商店街を抜けた先、わずかに残る路地裏には、街の“間”のような時間が流れています。

急がない人たち、植木鉢の隙間からこぼれる朝の光、遠くで聞こえるラジオ体操。

そんな場所で過ごす15分が、私の思考をゆるめてくれます。

大阪の街はにぎやかだけれど、その裏側には「静けさの居場所」がちゃんとある。

今日は、そんな路地の話を。
 

  1. 商店街の“余白”としての路地
  2. ベンチがつくる小さな対話
  3. 書かないノートの時間
  4. 考えごとは“止まる場所”に宿る
     

1. 商店街の“余白”としての路地
 大阪の商店街は、メイン通りよりも裏の路地に味があります。

表が“動”なら、路地は“静”。

魚屋の裏手、古い長屋の影、行き止まりの手前。

そこにある空気のゆるみが好きです。

道の幅が狭いほど、時間の流れが遅く感じる。

通り抜けるたびに、「今日も街はちゃんと息をしている」と思えるのです。


2. ベンチがつくる小さな対話
 路地の角にあるベンチは、誰のものでもないのに、誰でも座れる不思議な場所です。

通りがかりの人と「暑いですね」と言葉を交わすことがある。

その一言が、仕事前の緊張をほどいてくれる。

人の多い街の中で、こうした“偶然の間合い”が心を整える。

大阪の人情は、案外こういう小さな瞬間に宿っている気がします。


3. 書かないノートの時間
 私は喫茶店ではノートを開きますが、路地では書きません。

ベンチに座ってただ眺めるだけ。

思考を「止める時間」も大切だからです。頭の中に浮かんだことをあえて放っておく。

そうすると、帰り道で自然に整理されている。考えない時間が、考える力を育ててくれる。


4.考えごとは“止まる場所”に宿る
 仕事も暮らしも、前へ進むばかりでは続かない。

立ち止まる場所があると、思考が呼吸できる。

大阪の路地は、そんな“間”を与えてくれる場所。

今日も私は、商店街の喧騒の裏でベンチに座り、湯気の向こうに静かな時間を見つめています。

 


今日のメモ
 ・午前:谷町筋周辺の路地を散歩
 ・午後:撮った写真を整理
 ・夜:ノートに“今日考えなかったこと”を書く