山北東さんがpixivにて掲載され、単行本化された長編作品『ちょっとだけ変な世界でアルバイト』という作品があります。少し内気で自分に自信がないけど、他人思いで頑張りやな少女、鴨が色々な短期バイトを頑張るという呑み込みやすい展開に、タイトルにもあるようなちょっと変な世界観を足して独創的なものに仕上げています。

 最初はムライ作品や須藤真澄作品のようなメルヘンな面白さを期待した私でしたが、本作においておまけなのはむしろそのメルヘンの部分で、アルバイトという人付き合いを通して自分の生き方を模索する鴨ちゃんの成長譚の要素が強い作品になっています。誤算と言えば聞こえが悪いですが、いい意味で裏切られました。自分に自信がないと社会とか上司とか、頭上の物のせいにしたり、他人の粗をつつくことで自分の至らなさを補完しようとしたり、マイナス部分が際立ってしまう人が私を含めて多い昨今、見習いたいほどこの少女はひたむきです。元気を分けてくれます。

 

 さて、「短編取り扱うんじゃねえのかよ」と思われてしまいそうな程語ってしまいましたが、今回取り上げる「らーめん」はそんな本作のプロトタイプ的な作品です。連載に向けて書かれた読切というわけではないですが、これが発端で『ちょっとだけ変な世界でアルバイト』が生まれました。ちなみに作者の3ページ以上漫画のデビュー作でもあります。作中では働く側の主人公でしたが、「らーめん」ではお客さんとして登場します。アルバイト終わりのくたくたな体をラーメンで癒しにかかります。私もアルバイト先の道中にラーメン屋があるせいでよく帰りに寄ってしまいます。この少女のように精魂尽き果てたわけではないですが、アルバイト終わりの一杯というのはなかなかたまらんです。

 

 で、食券システムのラーメン屋だったので食券を購入する主人公ちゃんですが、疲れすぎて朦朧としていたのか誤って工業用の油を購入してしまいます。油マシマシってそういうことではないだろとずっこけそうになりますが、実はこのラーメン屋は人間だけでなくロボットにも対応しているお店らしく、オイルもロボット用の飲食物だったようです。すっかり落胆する主人公。余談ですが、連載の方の主人公、鴨ちゃんもカフェでアルバイトをしている時、ロボットにコーヒーを出すという失敗をしてしまっていました。ちょっとだけ変な世界観は短編でもバッチリ継続中です。

 

 落ち込む主人公ちゃんに不幸中の大幸いが訪れます。何と同じタイミングで食券を購入していたロボットも誤ってラーメンを購入していたのです。値段も同じ、一人と一体は喜んでトレードします。ロボットなのに致命的なミスをしてしまうところがちょっとだけ変な世界の良いところです。その後、なし崩し的に一人と一体は相席で食事と給油をします。ラーメン食べてる横でオイルの手入れをされるなんてちょっと信じられませんが、そんなことを気にしてるとちょっとだけ変な世界追放です。主人公ちゃんのようにラーメン及び一連の流れに感動して涙を流すくらいでないといけません。今日の努力が報われたことに感涙する主人公にロボットがハンカチを差し出してこのお話は終わりです。本作の主人公は仕事終わりの癒しに救われる反面、鴨ちゃんはお仕事を通して救われます。ページ数の差はあれど、その二つの対比というか違いが作品としてより味のあるものにしている気がします。

 

(出典:『ちょっとだけ変な世界でアルバイト』山北東 スクエアエニックス 2020年9月)