こんにちは

Foresta gel ことモリシゲです。


関東のワンルームの物件数室の購入は、東京の大手デベロッパー会社から営業をかけられたのがきっかけです。最初、彼らが最初に提案してきたのが大森とか埼玉とかの新築物件です。

 

 言下に(わざと)「あーあ、こんなのだめだ、山手線の内側持ってこい」

 

なんて言ったら、むこうも「あれこれは手ごわいぞ」と、急に態度を上客モードに切り替え、今度は本当に山手線の内側の物件を持ってきた。時はちょうど民主党政権で日本経済が大ダメージを受けているところ。なんとなくここ勝負と思って、その会社から、まず1室、そして怒涛の勢いでポンポンポンとどれもこれも山手線の内側の物件を買いました。その間、ずーっと投資のプロっぽく振舞っていると、向こうも最高の手ごまを持ってきてくれるんです。

 

ワンルームでも月10万越えの家賃で、入居者さんも、独身の超エリート社員さんなので長くお住まいになられます。文句も言われませんし、きれいに住まわれます。なにより東京山手線内側で立地が最高、どの物件も、もより駅がJR、私鉄各線、地下鉄と4つも5つもある超便利地域で、時々の入居さんの退去後も早ければ2日ほどで次の入居者さんが現れるという超優良物件です。もちろんそんなですから、価格は関西の物件の2倍弱もしたりします。


そして東京オリンピックの前に全部売却。こちらは関西の物件と違って、キャピタルゲインがとれて大勝利となりました。

 

で、結局この投資の成功要因は、

1)皆が出費を渋る最も悪い時期、イヤー今はさすがに無理でしょという経済低迷、みなが意気消沈の時期に、ひとり燃えに燃え、お願いだから借りてほしい銀行から思い切り借金して買いまくったこと。そして

2)皆が買い気満々で、多くの人が良い投資物件を血眼で探す最もいいオリンピック前の時期に、惜しげもなく売ったこと。

 

ですね。

 

今やコロナ問題で売り時逃した人は下落にはまって大変だなあ、

あの時買ったのもあの時売ったのも正解だったと、今では思うわけです。買いのタイミングは経済低迷の際にさすがに勇気をもってここだあと意識的に踏み出したからだったけれど、

 

正直言って売りのタイミングは、そんなかっこいいものではなく、単に定年退職が近いのにこのまま借金抱えていたら本当にやばいという、自己都合だけで決めたのであって、ただの偶然、結果オーライでした。

こんにちは Foresta gelことモリシゲです。

 

自分の資産をほとんど使わずに、ワンルームを複数保有していた私は、当時借金は1億。

 

自分で保有している預金などには、必要最小限の頭金以外はほとんど手を付けず、どれもこれもほとんどを銀行からの借金で購入、月々多額の返済をしながらワンルームを数室を保有、維持していたのです。どの物件もトータルでは収益にはならず毎月数千円の赤字。関西の物件には、その後どうしても入居者がつかず、借金で圧迫されて大苦戦したあげく売却。ついに退場に追い込まれました。

 

幸い、東京の物件はいずれも優良で、退去申し込みがあっても、その次の月までには必ず入居者がつくものばかりでしたので、そのまま放置して毎年2-3万円の赤字でも良かったのです。

 

しかし、考えてみると定年退職まであと数年。定年後、ビルの掃除とか深夜の警備員とかイヤなので、頼りになるのは年金のみ。その年金から毎月2-3万の赤字を継続したままワンルームを保有することにいったい何の意味がある?どの物件も完済は79歳に設定されています。さて80歳から、自由になる築古ワンルーム数室を保有して、いったい何になる?子供たちの相続争いの種ぐらいのものでしょうか。

 

そもそも、年金なんてもらえたって10数万ちょっと。そこから東京のワンルーム数室保有に3万も赤字だして、深夜勤務なしでどうやって生活するんだ。

 

そうなんだ、夢のワンルーム投資は、もう終わりなんだ。

やっと気が付き、怒涛の売却です。

 

東京のワンルームは、どれも山手線の内側の一等地にあり、まだコロナ問題もなく、東京オリンピックで盛り上がっているところ、こちらは関西と事情が全く違い、購入時とほぼ同じ、あるいは少し高い値段で売れました。残債が相当減ってきていたので、それ相応の資金が手元に集まった。納税がすごくきつかった。でも手元に余裕資金ができた。

 

これでいい気になって自宅を買ったり、高級外車買ったり、自分にご褒美で休暇取って豪華客船で海外旅行したりしたら、瞬間で負け組確定。ふつうにサラリーマン生活していたらそれすら誰からも教えてもらっていないので、ついやってしまうらしい。

 

ロバートキヨサキも「金持ち父さん貧乏父さん」で言っている。

 

「自宅なんか負債、車なんか負債。そんな金を生まないもの買ってどうする?」

この資金は将来金を生むものに投資しなければなりません。

 

さあ、この資金で何をやる?

考えに考えた末、取り組んだのは、やはり不動産投資でした。

 

(その3からの続き)

 

管理会社を変えると決心してからは、各社にオファーを出すと、いくらでも希望会社は現れました。インターネットで便利です。そんななかから、いくつか問い合わせてみると、やけに情熱的なところがあったので、思い切ってそこにお任せしてみることにしました。

 

管理会社の変更はとっても簡単でした。

 

新しい会社に変更一式をお任せするだけでした。それで、あのやる気のないデベロッパー付属管理会社とはおさらば。

 

新しい会社さんはとてもいいお客さんをつけてくれました。エステサロンで新たに働くため地方から出てこられる若い女性でした。この方は2年半ほどお住まい頂きました。その間平安な日々が続きましたが、このかたもご結婚でご退去され、ついにこのワンルーム投資の命運が尽きたのです。管理会社さんがいくら頑張っても、今度はどうしても入居者さんが付きません。

 

そうです。経済発展の見込み違いでした。あの民主党政権、日経平均7000円からの回復を果たしたアベノミクス効果で、関東は相当の経済活性化を果たしましたが、関西圏は関東と違ってアベノミクスの恩恵にあまり預かっておらず、経済が冷え込んでいたままだったのです。

 

ちょうどこの入居者さんが退室する連絡を受けたタイミングで、前のブログで述べた関西の不動産屋さんからの売却のオファーがあり、それまでぐずぐずしていた私も、ついに思い切って売却を決意し、各社に問い合わせました。

 

最終的にこの1600万で購入したワンルーム物件は1050万円で売却。最初交渉の購入希望の方は希望価格1000万と言われましたが、こちらは銀行残債完済の1050でないとどうしても売れないと、残債の証拠をつけて交渉しますと、相手もこの値段なら欲しかったと見えて、ついに交渉が成立しました。銀行返済残債は何とかこの1050万で返却でき、よく聞くマンション投資哀話の「手放すためさらに身銭を切る」ことだけは避けることができました。

 

結局この投資は

頭金200万、家賃から銀行返済で引かれた赤字が毎月5千円から1万円のマイナスでコツコツ積みあがり100万、さらに空室の時にドカンと50万で合計150万、カギ代やエアコン修理などその他で50万円、ほかにもあったでしょが、約400万円強の損失で税金還付なども入れると、350万ぐらいの損失に終わりました。その間七転八倒で、お金で測れない精神的、時間的損失消耗は膨大でした。手放した時の安ど感はかなりのものでした。

 

この関西ワンルームマンション投資は完全に失敗でした。いろいろな投資の中でも代表的な失敗例に入ります。

 

理由をもう一度まとめると

1)ワンルーム投資でやってはいけない新築に手を出した

2)1階の不人気物件を知らずにつかまされた

3)このマンションの系列会社が管理をせず悪質だった

4)関西の経済が予想を超えて伸び悩んだ

 

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売却を終えて、やれやれ。そして思うことは

 

これがあの時の夢のなれの果て。マンション購入の時は信じて疑わなかった夢。「2020年にはオリンピック景気でイケイケ、家賃は、当初の7万から10万、余裕をもって売却、その価格は2000万で多額納税の節税に頭を悩ます日々。夢の未来。俺ってさいこー」、、だったはず。本当にそのはずだった。

 

もう定年退職まであと4年。

 

私はいったい何をしているんだ。

 

先を急がないといけない。年金だけで生活できないぞ。

 

急におしりに火がついて、怒りがマグマのように吹き上がってきました。

眠っていた何かが爆発しました。

あのなあ。

 

おっちゃんにとって

 

岡江さんは希望の星だったんすよ。

むかしっから、好きだったんすよ。

 

もう40年ちかく前の話かなあ。

NHKの連想ゲームの番組で、オンナ組だったかの一番後ろに岡江さんが座っていて

オトコ組の一番後ろに大和田さんが座っていて

 

なんかコメントあるたびに二人が見つめあうのを見て、

ちょっと本当にやめていただきたいと、真剣に嫉妬したのを今でも鮮明に思い出す。

 

いつまでもいつまでも全然昔のままできれいで、朝の番組を薬丸くんとやっているときも、

なんだか余裕たっぷりなのに、気配りもできて、控えめそうなんだけれど、

どう考えてもセンターに出ているあの感じが、好きだったなあ、

 

あんな人近くにいたら、絶対すっかりヤラレていましたわ。

 

 

いや、うそでしょ?

ちょっと63歳って、まだだったんじゃないの。

コロナは本当に怖いですね。

 

いかん。おじさんは、呆然としている。仕事に戻らないと。

 

岡江さんさようなら。

向こうから、まだがんばるみんなのこと見ていてくださいね。

(その2からの続き)

 

3か月も空室だった関西のワンルームマンションですが、デベロッパーに付属している管理会社のお世話になっていたのですが、もともと新しく建てた物件の営業の片手間でやっているのか、売りさばいた後のお客の世話の管理業務、客付けなどは2の次3の次。それまで何もしてくれてはいなかったようです。

 

(その2)に書いたように、管理会社にあらためて客付けをお願いしたら、重い腰を上げてくれたようです。3週間ほどで連絡があり、入居希望者が現れたようです。

 

やれやれ、これで損失が止まる!と思いほっとしたのを覚えています。入居の方のプロフィールを見れば、これまでお仕事をされておらず、今回一念発起でコンピュータを駆使して競馬の予想をしたいので、会社組織(「ヒットでぽん」みたいなふざけた名前だった)を作って、地方からH競馬場の近くに出てくる方だとか。

 

そんなので月7万とかのお家賃払えるの?と相当心配でしたが、もうすでに空室は4か月目に突入し、これを逃せば空室5か月が確定し、空室6か月も目前です。その間、新築マンションの購入として設定した銀行返済が月々8万弱があるので、もうえり好みなんかしておれず、まあ大富豪のボンボンかもしれないなんて勝手に思い込んでその方にご入居していただくことにしました。

 

そして1か月分のお家賃をお支払いいただきましたが、すぐ退去の連絡が!!

競馬の予想屋ヒットでぽんって、やっぱり不埒系だったんだあ、がっかり。でもあの切迫した状況下で断るわけにもいかなかった。

 

ここのマンションは、入居のたびに立派なカギを付け替える習わしになっていてカギ代で3万強、クリーニングとか入れるとお家賃が相殺されてしまいました。

 

 

 

この管理会社には、だんだんと怒りがわいてきました。また電話してみました。

 

(Foregel、もう歯をくいしばりながらしゃべっている感じで) 「4か月空室の後、1か月で退去って、ちょっときついですよね」

 

(営業さん)「あー。まあ、入居者さん見通しあまかったんすかねえ。」

 

(Foregel)「見通し甘かったって、1か月で出るヒトなんて、あんまりだよ。もう少し、そのなんというか、アレじゃないまともな人選べなかったの?」

 

(営業さん}「ていうか、Foregelさんも急いでいたわけですからあ。」

 

(Foregel)「まあ、そうなんだけれど。わかったよ、もう一回おたくでチャンス上げるから頑張って。それで空室続くようだったら、今度は管理会社変えちゃうよ。仏の顔も3度までっていうやつよ。なんか管理会社っていくらでも変えたらいいんだって、本に書いてあったからね。」

 

それで営業さんまた3週間ぐらいかかって探してくれたらしく、次の入居者さんが付きました。

おお、やればいくらでも客付けできるじゃないか、今度は、今度こそはいいお客さんであってほしい、、、と願っていたら、

 

この人もたった2か月で退去です。3か月でカギを2回も変えてカギ代だけで7万円。なんだかんだで損失が数十万円に膨らんできました。だいたい、カギ代が高すぎる。2000円でいいんじゃないの?と思い、これも問い合わせてみると。

 

「そんなのやめて、指紋認証システムつけるぞ、それだったら、初期投資10万で済む。」と言ったら、

 

「あーそれは規則違反かもー。問い合わせてみます。」とか言ってごまかす。もちろん答えなんか帰ってこず、なしのつぶてです。

 

この管理会社どうもカギ屋と結託していて、入居者が変わるごとにわざと高額キーシステムに取り換えてオーナーからボッタくっているようでした。いよいよ怒りが頭の上まで突き抜けてしまい、後先もわからないくせにとにかくこの管理会社とはおさらばすることにしました。

 

 

あの夢のようなマンションワンルーム保有のサラリーマンライフは、入居者さんのお家賃があってこそ成り立つので、それがなければ、保有ワンルームなんて夜も眠れない悪魔の箱みたいなもんです。

 

(まだつづく)