あまりにも久しぶりにPCからブログアップしたら写真のロードの仕方がわからなくなりかけていた。

もうろくしたかぁねーなぁ、、、



本題、



今日 出かけたショッピングモール。


ワシントンDCの郊外にある割と大きなモール。

屋内は典型的なアメリカのモールなんだけど、最近新しくなった部分は屋外型。この傾向はあちこちで見受けられる。省エネ志向なのかな。。


少しうろうろしてから、ランチ処を探した。


一般的にモールにはフードコートと一軒ずつのレストランが入ってる箇所があ

るが、、


今回は生まれつき洋食好きの父のご意向で

ここ





イタリアンでランチ

チェーン店だけど、ここはオープンしたばっかの新品の支店。

NY以外だと、とてもありがたいというか貴重なおいしいイタリアンだしレトロな雰囲気が素敵だと思う (アメリカって西へ行くほどイタリアンレストランが減ってしまうのが残念。。きっとLAとかは例外なんだろうけれど)






食べた物一部紹介。


チキンのパルメザンチーズ焼きとパスタ。

ニョッキのトマトソース、、、


私は相変わらずの大食いなんで、難なくこちらの一人前も平らげるけど

両親はもっと軽いサンドイッチを半分こ。美味しかったらしい。

アメリカの食事は日本の方には合わないことも多々ある。

うちも例外ではないから、失望することの多い両親。

が、今回は

喜んで貰えたと胸をなでおろしたのもつかの間、、、





実は、隣に、白人の老夫婦が座っていて、、、

それが 私がトイレに行ってるうちに、母親と話こんでいて、、、、、、


発音が違うのか何をいっても互いに通じなくて大変なことになっていた。

旦那と父親は、なんだか呆然としている。

旦那は日本語ダメ、父の英語も会話となるとイマイチ使えないのである。


ずっと話を整理してみると


隣の爺さんは御年84歳で生粋の地元っこだそうであるが、彼の息子が なかなかのエリートで、よく仕事で東京へ行くそうである。

だから、爺さんは、東京から来たという うちの親に東京の話を聞こうとしているのだけれど



母親は、自分と同世代である爺の息子がエリートらしいと聞いて、

そこに対抗意識が出たらしい。


「お前(私のこと)、お前かてアメリカでMBAとったと言え。私が言うてるけど通じへんねん」


と大阪弁丸出しの発音で、


エム、ビー、エー


と西城秀樹のYMCAの振り見たいな恰好でわめいている。。。


、、、、、


私は、、日本でも親類縁者中が呆れるほどのバカたれで、、アメリカへ来ても

それは同様。だから大した学校は出ていない。


元来、悲惨だった英語を一から学びなおしたいと、ハワイの語学学校へ来ただけである。

ひょんなことから知り合いに勧められ、MBAを取ることになったが、現地のどうってことない3流大である。

授業料分の金と体力さえあれば誰でも入って卒業できるレベルだ。


ただ、外人にとっては、どんなレベルの学校であれ 第2外国語でレポートや論文を書くこと自体は確かに苦労するとは思う。が、そこは、それ、さっき書いた体力でカバーできる。あんまり頭はいらんのである。

よって、何も人に威張れるような成果も知識もない。


で、アメリカの東海岸というのは、北にハーバード、コロンビアなど世界に名の知れた名門校があるし、ここDC近辺もジョージタウン大等、優秀な学校が五万

とある地域である。


そんな所で、3流大の卒業をひけらかしてどーする??


頭を抱えたくなってしまった。


爺さんは


「お前のおかんは、何を言うとるんや?」



と私に聞くが、


「ああ、、、、あの、その、、その昔、、私はハワイで学校へ行ってたことがあって、そこで主人と出会ったんです」


と誤魔化す。(しかない)


「ああ、それであんた、この彼と結婚したかね」


と隣の旦那をみて納得。


「私も軍隊にいたことがあってね。」


などと、旦那と話が咲き始めた。


すると、隣からまた母親が、


「お前の旦那は将校やと言うてやれ」


、、、、、、、、


どうしてこう、何でもこの人は競争せんと気が済まないのか。。。

だからこそ、今日の日本があるのかもしれないが、、


私は一世代早く生まれすぎたゆとり世代というか、あまりに周囲が勝気だったせいで、他人と比べて、学歴、給料、持ち物等を競うのにアレルギーが出てしまっている。先輩とか同世代から見ると、ほとんど、うつ病といってもいいくらい、こういう話をすると落ち込んでしまう。で、60年代70年代の日本というのはこんなのがスタンダードだったから、自分は本当に無口で陰気な人間だった。


今の旦那は幸い、私とこういう点似ているので、世間的には何の出世も名誉もないが、長いこと生活しても疲れない。

これって、危険かつ恥ずべきことなのかもしれないが、お互い、世間体とか出世とかにほぼ執着がない。(最初の旦那とかは、名誉欲の塊みたいな人だったので、やはり私に愛想が尽きてしまったと思う)



旦那にそっと、事情を話すと


「よっしゃ、君のおかんを、早いとこ、お気に入りの洋服屋へ連れて行こう」


と適当に爺との話を切り上げてくれた。



道々、


「ちゃんと、爺さんに説明したんか?」


と念を押すので、



「あのね、、学校の話とか他人にしてなくてもいいですから、、」


というと、



「だからお前はバカだ。バカ大学でも、いや、バカだからこそ、ちゃんと学歴だけでも最低あるということを示しておかんと、余計バカにされるんや!!」


世間なんて、きっとそんなものかもしれない。


どうりで、私はバカ呼ばわりばかりされるはずである。


が、、こんな、通りすがりのおじんにまで、吹聴していてはキリがないし、

下手に威張り腐って、おじんが、どっかの名誉教授とかだったら、ド赤恥をかくことにもなりかねない。


「まあ、通りすがりの、他人ですから、、、」


「それがいかん!!近所の人でも、一回切の他人であっても、


私は他人に見下されたくないんや!!

お前といると、イライラする!!。お前のせいで、これまでだって恥ばっかかかされてきた!!。ついでにな、お前にもし子供がいたら、100%落伍者じゃ!!」


私は50である。。

私に子供はいないし、これからできる確率も0であろう(化け物でもない限り)


私がしでかした事はともかく、起こりえないことまで引き合いにだしてののしられたらたまらんという気がする。


しかし、80になってもこのパワー、、一体エネルギーの源はどこにあるのだろう。

江戸生まれの人は「明治生まれは弱い、」といい、昭和の前半生まれを見て

明治生まれは、「こいつらはあかん」という。


で、我々のような昭和の半ば以降は、戦前生まれに「ダメ」と怒られる。。



こうやって思うと、江戸以前の日本人というのは、驚異的な気力とエネルギーに満ちていたことになる。また、先の戦争で、優秀な日本人というのは、ずいぶん犬死にしてしまったはずである。

残った、女子供や年寄り、病人その他をかき集めても戦後の奇跡が起せたのである。


なんだかニッポンというのは、とてつもない国のような気がした午後だった。