猫マンガを取り扱うのも今回がラストになります。猫について一週間好き勝手に語ってみて思ったのは、やっぱり多くの動物たちの中でも秀でてネコと言うやつは人間に大きな影響を与えているのだなという事です。しかも犬のように寄り添うわけでも、金魚のように世話されるわけでもなく、人間側が良い付き合いをしていこうと寄っていっているという感じが強くあります。好きな子にちょっかいをかけて構って欲しがるみたいに、人間は猫を構い続ける宿命にあるのかもしれません。というわけで、今回は一匹の猫の一年を通して、そんな猫が人間に見せてくれるアレコレを描いたお話を取り上げます。名短編集『休日ジャンクション』より「家猫ぶんちゃんの一年」です。

 

 海外が制作した映像で「人類が立った今、消滅した場合のシミュレーション」というものがありました。その中で、多くの飼い犬が主人の不在により餓死する中、猫だけはたとえ家猫でものうのうと生きていくだろうと想定されていました。それだけ猫と言うやつは逞しいというか、ドライと言うかなのだろうと思います。本作はズバリそんな風に突如、飼い主が死亡したという物語になります。

 ぶんちゃんは孤独な中年男性に飼われていました。汚いアパートの中で、飼い主はぶんちゃんに自動餌やり機を与えます。機械には音声を登録する機能があるようで、飼い主はぶんちゃんを呼ぶ自分の声を登録します。「ぶんちゃ~ん、ご飯だよ~!」と言う声と共に、カラカラと出てくる餌。セッティングは完了です。

 先にこのお話の制作背景に関して触れますが、どうも真造先生自身が飼い猫の為にこの機会を用意した事が由来のようです。セッティングした際に先生は「これ、もう俺がいなくても大丈夫だな」と、思います。それはつまり、自分も餌をやるだけの機械と遜色がないという事です。なんだかそれってすっごく寂しい意見ですが、その直後、主人が死んでしまうぶんちゃんはどうなのでしょうか?

 

 何度も言っている通り、機械を買ってしばらくして、主人は心不全で突然死します。四コマ漫画のようなコマ割りで見開き2ページおっさんとぶんちゃんの日常を描いてからの唐突な一ページ見開きの死体。ギョッとするサプライズな構図ですが、独身男のサドンデスなんてこんなもんです。僕も他人ごとではありません。

 ただ、彼にはぶんちゃんがいます。猫が人間の死を感じ取れるのかどうかは分かりませんが、幸いしばらくは彼の声と、餌が自動的に補給されるわけで、ぶんちゃんは何気にせず暮らします。それは孤独がゆえに周囲に知られず黙々とオッサンの死体が腐っていっても同じでした。おっさんには蛆が湧き、部屋はハエが群がりますがぶんちゃんは一切気にしません。ハエ追っかけて遊んでいます。しかし、自動餌やり機の貯蓄分が無くなったことにより、ぶんちゃんも余裕ぶっこいてはいられなくなりました。声こそしても、餌は出てこない薄情な機械を前にぶんちゃんはそろそろ白い部分が見え隠れしてきそうな主人に「なおなお」と訴えます。当然反応は無く、ぶんちゃんは窓から外に飛び出します。ぶんちゃん、家猫から野良猫へと華々しい転身です。

 

 その後、女子高生から餌を貰ったり、車の下で寒さをしのいだりと逞しく外界を生き抜きながら、アパートの周辺で過ごします。と、ここで大きな変化が訪れます。実に半年以上のブランクを経て、ついに主人の死体が発見されたのです。死体と共に処分されたおっさんの私物の臭いをかぎ、主人の名残を感じたぶんちゃんが去るトラックに向かって鳴き続ける姿に胸を撃たれます。

 その後、野良猫には厳しい本格的な冬が来て、ぶんちゃんも凍え死にかけますが、そこで親切な少女に拾ってもらいます。期せずしてぶんちゃんは家猫にカムバックしたわけです。ついでに名前もぶんちゃんからたまに改名されます。

 

 新たなるご主人様のもとで安泰な生活を送っているたまは春先に外に出ます。というより、漫画では描かれていませんが少女の母親の「はいはい、お外ね」というセリフ的に習慣的にどこかに向かっているっぽいです。一体どこに行っているのでしょうか?

 そこは、前の主人のアパートでした。無人になったかつての部屋にある人型のシミ……放置されたおっさんの死体から出たアレコレのシミの上で、陽気を浴びながら居眠りします。ちょっとえげつなくも思えますが、名前こそ変わってもまだまだぶんちゃんは飼い主の事を忘れていなかったのです。

 

 自動餌やり機を買って、「俺いらんだろ」と思った真造先生がこの結末を考えたと思うと、なんだか猫へ求める愛がでかすぎてキュンとしちゃいますが、それはともかく美しいお話です。ここでポイントなのは、ぶんちゃんがラストの居眠りで主人の面影を求めたのが一切飢えていない、人肌恋しくもない新拠点を手に入れてからということです。

 忠犬ハチ公のエピソードなんかでも有名なように犬が死後も飼い主を思い続けるのは聞いたことがありますが、それゆえに犬は飼い主がいなくなっても離れられず死んでしまうと言われています。冒頭言ったように、猫は野良でも平気なのですが、だからと言って飼い主への思いがゼロかと言えばそれはNOだと、本作では言われているわけです。そうだったらいいな、という希望的なお話とも取れますが、それ以上に、思い合う気持ちの通じあいを強く訴えるような人間側のでっけえ感情を反対に読み取れてきます。猫の様々な特性やイメージを取り扱った来ましたが、本作は最後に猫がいかに世に愛されているかをうつした物語として引っ張ってきました。そうしたくなるだけの高い高い猫の魅力を、僕もありありと見せてもらった気がします。

 

出典:『休日ジャンクション』真造圭伍 小学館(スピリッツ) 2016.7

初出は同誌 2015.4

 

 

☆これ聞いて書いてました:35

『音楽堂』矢野顕子 (2010)

ピアノ弾き語りアルバム第4弾にして通算28枚目のアルバム くるりやエルレのカバー収録

 

Spotify有

忌野清志郎の闘病応援ソングである「きよしちゃん」収録 プロデューサー吉野金次の闘病復帰作でもある