今までは猫を中心にして、猫マンガを取り扱ってきましたが今回は少しテイストを変え、「猫を飼う」という行為について触れてみたいと思います。というわけで、谷口ジロー先生の情緒あふれる動物エッセイ集『犬を飼う』から「そして…猫を飼う」を扱います。題にそして…とついているのは、猫を飼う以前は老犬を飼っていたためです。老犬のタムは前作の「犬を飼う」内で天寿を全うし、バトンタッチするように捨て猫のボロを引き取るのです。よくペットを無くした寂しさや悲しさはペットでしか埋められないと聞きますが、本作の夫婦(谷口ジロー夫妻)は反対にペットを看取るのはもうつらいからと新たにペットを設けるつもりはなかったようです。しかし、捨て猫のボロはこのまま引き取り手が無いと処分されてしまうという事で、半ば諦めたように飼うことを決めます。

 

 捨て猫になった経緯は複雑ですが、人間のエゴでたらい回しにされたことには変りなく、なんとも気の毒な猫です。たいていの人は仔猫から飼いだしたがるので貰い手もなかったようですが、ボロは血統書付きの純正のペルシャ猫です。嫌な言い方をしますが、本来は高級品ですよね。

 飼う判断こそ渋々でしたが、元より動物好きの夫婦はすぐにボロを歓迎します。ちなみにボロと言う名前はジローさんが考えたもので、寝そべる姿がボロ雑巾みたいだからだそうです。……まあ、きっといい意味でボロ雑巾なんでしょう。きっと。

 ボロは大人しいズボラな猫で、ぺしゃんこの顔も相まって癒し系の飼いやすい猫でした。敏捷性が欠片もないので、基本成されるがままですが、毛が長く時折ウンコや飲み水をまとわりつけて歩き回り、舐めて綺麗にするようなこともしないので要お世話必須です。

 

 そんな可愛いけどまだまだ頼りないボロでしたが、ある時妊娠していることが明らかになります。身重だったのに捨てられるなんて不憫な猫もいたもんです。谷口夫妻はボール箱を改造してお産用の小屋を作ってやったりと手を尽くし、無事、ボロは3匹の仔猫を生みます。余談ですが、この仔猫は次作である「庭のながめ」内で元気に動き回り、とても語彙力表現力共に豊かだったジローさんを「かわいい」としか評せなくするという暴力的な可愛さを発揮しています。ボロは雑巾だったのに対し、生まれた仔猫たちは「ぬいぐるみが歩いているのかと錯覚する」とまで言わせます。

 生まれた仔猫を前にボロは呆けたように何もせず、代わりに夫婦が贔屓のお医者さんご指導の下、胎盤を切ったり羊水を拭いてやったりと世話を尽くします。本来は、嚙み切ったり舐めたりする母猫の仕事。ここで、ボロに「お前しっかりしろ!」と叱咤するジローさんがマジ父ちゃんすぎて好きです。そんなボロでしたが、しばらくするとしっかり仔猫を抱えるようにお乳をやり、あれだけ大食漢だったというに、巣箱の前まで持ってこないと餌すら食べなくなる手の尽くしっぷりです。すっかり母親としての風格を持ち出したボロに夫婦は感動します。

 

 少し前にペットは家族だから飛行機内で手荷物扱いは間違っていると異議申し立てが有り、議論になっていました。動物を飼ったことが録に無い僕が言えることなど何もありませんが、ただ、動物を家族とする事も、手荷物とすることと同等あるいはそれ以上の人間たる権利……有体に言うとエゴになると思います。ボロが一度飼い主の手を離れると殺処分されかねなかったことからも分かる通り、ペットを飼うという事は動物の命を勝手に預かるという事なのです。

 責任を感じることも、愛情をささげることも全てが人間の裁量次第、当たり前の行動として世界で認められているペットですが、その実は食肉に勝るとも劣らないほど、人間優位な行為とまで言えてしまえるかもしれません。そんなエゴを押し通してまで動物を飼育することの意義や楽しさ、尊さが本作を読んでいると伝わってくる気がします。

 

 ボロはおそらく生まれた時からペットでした。我々が生まれたら学校に行って社会で働かないといけないことが半ば決定しているように、それはよほど大きな力でないと曲げられない運命だと思います。谷口家で生まれた仔猫たちに関してはもう間違いがありません。繰り返しになりますが、生まれた時から人間の手で世話をされなければ生きていけない宿命にあるわけです。ジローさんは本作最後のモノローグで「だからペットたちは自分たちの勝手を許してくれる」としています。勝手に飼育する、勝手に捨てる、勝手に仔猫をよそに預ける。これらの勝手をペットは許さざるを得ない、この事実をジローさんは感謝し、有難がります。そして、「私たちの忘れてしまった純粋なものを見せてくれる」のです。この純粋さこそ、勝手を通しても人間が得たい要素の大きな一部なのではと思います。いくら勝手が許されるからと言って、谷口夫妻が憤慨していたように「捨てる」とか「放置する」みたいなあまりにもの身勝手には人間側が許しません。そこら辺の責任の相互関係で、人間とペットの絆は出来てくるんだと思います。

 

出典:『犬を飼う』谷口ジロー 小学館(2009.10)

初出は同社ビッグコミックス 1991.12

 

 

☆これ聞いて書いてました:34

『ザ・キャット』ジミー・スミス (1964)

アメリカを代表するオルガン奏者 マイルス・デイヴィスから絶賛を通り越して畏怖させたトリッキーな奏法光る代表作

 

Spotify有

ミッションインポッシブルや燃えよドラゴンの音楽を担当したラロ・シフリンが指揮を担当しています