宮崎夏次系先生が講談社のWEBサイト『べビモフ』で連載していたコメディ漫画『アダムとイヴの楽園追放されたけど…』の一巻に収録されている読切を取り上げます。連載作はエデンの園を追放されたアダムとイヴが突如目の前に現れたカインと阿部る(※誤字ではないです)の二人を息子とし、家庭をはぐくむ内容になっています。かなりギャグ風味が強く、キャッチーで面白い一方で、全く別々の個性を持つ面々が家庭を築くということの困難さやそれを持ってしても尚、育んでいきたくなる家庭というものの温もりを丁寧に描いています。全二巻と短めですが、非常に面白いです。そこに特別収録という形で掲載された作品もまた、個性的であるがゆえに不安定な状態になっている家族を『アダムとイヴ~』よりかなりシリアスに描いています。と、言っても元々の持ち味が脱力系の夏次系先生ですから、深刻でもポップさは損なわれていません。

 

 タイトル通りおっとりして可愛い女子小学生のオカリちゃんとそのお兄ちゃんを主軸にしたお話ですが、オカリちゃんは普通に美少女なのに対し、お兄ちゃんは何故か二頭身です。そのお兄ちゃんですが、朝起きると共に何故か荒れている家の中を探偵姿でうろつきます。オカリちゃんを助手のように連れて、家が荒れているわけを推理しているわけです。

 床に落ちた生卵、フライパンの上のバリカタな目玉焼き、そしてティッシュくずまみれになった洗濯物。これらをもとにお兄ちゃんは「ポケットティッシュを入れたままズボンを洗濯に出したお父さんにお母さんが怒って、フライパンに火をかけたことを忘れて喧嘩した」と推理します。逃げるように会社に行ったお父さんの代わりにお母さんの機嫌を治すのが俺たちの使命だと意気ごみ、兄妹二人で荒れた家の掃除をします。

 お兄ちゃん探偵に協力し、解決に向けて尽力したオカリちゃんは残りの問題をお兄ちゃんに託し、小学校に行きました。お兄ちゃんも探偵やってないで、小学校行けば?…と思いそうになりますが、そこには踏み込みすぎてはいけないセンシティブな事情がありました。

 

 お兄ちゃんは不登校状態だったのです。家族思いで相手の気持ちに鋭敏な心優しい性格のお兄ちゃんですが、運動や絵は不得意で学校でなじめずにいました。ある日、一生懸命描いた絵を先生にほとんど塗りつぶす形で添削されたことに反発しカンチョウしてしまいます。以降、お兄ちゃんは学校に行っていません。センシティブな言葉の問題で、こういう場合「行っていない」と書くべきなのか、「行けていない」と書くべきなのか悩みます。また、お兄ちゃん自身や家族がどちらの言葉で現状を認識しているかも重大な問題だと思います。事実、不登校をきっかけにオカリちゃんの両親は険悪になってしまいます。

 饒舌に妹に推理の結果を語っていたお兄ちゃんでしたが、両親の前では途端に無口になります。そんなお兄ちゃんにオカリちゃんは両親のことが嫌いになってしまったのか尋ねます。そうすると、お兄ちゃんは泣きそうな顔で首を横に振るのです。泣きそうな兄を見ると、オカリちゃんもなぜか泣きそうになってしまいます。胸を締め付ける印象的なシーンです。

 

 そんなある日の朝、家のコロコロが芯のみの状態になって、キッチンの調味料が全てお洒落な容器に入れ替えられています。お兄ちゃんはこれを来客のサインと予想しますが、そのお客が誰かまでは推理できませんでした。その来客は「飛び立つ綿毛の会」という謎の組織から来た老人でした。いや、まあ、十中八九子ども福祉施設の人間なんでしょうが、お兄ちゃんは即座に無口になり、探偵の衣装も脱いでしまいます。そして、わざとらしいほど笑顔の老人と散歩に出てしまいます。

 

 そこからしばらく経って、自室でうたた寝してしまっていたオカリちゃんが一階に降りると、部屋が目玉焼き事件の比にならないほど荒れていました。しかも散乱する家具や割れた茶碗に紛れて両親と例の老人も気絶した状態で横たわっています。そんな中をせっせと一人で掃除するお兄ちゃんが、オカリちゃんに経緯を説明します。

 

 3人はお兄ちゃんの扱いについて意見が食い違い、殴り合いの喧嘩にまで発展したのだそうです。老人が意地でもお兄ちゃんを自分たちの施設に入れようとしたそうで、お父さんは通院なら良いのではと意見したそうです。そんな中、お母さんは「お兄ちゃんは何も変じゃない。入れる必要なんてない」と断固拒否したそう……。話しながら、涙を流すお兄ちゃんを見て、釣られるようにオカリちゃんも涙を流します。家族のために行動し、色んなことを考えて、自分たちにできることをやっていた…そんな小さな名探偵の活躍をお母さんは知っていたのです。

 そんなお母さんの気持ちに触れられたお兄ちゃんは活力を取り戻し、部屋を片付け、今回の事件も解決させるべく妹に発破をかけます。とても暖かく、美しいお話です。念のため言っておきますが、子どもの前で殴り合うなとかそういう野暮なことは夏次系作品ではいいっこぬきです。

 

 もちろん施設に入ることが悪いことでは断じてありませんし、通院や施設への入居が必要な子どももたくさん存在します。ここで大切なのは、お兄ちゃんの気持ちや立場をどれだけ尊重できるかどうかであって、知能や技能、社会になじめるかの云々は二の次なのかなと思います。

 

出典:『アダムとイヴの楽園追放されたけど…(1)』宮崎夏次系 講談社(モーニング) 2018.4