山川直人先生の短編集『口笛小曲集』から「いちご」を取り扱います。この世には「わらしべ長者」なんて物語が昔からあり、宝くじなんて商売も成立しています。人間は夢のある話が好きです。滅茶苦茶イヤな言い方をすると、楽して大金を稼ぐようなドリームを常に夢見ながら生きています。僕なんて、そんなことばかり考えながら毎日を暮らしています。お金、超欲しいです。

 

 というわけで、本作は小規模ですが、そんなわらしべドリーム的な要素のあるお話です。ですが、山川作品においてお金や高級品がそこまで高い地位に存在しているのか…。

 とにかく、高級なウイスキーを手に入れてしまった女性がどういう経緯でそれを入手したのかを探っていきましょう。


 ドリームを掴んだ女性…由美は若くして働いていたデザイン会社を辞め、失業保険で生活をしていました。その間、版画教室に通っていたのですが、同級生は定年を迎えた老人ばかりでした。その中で、比較的歳の近い30代ほどの美人な女性と仲良くなり、教室終わりにカフェでお話をする仲になります。

 その女性は実は40代で、由美の想定よりもかなり年上でした。そして、お察しの通りリッチな生活を送っていました。自分のことはあまり話さずに由美の話ばかりを楽しそうに聞く女性は、ある日、主人があなたに一目会いたいと言っているからと、自身のマンションに由美を招待します。由美は礼儀として、スーパーで買ったいちごを携えて、高級マンションだった女性の宅を訪ねるのですが、これが大層喜ばれます。

 

 由美はその後、豪華な食事と引き換えに、女性にしていた話を寡黙な主人にも話すことになります。他愛のない由美の話に、主人がリアクションを見せるたびに女性は非常に嬉しそうな顔をするのでした。その後、高級車でお見送りされた由美は道中でブランドショップに立ち寄られ、いちごのお礼と称してブランドバックをプレゼントされてしまいます。され、られと受け身の言葉を使った通り、由美は遠慮しまくりの委縮しっぱなしでしたが、女性は半ば強引にそれらの好待遇を押し切ります。ただしそれ以降、女性は版画教室にも来なくなり、由美の前から姿を消します。

 

 それから二年後、由美はその女性とニュースの紙面上でまさかの再開をします。勝手に夫婦関係にあると思っていた女性と主人は実は愛人関係で、その主人は汚職を働いて逮捕されてしまっていたのでした。まさかの展開に、由美は驚愕しますが、その熱が冷めないうちに、雑誌記者から電話がかかり、女性と主人のことについて話を聞きたいと迫られます。

 この取材を受けた由美は、二人に関してあったことを正直に話します。二人との思い出はすなわち良い人たちだったという週刊誌報道とは真逆の意見です。結果、彼女の話は雑誌のどこにも載せられませんでしたが、後日、記者からお礼と称して冒頭で言った高級ウイスキーをプレゼントされます。いちご二パックが高級バックとウイスキーに化けてしまったわけです。

 

 この一連の流れを彼氏に話した由美は、その後、ウイスキーで乾杯をします。しかし、ウイスキーの味はよく分からず、バックは似合う服が無いからと引き出し番頭です。由美には分不相応な世界に、全く予期せず触れてしまったという事がよく表れています。そして、由美はそんな世界の激しさにどこか寂しさのような気まずい感情を抱きます。少なくとも彼女にとってはあの二人は本当に良い人だったのです。

 急に手に入れた幸福が、その人の人生を必ずしも良くするとは限らない…というより、富や名誉では埋められない幸福が存在していて、女性は由美からそれを埋めてもらっていたのでは、というテーマを感じます。女性にとってのそれらは堪らなく愛おしく尊く、高級なバックや料理では応えきれない価値を持っていたのでしょう。そう考えると、由美と同じく、なんだか寂しいような歯がゆい思いを感じます。金持ちも、そうでない人も、同じように懸命に生きているのかもしれませんね。

 

出典:『口笛小曲集』山川直人 エンターブレイン(ビームコミックス) 2005.8

初出はコミックアルファ 1998年