こんにちは

Forestagelことモリシゲです。


また有名女優さんがあちらに旅立たれました。
私にとって特別なあの岡江さんのように、その雰囲気が好きでちょっとファンだったので衝撃です。

ご自分で命を絶たれたとか。三浦春馬さんの時はお嫁ちゃんがショックを受けていたんですが今度はこのおっちゃんが岡江さんの時に続いて喪失感にまたも凹んでおります。

三浦さんの時はお嫁ちゃんがどうもこの旦那に何にも言わずこっそりファンだったようで、「才能があって認められていて、将来が輝いているのにどうして、どうして❓」とたいそうお悔やみでした、、私もそれにつられ彼の名演も知っていたのでなんだか惜しい人をなくしたなぐらいに思っておりました。


竹内さんの今回は、私が激しく激しくショックでお悔やみ申し上げます。

三浦さんにしろ竹内さんにしろ、どうしたんでしょうか。やっぱり考えてしまいます。どうしたの?


承認欲求はもう完全に満たされておられる方々。今更これ以上有名になる必要がどこにもない方々。むしろそーっとしておいて欲しいとすら思われて日々を過ごされていることでしょう。その人も羨むような地位名誉金銭的余裕などの数々のステータスを手に入れた方が、将来に絶望しもう生きる術をすっかり失くされて自死を選択される。

本当の理解はとてもできないものの、そうして自らに手をかけられる絶望感と寂しさは、如何ばかりかと想像を絶します。

自分もその人生絶望ルートは確かにあったように思うのです。私がパワハラも乗り越えて(実は本当の意味で乗り越えていないので最後の仕上げに取り組んでいます)ここまで頑張ってきて、坂の上の雲を見ながら、きっとこの向こうには素晴らしい世界があると思ってここまで頑張ってきて



さあさあやっと頂上が見えた、これでパラダイスですね!楽しい人生が待っているのか〜と思ったら



ありゃ?ちょっと何この頂上。

何にもない❗️先で崖っぷちになっているじゃないか

この先素晴らしい景色が広がっているはずだったのに、崖っぷちで風がヒューと吹いているだけじゃないか?だれもいないじゃないか?

綺麗なお姉さんもいない。遊ぶところもない。



よくここまできたなと言ってくれる先輩は

もう呆けてしまって話にならないだって?あの人もこの人も老人ホームで介護されているだあ?他もほとんどもう死んでいるじゃないか。

綺麗なお姉さんはどこだ。いないのかよ。


あ、若いおねーさんなら崖の反対側山の麓にはいるけれど、え?バイバイってなんだよ。さようならですか?早く出て行って欲しい?「あんたの座っているそのポジション早く空けてよね」だって?


いや本当にここまで頑張って何にもなかった。

坂の上の雲を目指してここまで競争相手打ち倒しながら這い上がってきて、ついに頂上近くまで登り詰めてきたら先が崖っぷちだ。


この絶望感。寂寞たる思い。絶対的な孤独感。あの希代の評論家西部 邁さんが自死する直前若いもんにはわからんのだよこの思いは、と言って逝かれた。あの深い深い孤独の思いなのではなかったかと、その痛みを遠く思います。


その寂寞感は、今格闘の中次第に私から消えつつあります。わたしには共に歩む偉大な存在がある。絶対的に頼れる存在がある。絶対に1人ではない。いつでもどこでもお話を聞いてくれ、答えを返してくれる。この口を通して、光を感じながらなにかが私の魂にどんどん流れ込む。



伝えたい。この想いと感覚をもっと伝えたい。孤独で苦しむ人に。そのために何ができる?


竹内さん、どこへ行かれたかなあ?

ついに何かを見ることができて安心されていたらいいなあ

こんにちは

 

Forestagelことモリシゲです。

 

今回の台風被災を受けて、住まいの保険に加入することにして、

資料を取り寄せました。

 

4室アパートだと、月々8千円、年間9.5万円かあ。

 

それで建物に対して、

火災、落雷、爆発

風災、雹災、雪災

火災

外部から落下、飛来、水濡れ、騒擾、盗難

破損などの突発事故

 

に対して保険が適用されます。

そうか、都心のワンルームのときの保険は無視できるほど安かったから

軽く見ていたけれど、

 

一つの独立建屋に対する保険料は結構高いんだ。

 

ということは全部で年間の総額保険料は、、、

年間○十万円だあ?!

 

うわああ、思っていたよりくく苦しいじゃないかあ。

 

早く空室埋まってほしい!!

やっぱり、なんだかんだ言ったって

収益はしっかり上がってほしいもんです。

 

 

こんにちは

 

Forestagelことモリシゲです。

 

このブログは、もうすぐ定年退職を迎える私が

 

わしの人生はこうだったんじゃ。

若いお前たちにも教えてやるから、よく聞け。

どうじゃ。えらいじゃろう。これがわしじゃ。わしの偉大さを知るがいい。

 

みたいな自己顕示欲むき出し、承認欲求の権化みたいな情けないことでは、もう本当にもう取り返しつかないことになることに気づいて

 

若い人たちからいろいろ教えてもらって、

改めて自分の人生を振り返りながらも

 

年金に頼らず

経済的に自立して

精神的に豊かに生きていこうとしている

そのために何が必要なのか

ふつうのおっさんの格闘を描く、私の中では一大巨編でございます。

 

さて、最近コロナがあって、台風があって

あれが予想外で、これしくじって、

思い通りにならなくて、うまくいかなくて

誰かのせいだと思って

相手を責めたくなって

怒涛の如く邪気、邪念が押し寄せてきます。

 

 

この日々押し寄せる悪念、妄念、邪念、邪気、ネガティブエネルギーに抗して、

毎日何とか嬉しそうに生きていけている私は

 

やっぱり毎日神様に祈っているからだ。

 

と確信しております。

 

お祈りをしていると、なぜ嬉しそうにしていられるのか。考察します。

 

かなりヤバイい話だと思われる方もいるんだろうなあ。

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普通は、学校ではお祈りは教えません。

家でもお母さんやお父さんとお祈りをする家庭は日本では物凄く少なくなったのでしょうね。

 

昔はおうちには神棚があり、お仏壇があって、お供え物をして、ちょっとごあいさつ程度でもご先祖様に手を合わせたり、天照オオミカミに安全と繁栄を願ったりすることは続けられていたけれど、今はそういう習慣も消えて、何かあった時、誰にも頼るものがない人がどれほど多いことか。頼れるものがないって、それは苦しいことでしょう。

 

もう頼れるものが何もない人への救いの手の第一段階として、

自分を見つめて自分を頼るという考え方があります。

やることは神様への祈りと同じ、

苦しい時に、心を静めてかなえたい願いのひたすらの実現を願う。

 

自分に足りないことが整理され、何から取り組んでいけばいいか、

問題点が整理され、心が落ち着きます。

 

祈ることで、心に余裕が出て、皆にやさしくなれます。

それで皆もあなたの変化に気づき、やさしくしてくれます。

それが明日への活力になり、巡り巡って、あなたの願いはかなえられます。

それがこの世の法則です。だから祈りましょう。

そんな風に言われるとスピリチュアル系の怪しい話も入っていないので、皆納得。

それはとても効果のあることでしょうから、よくこんな風に祈りが解釈されています。

 

 

でも、その祈りみたいなこと、一体誰にお願いしているの?

 

と聞くと、「いやだれでもないっす、自分自身かな?精神修養みたいなものです」と答える。

 

神様じゃないの?神様にお願いしたんでしょ?と聞けば

 

「いや、そういう人聞きの悪いこと言わないでよ。

そこまでは思わない。そんなオカルトみたいなことに頼ってはいませんよ。

それってヤバイひとの考えでしょ?ちがいますよ。」

 

でもこういう風に神様の存在を真っ向から否定するのも、DNAに織り込まれた神への畏れに触れそうでなんだか怖いので、この手の話題はタブーにして触れようとしない。普通こんなところではないんでしょうか。

 

それでも大切な肉親がこの世から消え、悲しみのどん底にあるとき、

「ママ。そばにいてね。上から見ていてね」、と心から願う。

 

苦しいことが人生に降りかかった時、

「オヤジ。おれどうしたらいいんだよ。どうすれば。」

 

そのとき、あれ?あんた今お母さんとお父さんと話した?いないんじゃなかったの?

いるの?いないの?どっち?

 

とか無粋にも聞く人がいれば

 

「どこにもいない!もうこの前酸素と化合してCO2に変換した。お墓にカルシウム分だけ灰として残しておいた」とはDNAレベルで言いたくはない。そんなロボットみたいな人はいない。でも

 

「いる!」といえば、オカルトと思われるから人には言わない。

だから、深くは考えないで心の問題だから、とあいまいに考えて、また日常が繰り返されます。

 

でも、その行為は本当は

神様に、お父様お母さまの守護霊様に通信している、ということなはずです。

でも、自分は神様に、守護霊様に通信しているんだ、

とはっきり言うと気違い扱いされる可能性すらあり、とても公言できないのが現状です。

みんなやっているのにね。

 

「お祈りします」というのは、本来霊との通信なはずですが、現代国語では「思っています」と同義として使うあいまいワードになっています。

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でも、わたしは、祈りは天界との通信作業だとはっきり認識して生活の当たり前の最重要行動の一つとして行う数少ない一人になろうと格闘中です。

 

みんなの心の中には確実に神と霊への通信機能は備わっているのですが、

それは見えないので、完全否定する人の意見が現在正しいとされます。

論理的に証明されないから無神論がベースで現象理解は成り立っています。

 

では論理的な証明とは何でしょうか、万人の感覚器官で認知されること、つまり平均的認知現象は、絶対的証拠definitive evidenceだと言われています。

 

例えば、だれの目にも見えたら、誰の耳にも聞こえたら、もう動かぬ証拠!とか言われます。

現代科学でもそうですね。誰の目にも見える顕微鏡写真とともに科学雑誌に新発見が掲載されます。

 

一方神様との通信は、DNAレベルでは設計されていて、感じることもできるようになっていますが、その感受性は個々の受信性能で大きく違う。受信性能の著しく低い人は、何も感じないまま人生を送る。それでも人生で重大事に遭遇した時にもたらされる強い強い通信は誰もが傍受できる。

 

何かあった時に、あれ?今なにか起こったよね?目の前がなんだか劇場のようになって、風がヒューっと吹く。あれ?これ何?これはなに?

帰ったら、それは肉親が交通事故死した瞬間であったことを知る。

私の経験です。何者かが教えに来たのです。

それがいったい何なのか、深く考えることぐらいやったらいいと思った。

 

うちの母親は、完全な無神論者でした。神様はいるはずと小さいころからなんだか確信があった私は、幼稚園の頃かなあ?母親に、「ねえ―ママ。人は死んだらどうなるの?」と聞いてみたことがある。

 

すると母親は、こう言いました。「変なこと言う子だねえ。人は死んだら何もなくなる。もういなくなって灰になる。ただそれだけ」

 

私はその時子供心に、物凄い失望感とともに、こう思ったのをいまでもよく覚えています

「それは絶対に違う」

 

その後時を経て、私も20代後半、母親は50代。自分の実父、私の祖父が亡くなる日を迎えます。その瞬間、自宅で待機中の深夜だったのですが、父親(私の祖父)から「○○ちゃん。○○ちゃん。今から逝くよ」と自分を呼ぶ声が聞こえたというのです。5分もしないで病院からの緊急呼び出し電話です。

 

「お父様が危篤です。今すぐ病院へ!」普段は受信性能が極めて低く、霊的なことを完全否定してきた母親にも、容赦のない通信が起こる。

 

この現象を信じて、神様の存在を信じて、通信を行うこと。それが私にとって祈りになりました。特別なことではなくなりつつありますが私の人生にとっては今では極めて重要なことになりました。

 

 

その時、なんでも願いを祈ればいいというものでもないようです。神様になんだこいつは自分のことばかり願いやがって、いつでもお願いだから俺だけに100万円ちょうだいですか。一度リセットしたろうか。と自分のことばかり願う人は、リセットボタン押されてダンプカーにひかれたりして遠ざけられる。

 

神様の願うことをしたいからやらせてくださいと願うことができれば、神様はお喜びになられて

 

わかったわかった、じゃあ、チャンスを与えるから。欲まみれの輩には見えないように仕掛けてあって手が出ないようにしてあるから、ちゃんと見つけてしっかりつかめよ。見過ごすなよ

 

そして徳を積めて、高い進化度をいただける。

 

これを目指して今日も必死で神様への交信を行っています。

送信性能も受信性能ももっと高くなってほしい、徳貯金がいっぱいできますようにといつも願いながら。毎日の楽しみ。それが私の祈りのスタンスです。

 

こんにちは

Forestagelことモリシゲです。

所有不動産の屋根が台風で剥がれて90万円の請求書を送りつけてきた管理会社の担当くん

この担当くんに保険加入をお頼みしていたのにやってくれていなかった。

それでその経緯を彼に言ってみてもその件には触れないで加入してないを繰り返す。

なんらかの言葉が欲しい私。
まあ言ってみたら一言でいいから謝って欲しかった私。
いやそこまでは言わない。私が保険加入を指示した事実を認め、でもそのときはどうのこうのと言い訳でもいいからして欲しかったわたし


でも担当くんは、自分のミスを決して認めず、こちらが保険加入を指示した事実すら無かったことに隠蔽し、そこには絶対に触れないで事を曖昧のまま終わらせようとしている事が確定しました。


このまま終わらせていいのか❓彼に誠意とはなんぞやを教えるべきなのか?


とか正義の味方の気になってあれやこれやと悩んでいるうちに、、



どこからともなく、いや封印していた潜在意識の中から怒涛の如く怒りがやってきました。



あの野郎。お客に言われていた保険加入を放置してお客に大損害を押し付けた件知らぬ存ぜずであくまでシラをきり通すつもりだな。それでうまくいくと思っているのか。そうはさせるものか。こっちは百戦錬磨の強者だぞ。知らぬ存ぜずで押し通したら一体どうなるのか何が起こるのか、目にもの見せてやろうか。正義の鉄槌を下すか。まずどこから始めるか。



潜在意識の多数決が、修理費90万円は仕方ないから払うとしても担当くんを追い込みに追い込んでえらい目に合わせて、担当くんに嘘偽りの罪深さを死ぬほどの苦しみを持って味合わせ、改心に導きひいては世のために尽くす。


みたいな変な結論で一致しそうになってきた。


そうです。若者に嘘をつかない正しい道をカラダで教える。世のために人のための正しい道を歩みながら、復讐心も満足させるという、ネジくれ上がった結論です。


これ最低なので、もはや自分では如何ともし難い。絶対しくじる。皆を傷つけ自分も著しく傷を負う。



そう直感して神様にお祈りです。

担当くんや社長さん、被害に遭われている入居者さんに向けて心が暖かくなって、安らぎのエネルギーに満ち溢れるようにとだけお祈りしました。直接相手に届けるのではなく、一旦神様にお預けして神様からお届けいただく、時空を超えた5次元の通信のお願いです。


祈りを終えたら、もう何もかも済んでいました。


怒りも悔しさも90万円の喪失感も

何もかも終わっていました。



スカーっとしてからお嫁ちゃんにもうさっさと払ったることにしたわと言ってみると

「よかったじゃない。入院すること思ったら。」


どひゃー。これダンプカーに轢かれて入院することかよ!思いがお嫁ちゃんにまで通じている。なんだか良くはわからんが90万円失ってよかったわ。これ。


ありがとうさま



こんにちは
Forestagelことモリシゲです。

前の投稿で書きましたように、台風で所有不動産の屋根が剥がれて90万円の修理費がかかるとの連絡を受けました。早速保険適用しようとしたら、管理会社の若手担当くんが放置して、入っているはずの保険に入ってないことがわかりました。



それで「保険入りますからよろしくお願いしますって2019年7月に言いましたよね?」


とやんわり言ってみて一度相手がどう出るかみてみました。


相手の出方は、3パターン考えられて

1)最高なのがミスを認めて一部補填を申し出


2)一番ありそうなのが、自分のミスを完全隠蔽し無視して今からの事務作業にひたすら集中したやり取りを怒涛の如く繰り出して誤魔化しきる。


3) お前が悪いんだろうがという風にもとれる文面をよこしてこちらの感情を逆撫でしてくる。


というもので、まあ2)かなあと思っていました。


それで連休明けまで待とうとしたら、担当くん今日は連休なのにメールが返ってきた。やっぱり彼にとっても緊急度は高かったんですね。



文面を見たら、、、



があーん。限りなく3)に近い❗️


こんな感じですね。


「もう一度確認しておきます。お客様は保険に加入されておられません。この際新たな災害に備えてぜひ保険にご加入ください。」


今時の若い子ならまあ保身保身でこんなものがくる可能性があると予想していたのですが、


やはりこちらが「保険に加入してくださいと言ってありましたね」という確認に対する返答として「いやいや加入されてませんよ」は、最悪ですね。完全に感情逆撫でパターンが来ました。


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あーあこれが来ちゃった。本当にがっかり。

さすがはお客の要望を放置してしまう若者のことだけはあった。


さあ 落ち着け。落ち着くんだ。わたし



まずは焦ってゴラアとかいう前に最悪に品下がった自分をシミュレーションしてみようか。我が我がで守銭奴になりきったクソ恥ずかしいわたしの姿です。


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「おいこらあ!」


「お前何を寝ぼけたこと言っとるんだあ」


「7月に確かに保険に入りますから宜しく頼みます。とメールしたよなあ!」


「あれはどうなったんだ。ほらどうなったんだ。」


「やらなかったんだな。忘れていたんだろう。職務怠慢だな?」


担当くん「いや職務怠慢ではございません。その後のご要望や詳しいご連絡をお待ちしている状態でした。残念ながらお客様は、その後ご連絡をされてこなかったので結果として加入できておりませんことを確認差し上げております。」



「はあ?お客様からお願いしますを聞いたら次はそちらから保険会社に連絡して説明したり保険加入書類送って来たりするんじゃないのか?わたしから何を待つんだ?もう一度お願いしますという確認か?訳のわからんこと言ってこの場から逃げようとするんじゃない」


担当くん「いやそういうわけではございません。こちらは保険をお入りいただけるのかどうかの確認をさせて戴いております。」


「いちいち、こちらの感情を逆撫でしやがって。あんたの文面を見るとこっちが一方的に怠慢だったみたいなことになっているから、はらわた煮えくりかえっているんだよ。」


「そもそもあんた保険がないから請求書送ってきた時、よくもまあしれーっと、お客様は保険にご加入されておられませんなんて言えたなあ。あんたが不作為で入り損ねていたんだろうが!加入の書類も何も送ってこなかったんだろうがあ」


「ハアハア。息が苦しくなってきたわ」


担当くん「お客様。少し落ち着かれてはいかがですか。深呼吸とかされて。」


「うるさいわあ!誰のせいでこうなっているんだあ」


「90万だぞ。90万円どうするんだ。」


担当くん「お支払いされないということでしょうか?現在屋根が剥がれてブルースカイ状態ですよ。ていうかあ雨が入り込んでいますよ。入居者さんに退去してもらいますかあ」


「ここここの野郎くそ舐めたこと言いやがって。嫌がらせで退去斡旋しようってんだなあ!」


「そもそも、保険加入斡旋は勤務内容だろうがあ。勤務怠慢による損失は補填しろよこらあ。」


「90万全額負担しろやああ」


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徹底的に品下がってみました。これをよく意識して人生徳積み修行に臨んでみましょう。


損失補填要求なんかをゴリ押しで通したりしたら、きっとよっしゃやったあ!言ってみるもんだ!儲けた儲けたで自然と浮き足立ってルンルン。そしてスキップルンルンで歩いていて歩道の段差で足を踏み外して体勢を崩し、車道に倒れ込んだところをたまたま通りかかったダンプカーに轢かれるんです。それで90万円入院費がかかる。

人生そうなっているんでここは絶対的ポイントです。



でも徳積みの一環としてこの若手担当くんには、お客様にこんな対応してちゃあダメよというのをなんとか伝えたい。やっぱり自分のミスは認めなきゃあ。どうしたらいいのかな。ちょっと会社の上の人と相談しよう。