山本直樹先生の傑作短編集『BLUE』から何ともシュールでいい意味で気味の悪い作品を取り上げます。ここでいう良い意味とは「僕は好き」という毒にも薬にも…マジで何にもならないものでして、話はシンプルにかなり気味が悪いです。山本直樹先生に限らず、R-18の作品は気味の悪い脚本でやるとその効果がマシマシになると思います。

 

 この世には王族、皇族と言った言い方が悪いですが、生まれつき裕福でエリートになるであろうことが決定されているような人々がいます。当然、だからいいことばかりでなく、その器に見合う人間になるべく様々なスキルを磨かなければいけませんし、エリートも楽ではありません。

 本作の主人公も王様で、それ相応の苦悩を持って日々を過ごしているようですが、細かいところを気にしたらキリがないほど奇妙な立ち位置でもって性活しています。はい、性活です。

 

 おかっぱ頭に日の丸みたいな赤丸ほっぺた。そこに半開きの無気力そうな目という何とも脱力系の少年が本作の主人公で、王様なのですが、子どもなので学校に通います。しかも、普通の高校に通っています。そこでは庶民である美少女たちがひっきりなしに王様との肉体関係を望んで体を預けまくってきます。流れるようにその行為に応じる王様ですが、コンドームは欠かしません。ロイヤルの中にもエチケットを欠かさない王様の紳士な一面……というよりはおいそれと他人に預けられる遺伝子ではないというのが本当のところ。実を言うと、王様は別に人徳があってモテているわけではなく、王族の玉の輿を狙ってのハーレムだったのです。王様もこれを承知しており、冷めた態度でプレイに応じ、頑なに精子だけは相手の望むようにはしません。なら行為に応じなければいいのではと思いますが、据え膳食わぬは何とやらなのでしょう。例え、食い飽きていたとしても……。

 

 中学生の王様ですが、王様なので同級生の従者がいます。でもやっぱり中学生なので、フツーに幼馴染ポジションの少女もいます。王様の乳母の娘という、いわば同じ乳の下で育ったそんじょそこらの幼馴染より関係の濃いい間柄ですが、それゆえか少女は王様に靡いておらず、誰彼構わず抱きまくっている王様を不潔に感じ、むしろ辛辣に接します。

 そんな生意気な幼馴染を死刑にしてはどうかと提案する従者ですが、その内心では美しく育った彼女に惹かれている様子。それを知った王様は死刑にはしないけど、襲いたかったら襲ったらいいとすっげえ発言をします。ロイヤルです。

 

 その後も、図書委員やら保健室の先生やらを抱きまくったり、テレビゲーム感覚でリアルな戦争をし、無責任に全滅させたりと好き勝手な王様プレイに乗じる王様。一見、羨ましいですが、抱かれに来た女性の中には命を狙う刺客なんかもいたりして、王様も楽ではないことが分かります。こんなふざけた王様でも、エリートは大変なのです。

 で、そんな最中に先ほどの発言を本気にした従者によって幼馴染が襲われてしまいます。「ごめんごめん、まさか本気でやるとは…」と軽い感じで保健室まで介抱し、保健室の先生(刺客)と交わっていたところ、土壇場で襲ってきた刺客から幼馴染が助けてくれます。

 

 九死に一生を得た王様は、急にときめいたらしく、自然体で接してくれる幼馴染にプロポーズをし、流れるように行為に励みます。最初は戸惑っていたものの、最後は体と心を許してくれる幼馴染。目の前の男が先ほど自身を襲った事件の立役者であることはご存じなのでしょうか?

 しかし、プレイが佳境に入り、王様が果てそうになる瞬間、「そのまま出して良い」と幼馴染が発言してしまったことで王様の顔色が変わります。「そうか、お前もそうなのか」とそのまま幼馴染を絞殺し、失意に沈みます。どう見ても、今までのそれとは意味合いが異なるのですが、色々とマヒしてしまっている王様にはそれが分からなかったのです。終始、ふざけた作品ながらこういうカットを入れてくるのが山本直樹作品のニクイところです。

 

 落ち込む暇もなく、従者に促されバルコニーから国民たちに謁見を許す王様。大いに沸く国民たちですが、その中で人知れず王様は自分が本当に求めているものが手に入らないことに涙を流すのでした。その裏で、従者が「これが無ければいい王様なんだが」と愚痴をこぼしながら、幼馴染の死体を処理してこのお話はチョンです。最後の従者のセリフが色々と考察させられますが、今回はそこには触れず、シンプルに王様の苦悩(笑)について話したいと思います。

 

 王様はその境遇故に性行為に偏った忌避感を持っていますが、それはそれとして行為自体は好きなようです。遺伝子を渡すわけにはいかないくせして女性を抱きまくっていますし、何より幼馴染にプロポーズしながら体を求めていたことから、愛を表現する方法として、性行為を認識していることも分かります。しかし、王様という身分に囚われてしまっているがゆえに、その愛を結ばせることはできず仕舞いなわけです。自分がフィニッシュを決めることに抵抗があるのではなく、相手側がそれを受け止める趣旨の発言をしたことに、今回は問題があったわけです。幼馴染ちゃんは何一つ悪くないんですけどね。有体に言ってしまえば、「なえちゃった」を超極端に表したシーンなのだと思います。悲劇ぶってましたが、結局本作の王様は本能のままに生きているということなのです。……どこがいい王様なんですかね?

 

出典:『BLUE』山本直樹 双葉社(アクションコミック) 2001.3

初出は「コミックビー!」1991.6