こんにちは。

 

ForestaGelことモリシゲです。

 

新型コロナウイルスが猛威を振るい、世の中が一挙に激変してしまいましたね。

変化をいろいろな切り口で考えてみたいんですが、

 

まず私の身に起こったことから。

つい最近の出来事なんですが、

日曜日の夜に駅前のコンビニに行こうと

自宅を出てぶらぶらと散歩がてら歩いていると

 

下り坂になっているところで、自転車に乗る若者とすれ違いました。

電動自転車です。結構な坂なんですが、

ういーんういーんと小気味良い音を立てながら、

すいすいと登って行きます。

 

私は最近この電動自転車にすごく興味が出ていて

自分が欲しかったという事もあって

 

おお。すごいこの急坂を自転車で登れるのか!

いいなあいいなあ。

いや、この兄ちゃんすごく体力ありそうだから

登れるんじゃないのか?

どっちにしたってすごいなあ。

 

なんて、ぼーっとほほえましい気持ちで

通り過ぎてからもしばらく見ていると

 

 

このにいちゃんが、急に坂道の途中で自転車を降りました。

 

そして一言、

 

「おどりゃー。何見とんじゃあ。ごらああ。このだぼがあー」

 

兄ちゃんは、19歳-20歳ぐらいかなあ。

体はものすごくでかい。

明らかにアメフト部って感じ

 

これには、相当びっくりした。

何しろこっちは坂道をすいすい登っていく乗り物と

それに乗る人両方に興味があって

敬意や、親しみを込めて眺めていたのに

信じられないような仕打ちです。

 

昔の私だったら、この暴言を吐く若者に対して

最初抱いていたほほえましい気持ちをかなぐり捨て、

いきなり復讐心に燃え、

 

この私の愛念に対して、

かくも非情な仕打ちをしたこの若者は許すまじと

若いくせに長幼の序も知らず、

かくも暴言を平気で吐けるこの愚か者(いまはそういう気持ちゼロなんですよ)に対し

これまで幾多の戦いで勝利してきた戦闘能力の限りを尽くして

地獄まで落とすべく

瞬間にどう切り返すか、判断して

体力では勝てないことが明白なので

頭脳戦に持ち込んで

警察沙汰にして、

相手を地獄の底まで叩き落す第1弾として

 

「なんじゃごらあー」

 

と冷静な第1波口撃を放ったのかもしれませんが、

 

 

もはや、伊勢神宮に行って何もかもが変わって以来

そういう事態には全然ならなくなりました。

 

気持ちは落ち着いたままです。

そしてその若者の予想外だった攻撃行動に驚きつつも、

すぐ理解ができました。

 

そうかあ。夜道で暗いからこちらのほほえましい表情は見えていないんだ。

 

そうかあ。アメリカンフットボール部は、いまコロナで全面活動中止だ。

 

そうかあ。夏休み家で時間持て余していらいらしてたんだ。

 

そうかあ。それで、相手がなぜか敵意を持ったと誤解してまるでニホンザルみたいに攻撃してしまうんだ。

 

そうかあ。そんなことあり得ないシチュエーションなのに、瞬間湯沸かし器みたいに正確な状況判断能力まで奪われているんだ。かなりかわいそうだ。私のために誤解した怒りの気持ちをはやく静めてあげたい。

 

さっと瞬間で、ここまでやさしい気になったのです。瞬間にそこまで気が回ったのです。誰かがさーっと入ってきてスパーンと何かに満たされる感じです。

 

そして、かなりやさしいゆっくりしたおちついた口調で、

 

「ちがうよちがうんだよ。自転車で坂道ぐいぐい上っていて、いいなあと思って見てたんだよ。」

 

ちょっと自分で言ってみて、自分でびっくりしています。自分がこの状況でこんなに落ち着き払って、相手を思うやさしい口調で、この状況を回避しようとしている。自分一人でできることではありません。だって私は、何かあったらいつだって相手より上の攻撃仕掛けて撃破してきたんですから。

 

兄ちゃんは、完全に攻撃の穂先を折られ、何も言わずに行ってしまいました。

そのあと、祈りました。

 

「ありがとうございます。あんなこと決して私にできることではございませんでした。」

「あの子きっと今家に帰ってかなりしまったなあーと後悔しています。どうかぬくもりと安らぎのエネルギーで満たしてあげてください。」

 

そして、思いました。あーこれが今日の奇跡ですね。

 

 

いつも守ってくれてありがとうさま。

あれ?コロナ禍の切り口語るはずが、ちょっと脱線気味でした。

 

ではまた

こんにちは

 

ForestaGelことモリシゲです。

 

内宮本殿では、アマテラスオオミカミさまの前に直接立たせていただく、念願がかなったのに、

ちょっと感極まり「きました」、と「ありがとうございます」しか頭に浮かびません。

 

時間はもう16時45分。早朝から家を出て、ここまでお伊勢のいろいろな神社さんでずっと祈りをつなぎ、、ご飯も食べず、お土産物屋さんにもいかず、もちろん鳥羽水族館へも行かず、赤福を食べにもいかず、ここまでたどり着いたのに、超メインイベント、アマテラスオオミカミ様のまえで、「来ました」のご挨拶言っただけで終わりにするわけにはどうしてもいきません。

 

 

観光客の参拝者のみなさんが、5円玉を投げ込んで、こころのなかで「うん」とか念じて1秒でオオミカミ様に背を向ける祈り(まあつい最近まで私はそれすらしてなかったので全日本人的にはものすごく神様に喜ばれている人たちです。もうほんとうに立派です。)の姿を横目に見ながら、、、、、

 

おちついて、アマテラスさまにはもっともっと前に出てきてもらいたいという強い志というか決意のもと、まず「あまつのりと」という奥にかむずまります神様をお呼び出しさせていただく祝詞を奏上します。それから、落ち着いていつもの神様の前で自分の志を立てる祈りをしてから、

 

 

いよいよ祈りを開始です。でも長くは祈れませんでした。残り時間が閉門まで10分だからというのではなく、あれだけたくさん用意してある祈りの素材が頭から消えるのです。口をついて何にも出てこない。

 

「日本の幸せのためにどうか徳を積ませて下さい。」それだけ祈ればもう一杯いっぱいの心情になり、それ以上は何にも出てきませんでした。

 

そうです。営業本部長の前ではあれほどああでもないこうでもないと、願望成就の願いを込めつつお願いをし倒したのに、取締役会長の前では、この人になんか具体的なおねがいするということではないわ、と「会社のためにがんばります。」しか言えない、という心情になる。

まさにそれそのものでした。

 

でも、できた。とにかくお会いしてきた、という満たされた気持ちになり、本殿を後にします。もう閉門まで5分。

 

 

 

最後に今回どうしてもお会いしたかった瀬織津姫に会いに行きます。

 

セオリツヒメは、歴史上なぞに包まれた女神と言われていますが、どうも、いわゆる日本のトップの女神さまだった。という話があります。トップの神様は実は女神「アマテラス」ではなく、男神「アマテラ」で、それでは神話上いろいろと都合が悪いので女神「アマテラス」に変えられた。その時の真の女神様が瀬織津姫で「祓戸の大神様たち」として、いつも天津祝詞でお祈りさせていただいている神様です。ひっそりと内宮に祀られているというのです。とにかくこの瀬織津姫にもご挨拶しておくと、いろいろとお喜びになり、物凄い浄化がなされるということで、ラストイベントとして今回は重要視しました。

 

瀬織津姫は本殿から大鳥居に帰る道すがら山を少し上がったところにひっそりとたつ荒祭宮(あらまつりのみや)におられます。

 

ひめさま、本来日本の女神さまでもいいご存在なのに、なんだかここでいいの?という質素な作りのお宮さんにひっそりとかみずまわれています。ここでは、ついにきましたというご挨拶と浄化のお祈りをすませて、

 

心も晴れ晴れ。ついにお伊勢さんお祈りツアー終了です。宇治橋を渡り終えたとたん、

大音響で放送が響きます。

 

「ただいま5時を持ちまして伊勢神宮は閉門いたします。どなたさまも、、、」

ちょっと百貨店じゃないんだからあ、圧倒的な感動がさめるじゃないですか。

本当にやめてほしかった。

 

まてよ、この放送があるぐらいなら、、ひょっとして例のピアノと管楽器でしっとり奏でる、客追い出しに絶大効果の定番のあのアレンジによる「蛍の光」がその後流れてくるんじゃないか?だってイオンでもダイエーでも、、とかびくびくして聞き耳を立てながら、おかげ通り方向に進みました。

 

よかった!「蛍の光」はさすがに流れなかった。だってよく考えたらあれスコットランド民謡だもんね。やれやれ。ほっとした。伊勢神宮も実際の運営は若手ですので、若者を信じていないのもほどがあります。痛く反省しつつもまた感動を取り戻し、

 

そうだ!赤福買って帰ろ!いやここで食べて帰ろ!やほー!!

急に巡礼モードから観光モードに変貌です。でも5時超えたら、おかげ通りはもう半分以上閉店しています。

まだなんとか空いていた赤福に飛び込んでみると、おねーさんが

「すみません。前のお客さんで全部終了なんです。いまなら宇治金時ミルクかき氷だけならお出しできます。」

 

前のお客さん、なんだよそれじゃあおれが赤福残り全部買い占めたみたいじゃないか、となんだかイヤーな顔してた。

 

いいんです、いいんですよ。

もう私は、みやげ何にもなしで帰ってもその方がむしろいいんです。

今日すべて、ぜんぶ神社にささげたことになるんで、実はこれでよかったんです。

 

幸せな気分で、また高速道路を数時間かかって帰宅です。高速道路はコロナ禍の影響でガラガラ。車の中の涼しい環境で今日1日のほてりを冷まし、高速で疾走しながら幸せ気分に満たされての帰宅です。

 

ああーしあわせーー

 

いつもの年なら、お盆日帰り参拝なんてとても不可能でした。

 

===

1回で言い切る予定で書きだしたのに、その9でやっと終了することにします。

もし最後までお読みいただいた方いらっしゃれば、深く感謝いたします。

 

 

こんにちは

ForestaGelことモリシゲです。

 

内宮に入って五十鈴川のほとりで

石鹸の泡入りお手水でお清めしてから

 

さらに本殿へ進んでいきます。森の中を玉砂利を踏みしめながら

歩くと、本当になんとも言えない清らかな気持ちになり、

 

先ほどの五十鈴川の界面活性剤汚染問題や

そのほか私の中にうごめく

 

諸々の禍事罪穢れ(まがごとつみけがれ)が消えていきます。

 

例えば、

●お盆明けまでには、あれとこれとあれやって出勤だ、あーうっとおしいな

  お盆開けすぐ行きたくない、あと2日で終わりか、あーいやだいやだ。

  もっと休むか?コロナだからまあいいか

●それにしてもあいつは何であんな風に言うんだ。そんなに私が嫌いなのか?

  そうに違いない。本当に嫌な奴だ。

  よーし分かったぞ。そっちがその気ならこっちは倍返しだ。

  超絶復讐に人生をささげる。あとでホエズラ書くなよ。ふははは

●株の含み損が半端ない。どうするんだ。もっと踏みあがったらどうしよう。

●あの所得倍増セミナー、全然内容がなかった。インチキだ。ぼったくりだ。

  30万円もどぶに捨てた。なんてこったなんてこった。なんて馬鹿だったんだあ。

●あと2年たったら。私はどうなる。やっぱりぬれ落ち葉なのか。今更コンビニでバイトができるのか。いやあんな手さばきで業務はできない。そもそもこれほどの年寄りの出る幕ではない。きれいなおねーちゃんでないとはた迷惑だ。するとやはり便所掃除か。いや深夜の工事の交通整理か。激務で寿命ちじみそうだ。

 

こういう雑音、不安、妄想、妄念がうごめいて、潜在意識や顕在意識に絡みつき、普段からどろどろの想念で身動きが取れず、上から何かにのしかかられたような感覚になって苦しんだりするわけですが、

 

じゃりっ じゃりっ

 

と玉砂利を踏みしめる連続音と、虫の音、鳥の声の環境音のなか、

1つ、また1つと妄念が消えていきます。

 

こういう妄想、妄念、邪念が消えていくと

心が軽く、元気になっていきます。

 

不思議です。

 

「いやいやそんなの気のせいだよ」という人がいますが、

そうです気のせいです。

 

気が、まさに気が整ってきたのです。

地球の中心から軸が一本私を貫き通すような感覚になり

何かに守られたような感覚に満たされて、

 

ついに本殿にやってきました。

 

 

内宮の本殿は欧米の教会などによくある、遠いところから大きな大きなお城のような豪華絢爛な建物が見えていて、歩いていくとどんどんと近づいていき、気分を盛り上げる構造になっているのとは全く異なり、

 

まだまだ森の奥がつながっていて、体やアタマはじゃりじゃり音がまだ続く、どんどん歩いていくはずの感覚なのに

 

突然、はいここ、みたいな感じで森の通路が遮断されて

きゅっと左に曲がらされ、見ると小さな階段があります。

これをとことこあがると、質素な木造りの建屋が見えます。

 

え?ここですか?外宮の本殿の作りとほぼ同一です。極めて質素です。よく見るとものすごくいいものを使っているのですが、見た目は木で組んだだけ、塗りもなし。いやこれなんかの間違いじゃないの?最初はそう思いましたよ。高野山とか京都とかの立派なお寺と比べても、本当に木組みだけ、外国人が見たら工事中というか、仮組みかなんかかと思うかもしれませんね。

 

 

でもこの頃これがどれだけものすごいものか、やっと感覚でわかってきたんです。塗りや装飾金具なんかとても入れられない。自然との一体感。いや自然そのものをもう一度考え直しにくるところ。

これじゃないとだめなんです。

 

今回は人生5度目で2度目の本当の本気の全身全霊込めての参拝です。

本殿の外玉垣のまた外の賽銭箱から少し離れたところに立ちます。

 

90度に体を折って2礼。

そして背筋を伸ばして2拍手

 

何かを言おうとしたけれど、私の中のだれかが勝手に先に口走る

 

アマテラスオオミカミさま、アマテラスオオミカミさま

きました。またやってきました。ありがとうございます。ありがとうございます。

 

今回もだめでした。来ましたとありがとうございます以外、言葉になりません。

今回はなんかちゃんとしたこと言いに来たはずなのに。毎日2回のお祈りで

つないでもらっていて

とうとうこの場に立たせてもらったのにね。

 

まだ続けていいですかね。

 

こんにちは

ForestaGelことモリシゲです。

 

いよいよ宇治橋を渡って内宮に入ります。

内宮は、さすがに観光地として有名ですので、軽い気持ちでお詣りに来られるも多い、というか大部分がそのようです。最初はぺちゃくちゃとおしゃべりをされています。前の方も後ろの方も。

 

うるさいなあ。神聖な場所なのになあ、とちょっぴり思いながらも、敷き詰められた玉砂利を

 

じゃりっ じゃりっ

 

と踏みしめて長い参道を歩いていくと、ふしぎです。みんななぜだか黙ってしまう。

 

じゃりっ じゃりっ

 

でどんどん心が澄み切っていきます。

駄弁を許さない清らかな雰囲気。これこそが2000年の神宮の重み

 

参道を歩いてきれいな松の庭園を抜けると、先ほど渡った五十鈴川のほとりで、かがんで直接五十鈴川の水をすくってのお手水のお清めができます。立ち寄ってお手水しようと、五十鈴川のほとりに立つと、きれいな水が緩やかに流れています。水の透明度は高い。川底もヘドロがなくきれいです。しっかりと管理ができているんだなあと、うれしかったのですが、、、、

 

 

がああーん。

 

清らかな水面のそこここに石鹸の泡があ!!!

 

五十鈴川の緩やかな流れは、複雑な水の流れを生んでいて、渦の中心がたくさんできている。その中心のすべてに、確かに石鹸の泡が!!

 

これは相当のショックです。上流で住民が、お風呂かシャンプーか洗濯か洗いものか、その排水に間違いありません。

 

====

これに関しては本当に危機感がものすごいんです。

おっちゃんがなぜこんなことを言うかというと、、、

 

観光といえば、昔は木曽川の「日本ライン下り」。絶景中の絶景として親しまれ、小さな和舟にのって船頭さんの巧みな技術による取り回しのスリルも味わえる。国立公園記念切手にもなっていて、この切手が高かった。日本人なら一度は行きたい絶対的観光地だった。

 

30代だったか、ついに日本ライン下りに観光に行けることに。けっこう期待に胸を膨らませておったのですが行ってみると、

 

札幌の時計台レベルでがっかり!

札幌のポプラ並木レベルでがっかり!

高知のはりまやばしレベルでがっかり!

 

 

景色はカメラに収めればまだ絶景だが、そのフレームから外れると車道が!ガードレールが!カーブミラーが!

 

そして極めつけが、木曽川の急流の渦に発生するおびただしい石鹸の泡!!!!

物凄いんですよ。子供たちは喜んでいた。ままあシャボン玉ああ。

子供にはインディージョーンズのアドベンチャーとしてはシャボン玉がとってもうれしかったようだ。

 

私は、もう日本も終わりかと思いましたよ。

日本ライン下りを終えたとき大人さん参加者一堂の失望感を隠し切れない暗い顔顔顔

しばらくして、2012年ついに日本ライン下り廃止のニュースが!!

直接の理由は利用者が最盛期の1割にまで落ち込んだこと。

そりゃあそうでしょう。あんな石鹸の泡見させられたら、その日は落ち込む。

その後この日本ライン下りは復活することなく、今では犬山城遊覧船が就航するのみとか。

=====

 

未来を託す子供たちよ。たのみます。

おじさんの世代は、自分さえよければいいので石鹸は世の中に垂れ流しです。

 

シャンプーも使い放題で、そのまま川へ流しています。

その後のことは誰も考えません。

いちど「顔」とかいう名前の石鹸会社のえらいさんにそのこと言ったことがあるが

 

うちではバイオデグレーダブル界面活性剤(垂れ流しても微生物が食ってくれる石鹸)の研究も取り組んでいるよ!とイヤーな顔された。

 

 

手を洗おう、口をゆすごう、頭を清潔にしていつも

禊祓いしようと、

 

それでいいんですがそこに実は

「我だけが清まるため」が入らざるを得ない状況にある。

 

石鹸問題は次の世代の地球全体の大きな課題なんです。

 

あれ?まだおわらなかった。まだ内宮を100mすすんだだけだあ。

 

こんどこそ最終回に続く

 

こんにちは

ForestaGelことモリシゲです。

 

8月のお盆にあわせていってきたお伊勢参り。ブログ1回分で書こうとしたのですが、思いがいろいろあふれ出てきて、なんとその6にまでなってしまいました。

 

最後にいよいよメインイベントの内宮です。もう午後4時を回っているので、ちょっと焦り気味です。ここは駐車場が周りにたくさんあって、大丈夫と思っていたら、どこも結構満車。結局猿田彦神社の隣の内宮用の駐車場だけが開いていて、またほぼ同じところに戻ってきました。

 

ここからおかげ通りを通っていそいで内宮に向かいます。

 

はー。やってきたー。ついに来たあ。五十鈴川にかかる宇治橋を渡る。ここは本当に感動的な景色。大体日本の神社は、どこも立派な景色のところをまず神社さんがとって千数百年以上にわたって、だれがどかすわけでもなくその場にいつもあって人々の祈りの中心になってきましたので、その場所で歴史的に一番美しい景色がどこかを断言できるわけですし今でも楽しめます。ここの景色は、うーん。さすが「神宮」。本当に2000年前よくここ選んだなあ。と思うすごい場所ですね。宇治川をゆっくりわたると本当に心が洗われて邪念が消えていく。

 

 

未来を担う子たちよ。お願いだから、お願いだから2000年維持されてきた、この魂が洗われる景色をそのまま維持してくださいね。どれだけ必要でも6G、7G、8Gの中継用鉄塔なんか立てちゃだめだよ。スカイウェイの料金所を真上に作っちゃあだめだよ。アマテラスホログラムなんか上空で映しちゃあだめだよ。遠隔参拝用高性能衝突回避型AIドローンを飛ばしてはダメだよ。今では五十鈴川のほとりに日本の国旗掲揚のための金属製ポールが立っているけれど、あれも、金属がギラギラしていて、まるで宗教団体の入り口みたいだよ。昔の人が見たら悲しむんじゃないかなあ?

 

 

おっちゃんがそこまでいう理由は、、、

関西の絶景で知られた日本海側の天橋立ってあるでしょう。あの対岸にある石油か何かの備蓄タンク見たらだれでも理解できます。天橋立は守っても周辺景色にまで頭が回らない。2000年守るとは何ぞやという、人はどう生きてどう命をつなぐかの根本理解が足りないと簡単にああなるんだね。。そう周辺環境を含めて景色の絶対維持の強い決意がなければ、どこかの誰かが、あーはいはい、法律では○○メートル以内クリア。はい認可、と現場も見ずに許認可のハンコを押す。五十鈴川だってそうなる可能性は十分にあるんですよ。

 

 

でも、実は心の奥底で日本人の強さを信じ、皆で守る強い意志と祈りがあれば、絶対安心だとも思っているんです。この心洗われる景色は何が何でも次世代に引き継ぐと多くの人が強い祈りを合わせていければ、そんな経済と利便性と効率最優先の見えるものしか見えない輩が10年後に100年後に1000年後にポコッと出現しても、必ず許認可の前日に崖から落ちたり、もちでのどを詰まらせたり、心臓まひになったり、ダンプカーにはねられたりするので大丈夫です。

 

実は今も地方の一等地に鎮座まします多くの由緒正しき神社さんは人々の守る心に基づいていざとなればそういうおちからで守られてきたんじゃないのでしょうか。AC800年代に編纂された延喜式によると地方にある小さな神社さんも、多くは最低でも1200年以上の歴史がある大変なものです。その土地で一番美しくて心洗われるような超一等地をずーっと神社さんに使ってもらっている。当然この1200年の間何度も何度も経済優先の輩が一等地をなんとか占有する意欲で、神社さんの移転あるいは取り潰しを計画してきたわけですが、、それでもなぜかどれほどの事情があってもそういうことはできないで、地方の神社さんも今なお最もいいところに鎮座されているんですよ。見えないものを見てその心を守り抜くことと、巷でよく言われる日本人の魂を取り戻すということは同義かもしれない。

 

そんなこと考えながら、ついに午後4時を過ぎて本日のメインイベント宇治橋をわたりました。橋の途中で左側に、地元の子供たちの水泳スクールの練習風景が見えました。いいなあ。最高の景色で子供の教育。。。うっとりと眺めながら、いよいよ大鳥居をくぐって、内宮に入ります

 

あれ?まだ続きます。