 次第に

「え? 何? そうですか
えー ええ、ええ ハイハイ。
いやぁー
ウハハ
何を言うてはりますの
いやいやいや
あれは ゴミみたいな物、っていうか 

はっきり ゴミ ですさかい

何を 言うてはりますの
はい、え?
はいはい

いえいえい
そーですか」

とやたら 会話が盛り上がって 楽しげだった

父と 私は

言葉を発せず目だけで

「一体誰が何の用事で?」

と言う 短い会話を交わした。

結論を言うと 母親が

「あれは ゴミですから」

と言った 「あれ」とは 私の事で (大体 そんなことだろうとは 思ったけど)

電話の相手は

Tと言う 当時‘東大の大学院に通う男子学生だった。

実は

そこから 遡る事、数ヶ月

私は一度だけ このTと言う人に会ったことがある(東京で)


バブル真っ盛りの東京
そこへ
大学進学を機に 一人だけ引っ越した私。

当時は
新歓コンパ(新入生歓迎コンパ)と言うのが どの大学でも 当たり前のようにして 行われていた

長く苦しい受験戦争を終えて
めでたく 大学に受かった若者
 特に花の都 東京に来ることになった学生は

とかく はっちゃける傾向にあった。

で、

ゼミ、学部、サークル あらゆる 団体が理屈をつけて

新歓コンパを 大学の最寄の街
(渋谷、新宿、池袋 枚挙にいとまなし)

の居酒屋や‘レストランでやるのが‘慣わしだった。

一気飲みとかのせいで
新宿や渋谷の街路で ゲロったり
正体不明で 泥酔する学生が 毎年 春の風物詩になっていた。

でもそれが大人になった今
「渋谷でハロウィン騒ぎをする若者が けしからん」と言うのだから
いつの時代も 「今時の若いものは」は あまり説得力がないかもしれない


とにかく

当時の
私も ゼミ(学部)と サークルの 新歓コンパに出かけた

ゼミのコンパでは


「あなたは 変わり者っぽいし
田舎から 出てきた お登りさんの雰囲気丸出しだから
変な人間に引っかからないように注意しないとダメですよ」

みたいなことを 先輩から
遠回しに言われ

さらに
新入生全員に向かって
「春になって 東京にきて 素敵な出会いを期待する人も多いと思います。
しかも 世の中は 「女子大生」というと 超チヤホヤする傾向があるので
期待するのも 当然なんですが

うちの‘大学は モテない

ことで‘有名です

大抵 嫌われるので‘
合コン等で 期待すると 失望する確率が高いので 覚悟して
人生は‘生まれる時も死ぬ時も基本一人

ということを肝に銘じて 冷静に生きて欲しい」


そう言う 意味合いの 訓示を垂れる先輩もいた。

で その先輩の言動を見ると
確かに モテない女の典型のような イデタチ、立ち居振る舞いで

バブル期のイケてる女とは 縁もゆかりもない 
逆さに振っても 色気も フェロモンも一滴も出ない

というような感じの人だった。

聞けば

神奈川県かどっかの高校で 生徒会の自治会長をやり
今度は この大学でも 自治会長を勤めてる人だと言う。

が その会長に私は

↑の

「モテない大学の中でも 特にあなたは
田舎+変わり者的オーラを発してるから 要注意」

と指摘されたのである

居並ぶ学生の中でも 後ろの方に目立たないよう座っている私を指した先輩

みんなが 振り返ったので 私も振り返ったら
私の後ろには誰もいなかった

「私?(変わり者って)」

と自分の人差し指を 自分の鼻に当てると

みんなが 失笑したのを覚えている

そんなだから
基本的

自主的な合コンとかには ほぼ行ってないのだが

このゼミと サークルの新歓コンパだけは 顔を出した

Tさんとは そこで 会った。

Tさんは 少し遅れて コンパの会場に来た。

で みんな盛り上がる中
誰にも相手にされず ブスッとして 一人浮いてる私は

借り切った個室の戸口に1番近い 席に居たゆえ

遅れて現れたTさんに

「ここは ⭕️⭕️が 団体で借り切ってる部屋ですか?」

と聞かれた際

「そうですよ」

と答えた

その時‘お互いに

初めまして

と名前くらい 交換したとは思う




それから 4ヶ月ほど 経った 夏

実家に このTさんから 突然 電話がかかってきた。


「お前は 東京で何をしてるんや?
Tさんなんて 話は聞いたことがない。
人付き合い関係は 皆 親に報告せな あかんやないか」

と言われても

「いや こっちも知らん話で
いきなり電話がかかるまで Tっていう人のことは すっかり忘れてた
そういえば 4月か5月の初頭に 居酒屋で 一回会ったと思う」

「ほな なんで、そんなよく知らん人が 
お前の 実家の電話番号にかけてくるねん!!」

と 言われたのだが
そこが 当時は

いくら 首をかしげても わからないので

どっかの 連続ドラマではないが

「はて?」

というしかなかった。

すると

「とぼけやがって!」

とか

「いや こいつ ほんまに アホやから 知らん間に 他人に
住所を ペラペラ 喋ってるんやんで
酒で へべれけになって 何やったか 覚えてないんやろ」

と言われたが

酒は全く飲まないし

隠しだても一切してなかったので

ほんとに

謎だった。


で 翌日

私は 母と祖母と連れ立って 3人で

大阪のデパートへ 旨い物を買いに行った

夏休み帰省の 最大の目的は 祖母を尋ねることで
当時 そろそろ80過ぎてきた 祖母と 

おそらく 残り少ないだろう 時間を

ちょっとでも大切にしようと 夏休みも バイトとかがない限りは
勤めて 故郷に帰っていた私

で 帰ると
みんなで 美味しい物を食べるのが 慣わしだった

なので その日も
難波だか梅田に出かけて

ランチをしたあと デパ地下で 食料を買って

奈良の地元の駅に帰り着いた

駅のホームを出ると

階段を降りて
バスターミナルに出るのだが

そこから

祖母と私らは 違う路線のバスに乗る。
近所だが 微妙に路線が違う。

その駅のホームから バスターミナルに続く 階段を降りている最中に
母親が

「一体 Tって どんな人やの?」

と再び 昨夜の話を 蒸し返した。

「どんな人って 言われても、、昨日も言ったように
一回しか会ってないわけで 良く知らん、、
だから 性格的な事とかは 全く 知らんけど
強いて いうと
外見は 」

と 周囲を見渡すと

ちょうど 階段を降り切った 

改札+バスターミナルの 券売マシーンの前に

30がらみの 男が立っていたのだが
それが なんとなく T氏っぽかった。

「そう、、、
しいて いえば
ちょうど あそこに立ってる人くらいの
背格好かな、、

で、髪型も あんな感じやったと思う、、、

え、

あーーーーーーー!!」


我々が降りてる‘階段に背を向けていた‘その男性が‘券売機から 離れて 少し角度を変え
顔が見えたら

なんと それが Tさん当人だった

通りで 似てるはず(爆)

「本人やがな」

と 驚いた 私が 胴間声を発したので

Tさんが こっちに振り向いた。


「おーなんという 偶然、
今 オタクの最寄駅を探してたんですよ。
お母さんですね?昨夜は どうも
初対面なのに 長々と お話してしまって
すっかり 盛り上がりましたなぁ あはは」

わけがわからない祖母は
私の かなり話が進んだ(実家に来るくらいだから)交際相手だと
勘違いしたらしく

ババアが 首を突っ込んで 
若者の恋愛を潰したら大変と

いらぬ気を利かせたようで

「ああ、それじゃあ、私は
バスが来るけえ これで 失礼します」

と 孵化後 海に戻る 小亀のように 必死のパッチで あたふたと
その場を去っていった

「いや おばあちゃん 違うって
ここに居てていいのよ、
慌てないで。 転ぶよ」

と言ったのに

それを振り切って 買い物袋を両手に 夕方の雑踏に消えてしまった

で 母親はと言うと、

すっかり T氏に 丸め込まれていた

「いや、お綺麗なお母様ですなぁ
星由里子に似てません?」

とか 言われて すっかり いい気になってしまってる。

実際 私の母は 並いる同世代の女性の中では いつも郡を抜いた美人ではあるが
当時も既に50前後だったわけで
そんな 見え透いた 世辞に‘舞い上がるなよ おい

と内心閉口したが

さすがは 東大頭脳派

親を 煽てて すっかり 取り込んでしまい


気がついたら その夜はT氏

我が家で 晩飯を食っていた

「何も お構いできませんで。
急拵えで デパ地下の物ばかりですけど」

「いえいえ、こちらこそ 突然押しかけたのに こんな歓待していただいて」

とかやってるうちに 父が帰宅

「‘なんじゃ どうなってるんじゃ」

と 目が点なので

かいつまんで 事情を説明すると

根が善人で 正直者の父は

T氏に

「これ(私)は 基本的に ゴミですよ。もらったら 災難ですよ‘
あんたみたいな‘’立派な前途洋々たる若者には もっと他の選択があるでしょうに」

というようなことをやんわり 伝えようとしていた(爆)

一方の母親は‘満更でもないようで
すっかり意気投合して

こんな婿なら 申し分ない

と 先走ったことを 言い

いずれにせよ

両親ともに
私の意志は 全く 眼中に無いことに 心底驚いた

翌日

行きかがり上 しょうがないから

電車を少し乗り継いだ先にある

世界的観光地? 奈良公園を 案内した際

「どうやって うちの‘住所を調べた?」

と聞いたら

サークルのメンバーが
当時はどこでもやってたと思うけれど

自主的に
メンバーの住所録を作って  (まだ パソコンもない時期なので 手書きを 印刷して コピーしてた)皆さんに配布。

そこには
メンバーの
名前、電話、住所
そして東京に下宿してる場合は 実家の連絡先も記載していた

それをTさんは

後輩のところに行って

OBも 最新の住所録を貰う権利があると 主張して
一冊 ぶんどって帰ったという


これ 男女間の話だから

「まあ 私って そんなにモテたのねぇ
一目ボレ、見初められたのよぉ」

と舞い上がりそうだが

深刻なプライバシー侵害だし

一応 それ(プライバシー)を理由に断った 後輩を 脅したみたいで

さらに それを元に
今度は 実際に その住所のところまで 来た。

ちなみにこの人の実家は四国

なので 学校のある東京とも実家の四国とも
何の関わりもない奈良に 
うちの住所を尋ねるためだけに来た。

しかも 前日の夜に 電話だけして
居るのを確認したが
来る事は相手に一切伝えてないわけで

一歩間違うと
非常に危ない奴

以外の何者でもない

それを 東大だからと 一家で 歓待して
(父は渋い顔だったが 理由が別にあるのが‘笑う)

うちの親も危機管理能力がなさすぎるし

部活の 名簿管理の危機管理も杜撰だし(これは あとで 東京に帰ったら 自分で確認して‘言いたことは 当事者に言うつもりだったし
実際 そうしたら 当事者は‘平謝りだった)

「あんまり笑えんですね」


と 公園の隅にある 茶店で Tさんに告げると

「いや そう言う ところが しっかりしておられて なお結構。
あまり話したことがなかったけれど これなら 子供の育成も 安心して 任せられそうです
ちなみに私、実家が 四国のうどん屋なので プロ並の出汁もとれるし、
一回り離れた姉の子供の世話をさせられたので おむつとかも変えれるので
なかなか 使える人間です」

と 訳のわからん セールストークを始めた

「これ 見合やないんですぜ。
おむつを変えるのも 特性いりこ出汁も結構ですけど
今 そんなん関係ないですがな」

「いや そもそも 君から 僕に初対面で 微笑んだじゃないですか
それがきっかけなんですから」

「何?」

そりゃ 私も新人だし
借り切ってる‘宴会場に
「ここ ⭕️⭕️で 借り切ってる部屋ですか?」

と言って人が入ってきたら

「はいそうです。関係者の方ですか
どうも」

くらいは 言いますがな
愛想笑いくらいはしたでしょうよ

そんな状況でもなおかつ

初対面の人に

歯向いて 怒るバカは おらんでしょう
暴力猿やないんですから、、、

それを

君から 誘ったんだ

は 言いがかりに近いでっせ、
ええ加減にしなはれや

自分で どんな理屈こねてるか わかってまっか?」

と言ったら

さすがに 沈黙した

その後も T氏 時々 うちに電話をしてきて
そこが留守電だと

実家にも電話をしたそうで

母親とは 気があって よく長電話したそうだ


そのうち T氏には めでたく お相手が見つかって
結婚して 子供も生まれたそうで 何より

で 私には

「行き遅れになるで」

と忠告したけれど

そんなことは 大きなお世話(爆)ほっといてくれ

とまあ 

あれも すごい偶然だったと思う

いくら‘うちに 尋ねてきても
駅で あんなに偶然が重なって バッタリ会う確率は‘そう高くないだろう

例え 待ち合わせをしても ここまで同時に同じ場所に現れる確立さえ低いと思う

他にも まだ 2、3 偶然があった気がするけど 長くなったので よす

というわけで

私は


バッタリ 誰かと会う 率が やや高めの オババ

なのかもしれない。