前回『クッキング・パパ』の話題を引っ張ってきたので、今回も少し引きずりますが……。本編中で荒岩と息子のまことがアラスカに旅行に行く回がありまして。そこでキングサーモン釣るなり料理するなり満喫して日本に帰った折、まことと荒岩はお祭りと浴衣の虹子さん(と妹のみゆき)を受けて日本の良さを再認識します。祭りと浴衣というのは、憧れる外国人がいるほど、日本の美しい風物詩です。どうでもいい話ですが、僕は浴衣や着流しが大嫌いなので祭りはおろか、温泉旅館に行っても基本私服です。

 

 ですが、荒岩と同じでお祭りなんかに浴衣で参加している人を見れば「ああ、日本っていいなあ」と嬉しくなってしまいます。というわけで、日本少女漫画のレジェンド、萩尾望都先生の初期の短編作品「小夜の縫うゆかた」を取り扱います。主人公の小夜ちゃんは中学校の夏休みの宿題で浴衣を縫うことになります。お裁縫も嫌いだった僕からすれば地獄のような宿題ですが、小夜ちゃんにとってお手製の浴衣には特別な思い入れがあるのでした。というのも、幼い時分は夏になると毎年のように母親から兄妹分の浴衣を縫ってもらっていたのです。

 母親が以前買って残しておいてくれたトンボの柄の布で浴衣をこさえながら、小夜ちゃんは幼いころの思い出が順々に巡っていきます。せっかくの浴衣を転んで汚してしまい、泣きわめいていたのを母親に優しく慰めてもらっていたこと。成り行きで知らない女の子に浴衣を着せてあげた拍子に返してもらえず、母親に叱られたこと。隣のおばさんがお産で苦しんでいたことに気づき、何とか無事に子どもを産めたこと。中島みゆきさんの名曲「糸」よろしく紡がれていった思い出を浴衣の編み込みとともにまた回想します。おしゃれで温かいお話ですが、その浴衣を縫ってくれた母親は一昨年に交通事故で亡くなっていて、小夜は一年間浴衣のない夏を過ごしました。父親からの浴衣を買うか否かの提案を断り、「お母ちゃんが作ってくれたものでなきゃ」という言葉を涙とともに呑み込む小夜。

 しかし、また一年の年月が立ち、小夜は兄や父と分担で家事をこなすようになり、浴衣だって自分で用意するようになりました。成り行きで兄の分も仕立てることにもなってます。小夜ちゃんはたくましく成長し、母親の死を乗り越えたのです。短編とは思えないほどぎっちりと詰められた情報量とそれら吹き出しやモノローグを細かく配置し、見やすさに配慮した構成が存分に生きています。何より、祭りの夜の夜空や、浴衣を縫う小夜ちゃんの横顔、枠外にまではみ出した朝顔が本当に美しく、何度も読ませる魅力を持っています。

 

 さて、本筋は上で述べた通り、浴衣を通して母親を早くに亡くしてしまった少女の逞しく美しい成長をメインテーマに据えていますが、その横でコメディチックに繰り広げられているのが、浴衣というものが持つ艶やかさとそれに伴う男女間の恋愛模様です。例えば、小夜ちゃんの友人ののんちゃんには両片思いみたいな状態のボーイフレンドがいるのですが、小夜ちゃんはそんな二人の仲を進展させるために、一緒に浴衣の柄を探しに行かせようとします。彼女が仕立てる浴衣の柄を男が選ぶなんて、何とも男子冥利に尽きる案件で非常に印象に残ります。ちなみに、小夜ちゃんが兄貴の分の浴衣まで作ることになったのも、兄貴の恋愛絡みでして、その想い人がのんちゃんの姉だったりもします。短いお話でここまで相関図を作りこんでくるのも見事ですね。結果的に、かつてのように兄妹共に浴衣を得ることになるわけですから、本当にうまくまとめられていると舌を巻きます。

 

 

天国の母親に自分は大丈夫だとメッセージを送る小夜ちゃん。浴衣に袖を通す美しすぎるバックも良いですが、メッセージがシンプルに泣かせにかかってますね。最高です。ちなみに画面の端でお盆持って鼻を伸ばしているのが小夜ちゃんの兄貴です。鼻を伸ばしている相手は想い人……の妹、のんちゃんです。それでいいのか長男。