こんにちは。

Forestagelことモリシゲです。


前回、深夜の大都市近郊レストランで目撃した

店員さんが絶対に残飯を片付けないで、
お客を座らせないという、
人生で初めて見た光景について、
ちょっと語りました。

 

https://ameblo.jp/forestagel/entry-12629054361.html

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

これってちょっと前の私そのものだよなあ。

この深夜営業のお店に次々お客が入ってくるように

次から次から仕事が舞い込む。

 

自分だけは実績を上げたいので

仕事を完了させることだけに必死。

周りの人間への暖かい気配りなんかしない。

気配りの心の余裕がありません。

 

まずは受注した仕事の完了が最優先というか頭がそのことで一杯です。

 

机の整理整頓は先送り。ファイル整理も先送り。

職場の問題点ももちろん先送り。それより先にとにかく受注の仕事を期日内にこなさないと。。。

 

問題点を抱えた部下がいても自ら手を差し伸べて解決してあげようなんて思わず、今は忙しい!自分で解決しろなんて冷たく突き放すので、周りには不満不安、悪意で満ち溢れる。

 

人の不安には鈍感でも自分に降りかかった悪意だけは敏感に感じて、

「自分がしないからこうなっているんだろうがあ!

なんだ仕事を手伝ってくれないみたいな不満顔は!」「人のせいにするな!」

と悪意を持つ相手に倍返しの悪意を返す。

 

そのうち自分の中の全ての引き出しに周囲から受け取る不安、不信感、不満、悪意、復讐心などの妄念で満ち溢れてしまいます。この写真のようにね。一生懸命仕事をやっているのにね。全然気持ちが晴れなくてやればやるほど満たされず閉塞感でいっぱい。

 

今回この店員の意地張って片付けない光景を見て私は

「さっさと片付ければ気持ちよく仕事できるのに」

「つまらんところで意地張るから余計にがんじがらめになってるじゃないか?」

「なんでこんな簡単な人生の法則が理解できないんだ?」

 

「言われないとわからないんだろうな」

 

と思ってから

 

ハッと気がつきました。

 

ぎゃあ!これ自分そのものじゃないかあ!

今までこの写真同様に

 

自分のお役目を

狭く狭く狭く狭く捉えて

それだけやって平気な顔して

我が我がの心で人を顧みず

クリアに生きずに自分のたった一度の人生を

自分で勝手にゴミだらけにしてしまって

身動き取れず破綻寸前。

それにも気づかないことが

 

丸見えだったってことだ!

同じこと思われていたんだ

超恥ずかしい!

 こんにちは


Forestagelことモリシゲです。

仕事を終えていつもの神社さんに行く前に


あーそうだ。今日まだ夕食とってないんだった。
もう夜の11時でしたが、近くのおひとりさま専用レストランに入りました。


どうも最近コロナ禍で
日中の都心はテレワークでガラガラですが

逆に
大都市近郊のベッドタウンでは
夜になったらもうたまらず外でうごめく人々が激増しているようで、

このお店も夜11時なのに数名のお客様がいて結構繁盛していました。

でも従業員はたった1人。この人50代の男性かな、すごいんです。テキパキとオーダーをたった1人でこなしていく。手際がものすごくいいんですね。

その代わり、
そのかわり、この店員さんなんでも一人でこなすんですが、たったひとつだけ、やらないことがあるんです。


なんと、お客の帰ったあと残飯の食器を絶対に片付けない‼️




この店全部で20席ほどあるのですが、全ての席が残飯で埋まっています。

これがその時の微笑ましいスナップショットです。この光景は私のながい人生で初めての経験でしたので、どうしても撮っておきたくなったんです。ご飯中の人は残飯見せてごめんね。



しばらくすると
新しいお客様が入ってきて券売機で食券を買って、さあどこに座ろうかと空席を探しますが全部残飯で埋まっているので座る席はありません。

お客様は食券を握り締めたまま、たまらず
「すみませーん」


結構大きな声だったのですが、
店員は厨房に入ったきりで反応しません。

お客様は若干切れ気味にさらに大きな声で
すみませーん


これは驚いた。
店員はなんとこの声も聞こえないフリをしました。

ついにこの店員の戦略がわかりました。

お客様が店の当初予想を遥かに超えて深夜にたくさん入ってくるので、抵抗しているんですね。経営側に。

もうこれ以上一人で仕事できるか‼️もう食いに来るな!みたいな感じですね。


気の弱いお客をこの方法で次々に撃退していたんですね。

でも今回のお客様は大柄で気丈夫な方で、直接厨房まで覗き込んで、その店員の目の前に立ちはだかって全く逃げられないようにして、大柄の体格をフルに利用してなんだか上から押さえ込むような態勢で


「すみませーん。残飯片付けてください。」

おおっ。気が強っ。

昔の私みたいだ。

さすがにこの店員さん。これに逆らったらヤバいと思ったようで、無言ででもなんだか嫌そうに残飯を片付けて今どきのアクリルブース1つ分を空けてこの大柄のお客様の座る席を確保しました。

でもその片付けた残飯はというと、、、

ぎゃ〜この店員のおっさんハイハイと隣のブースに移動しただけ!汚い残飯が隣のブースに高々と積み上げられました。

これ見て思わず声出たわ

「汚ね〜持っていかんのかい!」


厨房の洗い場にさっさと持って行った方が作業的にもよほど楽なのにわざわざ手間をかけて隣の席に移動です。気の弱い他のお客様とも目があいます。みんな同じ気持ちを共有しているようです。この店員のおっさん固ーい決意でやってるんだろうなあ。

それにしても、こんなこと必死にやる店員を雇用しているここの経営者がこれ見たら腰抜かすだろうなあ。

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さて、最近の私にはこのおじさん店員を非難する気なんかありません。だっておじさんがどんな苦しい状況や心の持ち方でこんなところまで堕ちたのかよくわかるから。優しい気持ちになっています。まあ大いなる勘違いしてお客様敵に回したら余計に苦しいよーって、言ってあげれたらいいなあと思いますけれど。こういう人はそれも聞こえませんからねえ。

このシーンを見て、2つのことを思いました。
まずは近郊の深夜にはかなりの潜在ビジネスチャンスがありそうなこと。

日中はテレワークでこれまでの行動を激しく制限されてしまっている人々。これまで朝早くから満員電車に乗って大都会で嫌な上司と一緒に仕事をいやいや嫌々やっていたので、それから解放されてこの行動制限を案外悪くない、と受け入れては見ました。

しかし、これまでと比べて、行動範囲も運動量も刺激も圧倒的に減ってしまっています。そのため夜になるとたまらず外へ出る人が多くなっているようですね。だから深夜営業の近郊店には人が予想を超えて集まる。コロナだからとその辺の理解が薄い経営者は新聞かなんかを見て現場を見ず深夜の人員を減らしたためこんなことになっています。盲点ですねえ。こんな店員に深夜シフトを任せていたら売り上げも伸びないので、せっかくのビジネスチャンスも見えないんだろうなあ。やっぱりビジネスに現場は大切ですねえ。

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でもこのシーンを見て本当に思ったことは、


ありゃ❓これって俺そのものなんじゃないの?

ということでした。







こんにちは。

Forestagelことモリシゲです。

 

嫌いな人へも、幸せな人生を祈るという課題が突然私の心に降りてきて

頑張ろうとしたけれど前回のブログに書いたように

 

物凄く嫌いな人worst 1のAさんへの祈りは

強烈な悪感情が沸き起こってきて

やっぱりできなかった。

 

Aさんへの祈りはさすがにちょっと難易度高い、

高すぎる人生の課題として、まずは脇に置いておいて

 

かなり嫌いな人worst 2、Bさんに照準を合わせてみましたが、この人もその連合体仲間で、私には長きにわたり信じられないような攻撃を一緒になって仕掛けてきた人なので、やっぱり思い出すだけで息苦しくなる

とても無理でした。

 

さらにそれより、嫌い度がずっと下がるCさんへの祈りならできるかも?と思って、もう一度考えてみた。

 

そうそう、この人も裏切ったんだなあ。

何しろ、Aさんに嫌われてからは、私の味方になってくれる人は一人もいません。


みんな、分かっているんですが、みんな自分がかわいい。私に味方したり、ともに戦ったり、そんなのがばれたら、自分もえらい目に会うのは、あのAさんの性格からして明らかです。

 

みんな自分がかわいい。だから、私には近づかない。

そして私はどんどん孤立していったのですが、それと同時に取り巻き連中も激しく軽蔑しました。

 

そんな中で、Cさんは、かなり協力的でした。

この人なら、私のことが理解できるのではないか

かなり深くいろいろなことを教えたりもしました

 

しかしCさんは、私とあまり近づくと危険であることを察知しておいしいものだけ全部とって

さーっと私から去っていったんだ。

あれだけお世話したのに、、、

平気で裏切った。

 

また当時の苦しみがよみがえってくるのですが、

この人に対する悪感情は、worst 1 &2のAさんBさんに比べてたかがしれているので

 

よーっし、この二度と会わないことにしていたCさんのことを今日から、祈ろう。

素晴らしい人生が送れますようにって

 

とにかく苦しい決意をしました。

できれば、これやりたくない。

好きな人のことだけ祈っていたかった。

 

私のことを好いてくれて、そして私も好きで

そんな好きな人のことを祈って、

そしてそんな人にお礼の意味も込めて

もっともっと幸せになってほしかった。

それだけを神様にお祈りしていきたかった

 

なんで、よりによって、地獄行き確定のあいつらのことを、、、

おっといけません。ついそういった妄念が出てきて脳を支配します

 

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とにかくCさんを祈る決心して、

神社さんに行きました。

Cさんだけのことを特別に祈るとなると、

 

Cさんだけを集中して考えて祈りを入れていかないといけません。そうすると


かわいがっていたのに、

自己保身で見事に裏切られた過去がよみがえって

胸糞が悪くなってくるので、さすがに拒否感がふつふつと沸き起こってきます。

絶対にできないと確信しました。

 

私の心の傷はやっぱり深い。

 

そこで、私の好きないい人たちの中に混ぜてさらーっとお祈りしてみました。

 

「○○さん(いい人)、△△さん(いい人)、◎◎さん(いい人)そしてCさんが、

神様のご加護を受けて、本当の意味で幸せになりますように、、、

 

ああでこうで

ああでこうで

ああでこうで

ああでこうで

(ここいろいろな観点でお願いする)、、、

 

ありがとうございます。結果は神様におまかせします。」

 

ふうー。何とか出来た。できるだけ感情を封じ込めて

過去のことすっかり忘れて、棚上げして

何とかやれた。

 

この祈りの時は、特別な不思議な感情が沸き起こりました。

「がんばれ、がんばれ」「最後まで祈り通せ」

みたいなどこかから、応援されているみたいな、ちょっとあたたかーい感覚です。

 

決して、自分でそうしようとか思ったのではなく、不意に襲ってきたのです。

 

誰?だれよ

きっと守護霊様なことでしょう

 

ひゃあー。何なの。何なの。この感覚。

うれしさがこみ上げてきました。

 

この私の中で裏切者、どこかで必ず倍返しの復讐とか、思っていた人は、

なんだか私の仲間になりました。

 

もうこれでこの人のことを祈れる。

一生祈っていける。


そう思うとなんだか、

100万円もらったような気がした。

徳の貯金ですかね。

 

こんにちは

 

Forestagelことモリシゲです。

 

神様に導かれ、そして神社でお祈りをしてきました。

 

自分を助けてください、

自分にお金をください

 

といった祈りではなく、神様の願う世界を作るために

ひたすら周りの人の幸せだけを祈る。

 

●まずは、家族への祈り、親族への祈り

 

これは、自分みたいなもんだから、すんなりできる。

 

 

●周りで大変な目に会っている人への祈り

これも、なんだかいいことしているみたいで気持ちが高まる

 

●職場の人への祈り

お世話になっている人に祈る。これって意外と難しかったりします。

あの人どうしようかなあ、

いや、あれはイヤな奴だからやめとこ。

とか、いちいちどうしようか、と悩んでしまいます。

 

最近やっと、みんな幸せになあれと、祈ることもできるようになって

ある日、その嫌な奴から明るーく挨拶してこられて、大歓喜です。

 

●不動産投資関係の皆さんへの祈り

これは、私の幸せハウスに知らないで入居中の皆さま方に祈り倒す。

幸せになってください、幸せに、しあわせにー

毎日明るく、安らぎの心に満たされてくださいー!!!!!

 

もう家賃以上お返しするんだーっと、とっても力が入ります。

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ここまではいいのですが

 

ずーっと課題になっていたこととして

 

●めちゃいやなやつ、思い出すと吐き気すら催す嫌いなやつ

に対して幸せになってくださーい💛

愛してますから💓と祈る

 

という人生の関門課題が

残されたままです

 

このまま放置して

いい人ぶっていていいの?

というのが最近ガンガン通信で入ってくるんです

 

あーどうしようどうしようどうしよう

 

人生の課題だ

 

乗り越えないといけないのはわかっている

 

でも、ちょっとそんな簡単なことじゃない。

 

 

祈ってみようとはしましたよ。

でも、どうにも苦しくて

今日は無理、と

ずーっと後回しにしてきました。

どうしてもその人の幸せを祈るなんてできないんです。

 

祈ろうとその人の名前なんか口に出せない。

ずーっと封印して

感情ボックスにカギをかけて生きてきたのに、

 

むき出しの怒りや苦しみに直接対峙して

 

それを乗り越え

愛をお届け―なんて、

お気軽にいえない。

 

もし言えたらそれは嘘偽り

 

神様の前で嘘偽りが言えるわけない、

 

言えないよ。

だって

その人のためにどれだけ苦しめられたか、、

 

どれほど大変だったか。

 

何年苦しめられたんだよ

 

 

そして、心のその場所まで自分が近づくと

ぐわーっと心の中に

 

復讐の心が出てくるだけ。

愛念で祈るなんて

 

あれが閻魔大王に煉獄で

焼かれてからじゃないとできないとか

 

両手両足をあばれ牛に縛り付け、

そのまま四方に走らせて八つ裂きになったのを見届けてからね、とか

 

ファラリスの雄牛に閉じ込めて火をつけて、

ぱおーと叫び声聞いてからとか

おっと、こっちの方が得意なもんでヤバイ。

 

そんなことばかりが心を占領し

 

とてもその私の人生において特別なお方に

ひたすらの愛を祈るところまでたどり着けそうにありません

 

ためしにと思って

その人へのお祈りをやってみようとはしたんですが、

 

 

途端に息ができなくなった。

 

 

全く持って乗り越えられていないんですね。まだ全くです

 

続く

 

こんにちは。

 

Forestagelことモリシゲです。

 

毎日神社さんで祈りをすることが日課になって、

心が晴れやかになることが多くなってきました。

 

すると、祈っている最中に気が付くんです。

というより、感覚が降りてくる。

 

うわ、あの人に滅茶苦茶お世話になっているのに

気づいてなかったじゃないか。

 

なんてこった。

あの人が一生懸命やってくれていることが

当たり前と思っていた。

給料もらっているんだったら当然とか思っていた。

 

いや、給料分ぐらいは働けよな、ぐらいのこと平気で思っていたこともある

痛い痛い記憶がよみがえり

 

そして深く反省して、

すぐにその、言ってみれば組織の下支えをしている方への祈りも行っていきます

 

最初は

祈りの時間が長くなって、

あーどうしよう、やっぱりこんな人べつに重要人物でもないし、やめておくか、

 

なんて思っても見たんですが、

それが、それが一番いけないこと

それだけはやってはいけないことなんじゃないの?

 

と勝手にこの口がしゃべるんです。

神社で神様にお祈りの最中に

 

もはや、私が考えたことじゃないので、

「はいわかりました。」

 

で、そういう組織の下支え

の人にも真剣に祈るようにしました。

 

(わかりやすいように下という言葉を使ってそう言いましたが、もう最近は全然下とかそんな風にすら思ったことはありません)

=====

 

最近毎日、いろいろ奇跡だなあ、と思うことも多くなってきて、

それを神社さんで神様の前で報告するのが日課です。

 

「今日は、こんな奇跡がおきました。ありがとうございます。」

と一日を思い起こしてお礼を述べます。

 

 

もちろん奇跡といっても、

 

「神様今日は、車で急いでいたのですが、道路が渋滞でした。すると海が割れて道ができたので30分でいけました。あれ、また私だけによろしくお願いいたします」

 

みたいな都合の良いことはまだ私の身には起こっておりませんで、

 

そうではなくてたとえば、

 

この前のブログで書きましたような

「なんじゃおらー」と突然兄ちゃんに理不尽な言われかたをしても

 

平然としかもやさしく、慈しみの心に満たされながら

「違うよ。勘違いだよ」と言えた、、、、

 

みたいな、自分の中だけで感じられる

「それって、これまでの俺ではありえんだろう!」

の類のスーパーミラクルでございます

 

昨日は、お祈りの中で

そういう奇跡みたいなできこともなく、

あ、今日は奇跡みたいなことないなあ、

ではそろそろ帰ろうかな、

 

と思った瞬間

 

「違うでしょ?今日もなんかいいことあったでしょう?」と私の中のだれかが勝手に思うんです。

 

え?なんかあったかなあ?

いや、きょうはずっとパソコン仕事していたから

さすがに何にもなかったような気が?????

 

でもスーッと今日のハイライトシーンが心の中で映像で流れます。

 

あ。そうだ、今日はいつも感謝でひそかに祈っている清掃員の女性となぜだか不思議にも通勤途中道でばったり会って会話が弾んだんだった!!!

 

 

「兄ちゃん!あいかわらず元気そうねー」

と兄ちゃん扱いしてもらったんだった。

 

私も女性に平気で

「お姉さんおしゃれで相変わらずきれいだなあ。」と返したんだった!

 

女性は、うれしそうに

「あらそう?うれしいわ。」

 



「わたしことし80歳だけど。兄ちゃんにそんな風に言ってもらえると、、」と頬を赤らめていただけたんだったか、ちょっとそこまで思い出せんが。

 



これって、奇跡的会話じゃないの!

このエネルギー循環のために私は生きていたんだった。

 

「すみません!わすれていました!

ほんとうにありがとうございました」

 

本当にありがとうさま。