高橋留美子先生が最新短編集を出されたので早速群がった次第ですが、積んでいる本やここで取り扱おうとしている短編が押していて随分、日を空けての登場となりました。いつも通り、「枯れたおっさんミーツ新しい愛(勘違い)」というコンセプトが続いているわけですが、心なし主人公であるおっさんたちの年齢が上がり、もはやお爺ちゃんの域に達してきているように思えます。というより、いよいよ主人公に女性がいなくなって、男性ばかりになりました。登場人物たちが軒を連ねる表紙デザインもすっかり枯れた光景になってしまっています。

 

 というわけで表題作である「金の力」を取り扱いますが、本作は少し変わっていて、主人公のおっさん、中平がいろいろ振り回されこそしますが、どちらかと言うと蚊帳の外にいて、勘違い一方通行ロマンスは発生していません。その分、代わりに遠野というおっさんが中心に立ち、何とも複雑で頓珍漢な恋愛模様を彩っています。

 定年退職をして、暇になった中平は飼犬の世話を押し付けられ、日々ドッグランに連れて行くことになってしまいます。しかし、ひょんなことから妻が、中平が学生時代好きだった女優の片平なぎさと愛犬家友達だったことが分かり、彼女に会えるかもしれないという期待を胸に前向きに犬の世話を熟すようになります。そして遂に、写真で見た片平なぎさの飼犬と自分の飼犬がじゃれつくという絶好の機会にありつきます。ところがどっこい、その場に駆け付けた飼い主は片平なぎさではなく、冴えないふとったおっさんでした。中平同様、遠野と名乗るその男もまた、奥さんから飼犬の世話を押し付けられてしまっていたのです。同じ境遇ということで話も弾み、中平は遠野の誘いで飲みに行くことになります。そうして連れてこられた場所は超高級なクラブでした。遠野は大手企業の会長……有体に言うと超金持ちだったのです。そして、大方の予想通り、この成金デブの奥さんこそ、中平が愛した片平なぎさだったのです。中平も、遠野をWikipedia的なサイトで調べた際にその事実を知り、ショックを受けます。

 

 お金以外良いところがなさそうな遠野に片平なぎさ……今となっては遠野なぎさをモノにされてしまったことにジェラシーを感じる中平でしたが、それはそうと何だかんだで当初の目標だったなぎさとのコネクションを手に入れることには成功します。その後も、遠野経由でなぎさのホームパーティに参加して本人に会ったり、あまつさえ会話までしたりとご近所のおこぼれに預かるのでした。とはいえ、さりげなく遠野に聞いたなぎさとの馴れ初めを「金の力」の一言で返された際には、何とも複雑な気持ちを抱えます。好きだった女優がこんな冴えない男との結婚で引退した事実もつらいでしょうが、好きだった女優が金に目がくらんで結婚したというのもイヤな話です。

 「あんなののどこがいいんだろう」と訝しみながらも、その「あんなの」から「私たちの旅行にご一緒しない?」と誘われればホイホイ付いていく現金な中平です。ところが、これは中平が私たちという文面を勝手に都合よく解釈した勘違いに過ぎず、その実はなぎさのいない、遠野と若い愛人の不倫旅行でした。中平は「友人と旅行」というホラをでっちあげるためのアリバイ要因として連れてこられたのです。片平なぎさだけにとどまらず、またも金の力で若い女までモノにしようとしている遠野に中平はまたも嫉妬します。まあ、美人女優と結婚したからって、旦那が女に飢えないとは限らないことは世相もよく表してますよね。

 

 ところが、ことはそこまでお金の力だけで進まず、遠野は土壇場で愛人から避けられてしまいます。というより、中平が愛人だと思っていた若い女はホステスで知り合ったばかりの薄い関係らしく、肉体関係どころかお泊りも今回が初だったようです。たかるだけたかられてポイされてしまった遠野、ざまあみさらせと中指立てたくなりますが、当の本人はショックを受けているのかよく分からないぼんやりとしたリアクションです。

 侘しい結果で終わった遠野でしたが、なぎさを期待して参加した旅行は単なるアリバイ要因で利用された不倫旅行で、スイートにおっさんと同衾することになった中平の方が数倍、むなしいでしょう。空しい気分でベッドに包まる中平でしたが、突如として勢いよく布団がはがされます。その相手はまさかのなぎさその人でした。不倫旅行を嗅ぎつけてカチコミに来たのです。もちろん、ベッドインは未遂で終わった上に、愛人という関係ですら無かったわけだしで、遠野はセーフです。アウトな気もしますが、セーフです。

 

 色々とサイテーな遠野ですが、実はこうなったのには背景がありました。というのも、彼自身が金の力だと言っていた片平なぎさとの結婚は正真正銘の恋愛結婚だったのですが、周囲からの妬みや「どうせ金目当てだろう」という白い目から、いつしか遠野は本当に「金の力」単体でなぎさを掴んだと思い込むようになってしまい、自信を無くしていたのです。その結果、金に物を言わせて若い女性を侍らせようと、今回のような不貞に走るようになってしまったのでした。

 ちなみに、その愛人候補たちと一切上手くいかなかったのは、なぎさが暗躍し片っ端から手切れ金を渡していたためです。金の力には金の力で対応する。金持ち同士の熱い痴話げんかです。が、その原動力にはお金以外の大きな力が働いていたことでしょう。「私はまあまあ幸せだから、こんなことはもうやめて!」と遠野に言い聞かすなぎささんが逞しいです。また、同時にこの様子を見て、中平はようやく片平なぎさへの踏ん切りをつけることができました。単なる妬み嫉みから、気持ちの良いスッパリした失恋にシフトチェンジしたということなのでしょう。もう恋愛って歳でもないですが、それはそれこれはこれです。

 

出典:『金の力』高橋留美子 小学館(ビッグコミックス) 2024.4 

※初出は同誌 2023.4