こんにちは。
Forestagelことモリシゲです。
おかげさまで前回の記事には、「いいね」がぽつぽつと、いつまでもつけていただいていたので、その間ずーっとその「いいね」が収まるのを待っておりましたが、今日はもう待つのをやめて書きたい!と思う出来事が起こりました。
毎日愛念の気持ちで多くの人に祈り、
少しでも皆の幸せを願い、
少しでも徳を積んで
「積善の家に必ず余慶あり」
(積善陰徳、陰で良きことすることを続ける家には、
その時だけでなく、必ず必ず代々いいことが続く)
の教えを信じて、人知れず良いことを続け、死ぬときに「あれもやれなかった、これもしなかった」
と後悔なんか絶対しないように
「一日一生」
で、誰にも知られず陰徳を積んで生きていこうと
思っている、この私の心を
この私の心を
激しく揺さぶる出来事が起こり、
更新したい気持ちが様子見の気持ちを遥かに超えたのでございます。
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私は現在、毎日陰徳を積んで我が家に必ずや余慶をもたらしていただくため、いや今ではむしろ神様のお手助けをすることが嬉しくて
お世話になっている多くの人々へ、誰にも言わずにその人の魂が温かくなってもらい、安らぎの心で満たされるよう、神様にお願いするという祈りを一日2回行っています。
今日はその中の強く祈る対象になっているプロジェクトを一緒にすすめるある若者が、私の清い祈りの心を激しく乱すことをやらかしてくれました。
その若者とは同じプロジェクトで同じミッションを共有していて、頑張ってくれているので、責任者の私はとてもありがたく、毎日、本当に頑張れ、もう少しだぞ、と愛念の祈りを込めていたのです。彼のためにもう600回ほど祈ったはずです。
本日、その彼が、仕事のプロジェクトの件で大変な剣幕で文句を言ってきました。私に直接ではなく、プロジェクトのある若手担当者にメールで言ってきたのですが、きちんと私にccでついており、どう読んでも私への攻撃文になっています。その文面は怒りに溢れ悲しいかな、どう見ても私への批判としか取れないのです。
私はそのメール内容を読み、悲しみのどん底に叩き落されました。
メールで彼曰く
「自分はこのプロジェクトのこの結果に共同でコミットしていることがとても恥ずかしい」
「この仕事の結果は、○○をごまかしたところがとても情けなく、恥ずかしい。」
怒っていて自分がこのプロジェクトのメンバーであることが恥ずかしいという驚愕の表現が使われています。
彼が指摘しているのはどれもこれも、極めてむづかしい問題で、その問題点はグループで共有してあり、現時点ではこのままゴーサインを出すしかないと思い私も渋々了承した大変微妙な問題です。
彼は残念なことに、その皆が知っているウィークポイントを、さも自分だけが気づいたかの如くに、大問題にしたてて口を極めて罵るのです。しかも自分だけは「恥ずかしい」という同じプロジェクトで働くメンバーに対して究極の禁句を使って。
この「恥ずかしい」には驚かされました。自分もその当事者のくせに他人事のように「恥を知れ」は人としてあり得ない発言なのでちょっと異常な状況に若干のサイコパシーを疑いつつも、どうにもこうにも怒りが溢れてきます。
「自分だってそのプロジェクトメンバーなんだから恥ずかしがる暇があるなら自分が責任を感じて解決してくれればいいのに。これまで何の解決策も示せなかったのに、メールで恥ずかしいなんて言わずに、ではどうすればいいのか代案を示せばいいのに。建設的な意見を全く言わずに、いよいよ最終段階になってから手のひら返してプロジェクトの電車を一人で立ちはだかって止め、皆を困らせて一人だけがいいかっこしている!」
彼がメールで何度も強調している「自分がこの仕事にコミットしていることは恥ずかしい。」は、チームとしてはどうにも容認ならない誠に自分勝手な発言です。
そして、メールではさらに自分が「どれほど美しい人間か」を強調してきました。
「これを言うかどうか、相当迷いました。しかし、私は勇気をもってあえて言わせてもらいます。この仕事は恥ずかしい、情けない」
なんだか、物凄い上から目線で、皆が言われなくてもわかっている困難なポイントを他人事のようにあげつらってみせ
「このままでは私は恥ずかしい」
「これで仕事だなんていう人間はどうか」
みたいなことをなんの代案もないくせに
自分もそのプロジェクトのメンバーで
責任があることをすっかり棚に上げて
自分だけは立派な人を演じてきました。
きっと自分の美しさに感動で打ち震えているんだろうと思われます。
「ああ、私は、仕事に妥協しない、
ダメなものは、プロジェクトリーダーにすらダメと言い切るなんと素晴らしい人間。選ばれた人間なのだ。」
「問題点が見えない烏合の衆とは違い、問題点を喝破する。そして、ここからが一番素晴らしいのだが、それを言い切る勇気があるのだ。」
「恥ずかしいものは恥ずかしいと言い切る私。ああ美しい美しすぎる私。」
「それだけではない。これによって、傷つくものや、小さな問題点が発生することもわかっているワタシ。どれほどの思慮深さだ。」
「それらを乗り越えて、恥ずかしいの珠玉のお言葉を出せる私。」
「皆にはわかるまい。この私の繊細な心。私もこのメールを書くかどうか悩んでいることは、想像力が欠如した奴らにはわかりもすまい。一言付け加えておこう。これによって、私にどれほどの慈悲の心がある立派な人格者であるかを知らしめておけるに違いない。」
こう思っているのはほぼ間違いない。チームワークを微塵も感じず相手を一方的に非難するとんでもない文面です。毎日目をかけ祈っていたその彼が、私が最も忌み嫌う、私の目指す美しく清き世界の反対に住む超ダークサイドの住民であることが明らかになりました。
彼の自分勝手な私は恥ずかしいという文面を読み、
まずは怒りがわきました。
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それから、まず、第一に情けないのですが、すぐにこう思ってしまった。
「私は、あんたに対して神様に600回も
『仕事でうまくいってほしい。
活躍してほしい。安らぎの心で安心して仕事に取り組んでほしい』
と願ってきた。」
「その願いは、神様からのスーパーパワーですでにあんたに届いており、そのおかげで、いい仕事ができてきてかなり自信がついたよな。」
「それはそれは陰ながら喜んでいたんだよ。」
「それが、全部自分の才能だと思いこみ、まわりが愚かな人間ばかりと勘違いしたのか!」
「そしてついに私のことが恥ずかしいとまでいうのか。どこまで自己愛を貫き通せばここまで堕ちていけるのか?」
これほどのあんたを思う強い祈りがあんたには全く通じなかったのか!
と激しい怒りが沸き起こってしまいました。
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そうなるには理由がありました。
昔を、つらいつらい過去を思い出したのです。
実は私の若いころ、この彼と似たような、自分だけが素晴らしいという極端な自己中心的な考え方をする上司Aさんに壮絶なパワハラを受けておりました
「いいことがあれば、それは俺だけが偉いからだ」
「悪いことがあれば、それはオマエが悪いからだ。そんなオマエのことが心の底から恥ずかしい。」「恥を知れ恥を」「そんなんで生きていて恥ずかしくないのか」
毎日毎日ネチネチと1時間以上聞かされた言葉です。
本当に何十年も苦しめられたんです。私はまだAさんが人間とはどうしても思えず苦しんでいるのです。
きっと、私の中にある峻烈な被害者感情は、
殺人事件の被害者遺族と同じとまでは言いませんが、
同種であることは間違いがありません。
(現在もある種の心理ブロックを2重3重に施したうえでこれを書いています。被害者感情って知っているのかって?その件は、かけるときが来れば書きます。)
まだ詳しいことは書いていませんが、
過去のパワハラ関連記事に少しだけ、ほんのさわりだけ紹介してあります。
Aさんが退職でいなくなるまで、正確な日数が数えられた。当時、Aさんが、あと何年で退職するか、いつ聞かれても
あー、あと3256日ですね。と正確に言えた私。
それほど、Aさんがいなくなることを待望した。
それほどパワハラがきつかった。
電車を止めなかったのは、奇跡だったと、
今でも固く信じているほど
壮絶だったパワハラの日々
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その「恥ずかしくないのか」とハラスメントされ続けたあの日々が彼のメールの言葉「恥ずかしい」をみて一挙にフラッシュバックしてきたのです。
愛念で祈り続けているこの私に対しまさかのよもやの一般的禁句「恥ずかしくないのか」を投げかけ、それがまさかよもやの若い頃受けた壮絶パワハラの言葉そのもので、絶対的トラウマの言葉だったというこの最悪のシチュエーション。
自分を抑えるのに必死です。
究極の自己中心的サイコパス人間。自分しか見えない人間。もう、Aさんによるパワハラで大きな被害を受けたので人生では2度と出会うはずがなかった種類の極悪人間。
それがまた現れた。
なぜですか?なんで、こんなに究極までの自己中心の人間が私の周りには集まるのですか、もう勘弁してほしい、と思いましたが、でも今度はわかりました。神様は、またその種の人間を、私の前にお届けされたのだとはっきり認識できました。
悪役を登場させて乗り越えるべき課題を乗り越え徳を積めとの神様のご命令です
神様、今度は何を乗り越えればいいのですか?
心が打ち震えるほどの怒りが静まり、心がすーっと落ち着いてきます。
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そして、改めて思います。
神様と悪魔はセットでやってくる。
ここは対応を間違えてなるものか。
間違った対応とは
まずこの若者を呼びつけて、怒りに任せて怒鳴りつけるというものです
「こらああ、お前、お前はこのプロジェクトのメンバーの一員だろうがあ」
「恥ずかしいだって、お前の責任の範疇だろうがあ」
「お前が恥ずかしいわ。」
「もう、いいから向こうへ行け。お前なんてプロジェクト解除な。」
「究極までパワハラ地獄で苦しんでみるか。ああ?」
という、目には目のAさん張りの対応です。
そう、家庭内暴力の連鎖と同じく、ハラスメントをヤラレタ人間は、エネルギーを強奪され続けたので、人生のどこかで帳尻合わせるために立場の弱いものが出現すればその者にパワハラを仕掛けてエネルギーを取り返そうとするのです。
これをやれば、もうお背中の龍神様は、いきなり私に巻き付いて私を窒息させて、はい今回の人生これで終わりとなるのでしょう。
もう私は、ここまで神様に近づいた人生を辞めるわけにはいかない。もうここでこんな、怒りが怒りを呼ぶような人生に一度でも舞い戻ったら、もう死ぬのでしょう。
ここで死ぬぐらいなら、この愛念に対する裏切りとも思える行動に対する激しい怒りを鎮めます、と神様にお約束。
おかげさまで簡単な論理で動いていきそうです。
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さっそくメールを直接もらったプロジェクトメンバーと協議し、
「この自己中心主義の彼の、この恥ずかしいの文面だが、許してあげてくれないか、彼は正義感で本当のこと言っているところもあるんだよ。
いい指摘をしてくれていると思って
一番いい道を探っていこう。そしてお互い大きく成長しようよ。」
自分で言ってみて驚きます。
まるで神様みたいなことを言いました。ちょっと、自分でも信じられない変化です。
今日もまた、こうして私に対して恥ずかしいとまで言った彼に対して祈り続ける意味が見いだせました。
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長かったけれどいよいよ最後です。
そして、今日その事が起こった後で夜にいつもの神社さんにやってきました。なんだか不思議な澄み切った空気感でした。ものすごく寒かったのですが、祈りを始めたら、ものすごい精神集中ができて、非常に心地よい祈りができました。
いつもの女神様が優しくお迎えです。もうこの時間が嬉しくて、暖かくて、
ねえ姫さま。今日はねえ。えらいこと起こったんよ。と言ってしまってから、敬語で祈り直す。それを神様は受け入れて聞いていてくださる。この私の人生にまさかこんな美しく甘い時間が来ようとは思いもしなかった。
至福の時を経て祈りを終えました。もう気分は最高です。気がついたらなんと次の日になっていた。時刻は夜中の1:30です。かなりの冷え込みの深夜、寒いことも気がつかず時間の概念が完全に消えたトランス状態になってとてもいい祈りでした。
だからまあ、とにかく、あんなことこんなこと色々あっても神様と繋がっていれば、何がどうなっても安心で幸せだあ。この私の仕事が恥ずかしいとまで言ったこの若者にもずーっと祈り続けることができる私でした。この後どうなっていくのか楽しみです。