久住昌之さんは谷口ジロー先生と生み出したグルメ漫画界の金字塔『孤独のグルメ』で一躍を馳せましたが、元は知っての通り、泉晴紀さんとのユニット、泉昌之としてデビューされました。『食の軍師』、『ダンドリくん』と名作多数ですが、所謂名作とはいいがたい雰囲気を全体通して醸していて、とにかく下品で無粋です。そこが旨味でもありますし、単にZ世代たる僕がいい歳こいたおっさんが懐古主義と偏見マシマシで描いた物語に拒否反応を示しているだけかもしれません。別に思想が合わなくても漫画は楽しめるのかもしれませんが、泉昌之作品は題材にしているテーマの距離感が近すぎて合わないと無性に批判してしまいたくなる衝動にかられます。そういう気さくさもある種の魅力だと思います。読ませる力はハチャメチャにあるので、そこのところは一切のためらいなく推せます。まあ、僕が推す必要なんて微塵もないんですけどね。特に、久住さんこういう安っぽい評価一番嫌いそうだし。

 

 そんなわけで「天食」を取り上げます。同名の短編集の表題作なわけですが、何となくオーラを感じるタイトルとは正反対に漫画は単純。定食屋に行って天ぷら食う話です。

 皆さんは旅先で外食をする際、どういった基準でお店を選んでいるでしょうか?ネットで予め人気のお店を調べて決める、繁盛してそうな人気店に辺りをつけて行ってみる、チェーンで済ませちゃう……色々あって、各々自由でいいんでしょうが、こういった作品においてその決め方は全て邪道とみなされてしまいます。師曰く「ネットで口コミ見て、行って調べた通りの食べ物を食べるのはただの確認作業」。師曰く「飯食うのに並ぶ必要はない。並ぶのが嫌いというより自分が飯食ってるのに誰かが待っているという状況が嫌」。師曰く「チェーン店で安心するのは面白くない」。ま、単なるこだわりですが、言わんとすることは分かります。早い話がてめえの嗅覚だけを頼りに良い店を探し当てて見せよってことです。

 僕も、これに倣って結構勝負してるんですが、当たっても外れても割と楽しくて、結構ハマります。ただ、言い切れますが純粋に旨いモノ喰いたいならやっぱり門構えが立派だったり、繁盛してそうなお店に行くのがベターです。誰もが知ってる有名店を調べていくのも良いと思います。ただ、地元が観光地である身として言わせてもらいますが、ぶっちゃけ何で並んでまで食ってるか分からない店もあるので、結局はやっぱり己の勘勝負になるのかなと思います。どんな形でも、チェーン店だとしても外食って楽しいですよね。

 

 本作の主人公も旅の傍ら、定食屋を探しているのですが中々決めあぐねています。探して探して行きついた店は何とも味のある、商店街なんかにあるような古い定食屋です。泉昌之作品ではこういうお店を「渋い」と形容し、非常に有難がります。席に着き、速やかにビールとそれの当て、そして今回のメインである天ぷら定食を注文します。と、同時に主人公は頭の中にタイムテーブルを作成します。言うまでもなく自身の食のスケジュールです。

 まず初めに冷奴と焼きのり、らっきょうでビールを飲み、定食が来るまでの中継とします。そして、定食が来たらスムーズにご飯にシフトし、さっさと食べ、少し休憩して出る。定食屋で長居は野暮天、というのも泉昌之作品ではあるあるのポリシーです。

 

 さて、中ビールを飲み「ビールが美味いうちは死ねねぇ!」と名言を吐いたところまでは絶好調……もっと具体的にはラッキョウ食べた辺りまではご機嫌ゲンちゃんだった主人公でしたが、他のおつまみ辺りからポツポツと脳内でクレームを入れ始め、徐々に雲行きが怪しくなってきます。まず第一に冷奴でしたが、ショウガもネギも乗っていないノー薬味奴です。他にネギ使う商品もあるんだから切ってくれてもいいじゃんと脳内でぼやきます。焼きのりが袋に入った既製品だったのも不満気です。無礼なこと言いますが、味のある定食屋ってこういうこと多いと思います。それを「こういうのでいいんだよ」と楽しむもんだとばかり思っていましたが、どうもいくら味があっても譲れないラインは存在するみたいです。奥が深いですね。

 

 色々ありましたが、主人公をもっともガッカリさせたのは、主役の天ぷら定食でした。というのもその登場から想定していたよりだいぶ早いモノだったのです。「こ、これはまさか……」と主人公が慄いた通り、その天ぷらは出来合いのものでした。冷え切った天ぷらを前にすっかり意気消沈の主人公。早すぎる登場にタイムテーブルも音を立てて崩れます。わざわざマクドナルドで揚げたてのポテト作らせる客が理解できない僕でも、流石に冷えてる天ぷらとそうでない天ぷらだったら断然前者を選びます。定食に付属している申し訳程度の沢庵にもけち臭いとヤジを飛ばし、不満たらたらです。

 もはやビールもご飯もすっかり残り物ですが、主人公はこれを構わず、やけっぱちのドカ食い作戦に出て味わうことを放棄します。タイムテーブル云々を更にして、サブ天ぷらでビールを空けて、天丼のように残りでご飯をかっ込みます。味噌汁やラッキョウの残りも放り込むマジで身もふたもない食い方をします。

 

 この苦肉の策に満足はせずとも一先ず納得いく形で収まった主人公でしたが、帰る間際に常連風の若者たちがぞろぞろ入ってきます。そして全員が主人公が踏んだ地雷…天ぷら定食を注文します。しかし、全員分なわけですからおばちゃんは「この量だと揚げなきゃ駄目だから時間かかるよ?」とリアクション。若者たちは意に返さず「いいのいいの!ここは揚げたての天ぷらが美味いんだから!」と気安く返します。これを受け、主人公は「俺が17なら明日の朝刊ものだぞ!」と内心憤怒しますが、それ以上に虚しさが勝ち、「旅になんて出なけりゃ良かった」と嘆きます。嘆いてエンドです。

 

 よく『美味しんぼ』とかのグルメ漫画を馬鹿にしながら、こだわりが無い方が何でもおいしく感じられて幸せだと斬り捨てる人がいますが、何も高級志向や本格志向ばかりがこだわりではありません。まあ、そもそもその意見については自分の尺度で人の幸福度を測るなと言っちゃえばおしまいなんですが、とにかくどんなものでも、こだわりや流儀が難儀なモノであることに関しては間違いないと思います。それでも案外その難儀が楽しいモノであると、本作を読んでいると何かしみじみ感じてしまいます。尾張一宮駅周辺ですっごい味のある定食屋さんを見つけ、入って、ご飯がもう無いと言われたあの瞬間ですら、僕は微妙な気分と共に、ほがらかな楽しみを感じていました。この主人公は漫画のキャラクターなのでとことん悲しんでいますが、きっと似た経験をしたことがあるであろう久住さんは、どこかでこの悲しい天食を楽しんでいたのだと思います。

 

出典:『天食』泉昌之 普遊舎 2009.7

初出は青林堂 ガロ 2000.7

 

 

☆これ聞いて書いてました:34

『すとーりーず』ZAZEN BOYS (2012)

向井秀徳率いるザゼンボーイズのナンバリング抜けした5作目! 「ポテトサラダ」「はあとぶれいく」収録の名盤

 

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