僕がまだ中学生くらいに、伊藤潤二という今でも大好きな作家さんの世界にハマり、そこから数珠つなぎで様々な漫画家さんに出会う楽しみを知りました。その時の僕にとっての入門書がヴィレッジヴァンガードさんでした。伊藤潤二先生は勿論、駕籠真太郎先生、古屋兎丸先生、丸尾末広先生などがズラリと並ぶ新刊書店というのはおそらくヴィレッジヴァンガードさんのみだと思います。当時の私はイオンモールに来たらまず真っ先にそこを目指すほど、あの世界にメロメロになっていました。ラインナップもさることながら、面展を基調としたあの配置もワクワクさせてくれます。その中の中でも、僕が非常に惹かれたタイトルが今回取り扱う諸星先生の短編集『雨の日はお化けがいるから』です。表紙から異常なほど引き込まれたものでした。

 そんな短編集の表題作を取り上げてみたのですが、この漫画、面白いというよりも不可思議で、かなりぼんやりとした摩訶不思議さを与えてくれる作品です。間違いなく名作ですが、ストーリー全体が漠然としていて夢でも見ているような雰囲気なのです。物語自体が一人の小学生の思い込みのような「自分ルール」に基づくものなので、間違いなくこの独特の空気感は狙ってのことだと思います。

 

 主人公の小学生、守は雨の日が嫌いです。その理由はズバリお化けがいるから。おまけにお化けに見つかるとついてこられてしまうので、走って逃げなければいけません。雨の日の下校は毎度つらいようです。最初の段階で物語の全貌に踏み込みますが、このお化けという奴が果たして本当に存在しているのかは分かりません。僕個人の解釈は守の頭の中にだけ存在しているという説です。ロマンのない言い方をすれば妄想の産物というわけです。

 しかしここで守が見ているものは幻覚というモノではないのではとも思います。じゃあ何だと聞かれても口ごもってしまうほど説明は難しいですが、子どもの眼にだけ見える何かではないかと思っています。守は「幽霊は学校には入れない」とか、「こちらが先に見つければその日は幽霊に出会わない」とか、「振りむかなければ追いかけてこない」と言った自分ルールを設け、対策を立てます。しかし、守はそのルールを理解していながら、先に見つかり、振りむき、幽霊に後を追われる羽目になってしまうのです。

 自分で幽霊を生み出し、自分で対策を見出すも、それすらも自ら破ってしまうという本末転倒な流れから、この物語、というかこの怪奇現象はあくまで守個人が生み出しているのではないかと思ったわけです。

 

 しかし、そんな守の世界に一人の少女が介入します。その少女は何故か守のことを「まもくん」と呼びます。そのあだ名は守が子どもの時に呼ばれていたものです。何故、少女はその呼び方を知っていて、守をそう呼ぶのか。守も不思議がりますが、上手くはぐらかされます。

 少女の正体は謎ですが、彼女は守に「神社の中はお化けが入ってこれない」「こちらがお化けを恐がらなければお化けはついてこれない」といった新しいルールを与えてくれます。そのルールによって、守は雨の日のお化けに怯えることが無くなります。そうして守は雨上がりの夕暮時にはまた少女に会えるというルールを作って物語は終わります。

 本作を読んでいて気になるのはやはり少女の存在です。僕は守の言うお化けを信じていないというか、妄想の産物だと思っているので、この少女もやはり同様に守の世界の住人なのではと思っています。守は自分自身で作ったルールで生み出したお化けに恐怖していましたが、どれだけその打開案としてのルールを作っても役立ちませんでした。もし少女の正体が、守がお化けから自身を守るために生み出したイマジナリーフレンド的な存在なら、面白いですね。

 

出典:『雨の日はお化けがいるから』諸星大二郎 小学館(ビッグコミックススペシャル) 2018年1月

※初出は講談社(モーニング)2015年4月