ひさうちみちお先生の短編漫画を取り扱います。タイトルにある通り、とある一人の少年が社会的に転落していく様を描いた作品なのですが、自分から落ちていったのか、うっかり滑り落ちてしまったのか、はたまた誰かに断崖まで押し寄せられていったのか、読む人によって解釈が変わりそうな、重いテーマの作品です。レポート報告のような事務的なモノローグとイヤミったらしい関西弁の登場人物たちが織り成す特殊な世界観は作者の圧倒的な個性の賜物です。

 

 少年は冴えない陰気な中学生でしたが、ニキビができない体質でした。できにくい体質ではなく本当に全くできません。その理由は彼がロボと人間の混血だからです。いったい何を言っているのかとお思いになるでしょうが、本作の舞台は一応近未来的な日本で一般的に我々が知るロボット(ペッパーくんなど)はもちろん、SF世界で出てくるロボット(ターミネーターなど)よりも一層人間臭いロボットを作れるまでに技術が発展いるという設定です。その人間臭さは性格だ感性だの問題ではなく、ロボ同士や人間と性行為をして子どもを身籠ることができるほどです。もはや人間かロボかの境界は無に等しいでしょう。そのほぼ無に等しい唯一の境界というのが「ニキビができない」でした。つまりロボはもはや単なる肌艶の良い人間なのです。

 こんな些細な違いと思うかもしれませんが、ロボハーフである主人公の山本君はこの違いに妙にこだわり、ニキビを悩む同級生のひとみちゃんに奇妙な方向で憧れ、自身もニキビを欲するようになります。そこで彼は人工のニキビを作るようになります。韓国だかどこかで確かニキビを潰す感覚を疑似体験するための人工ニキビが売られていたと耳にしたことがありますが、山本君の自作したものはもっとお粗末です。彼は包装なんかで使うプチプチをニキビに見立て、それを頬に張り付けてプチプチ潰すようになります。オマケにクッションの一つ一つに水を入れて、再現度を増させるという凝りっぷりです。

 

 これを学校でプチプチ潰しているのですから、当然クラスの女子たちからは嫌煙されます。これに傷つき意固地になった山本君が中の汁を浴びせるように女子たちの眼前でプチプチ潰すようになるのだから大変です。いよいよ彼はクラスの中で孤立してしまいました。彼が孤立した原因はこの異常行動だけでなく、彼に何の特技も高い能力も無いことや同性の友達がいない事も含まれていると、平然とナレーションが嫌なことを言います。孤立しても彼はプチプチ攻撃を止めませんでしたが、クラスの真面目な男子にガチギレされたことで行為は終了し、プチプチは再び孤独な一人遊びに戻りました。自作ニキビを剥がすという思考にはならないようです。言い負かされただけで、反省はしてないって感じです。

 そんな山本君に救いの女神が微笑みました。すっかり孤立した彼を憐れんでニキビ道に(知らず知らずのうちに)引き込んだ張本人であるひとみさんが構ってくれるようになったのです。これに喜ぶ山本君ですが、彼は人付き合いに慣れておらず、スキンシップのつもりでまたもニキビ攻撃をしたり、ひょうきんな行動をと思い彼女の髪を引っ張ったりしてしまいます。程度はあると思いますが、仲良くなりかけている人に過ぎた行動をして見限られるという経験…ある人にはあると思います。山本君も当然、見放されます。いよいよ孤立無援です。

 

 しかし、そんな彼にまたも救いの手が差し伸べられようとします。クラスの学級委員的なポジションの真面目女子が山本君が孤立している現状を問題視し、ホームルームで取り上げたのです。「そんなもんアイツのニキビに問題があるだろ!」と一喝したら終わりそうな問題ですが、担任が「山本の行動にはそれをするまでになった何かしらの謂れがある」と不用意に深刻化させてしまった為に、容易く終われなくなります。それに加え、問題をないがしろにしようとしていたクラスメートの大半はともかく、この真面目女子の理論は何ともおさまりが悪く。問題の改善や根本的な原因の炙り出しを進めようとする傍らで、山本君が所属する班のメンバーのせいにしようとしたり、男子たちのせいにしようとしたりととにかく横暴です。不必要に大きくなる問題の傍らで、山本君は真面目女子の言う「可愛そう」といった風評がとにかく痛く、縮こまっています。

 真面目女子が取った行動は一つが山本君を抜きにした議論で、もう一つが山本君と関りがある人々への言及です。前者で解決策を探り、後者で問題の原因を解明しようとしているわけです。議論は水掛け論なので割愛して、言及を掘り下げますが、ここで矢面に出たのは山本君にキレた真面目男子と少しだけ手を差し伸べたひとみさんです。真面目男子は「本当の友達なら、相手が傷つくことでもしっかり伝えるべきだ」と自身の行動の正当性をアピールします。別に間違ったことを言っているとも思いませんが、挙動不審だし、別に誰も責めていないのに何度もアピールしようとするしで何となく言い訳がましい気がします。少なくとも山本君の為を思っているようには見えません。

 ひとみちゃんはシンプルに己が受けた被害を訴えます。そんな中でクラスの誰かが山本君の出生について悪評を流したという、分かりやすそうな原因っぽい話が芽生え、捜査はそれに重心を置き出します。どうも山本君の祖父が扇風機だったらしくそれを小馬鹿にしたためにあんな不可解な行動をとったのだと、性格がねじ曲がったのだと結論付け、議論の方も「いわれのない差別はやめよう」という結論に落ち着きます。ちなみにこれは初っ端に担任が言ったフレーズと全く同じです。結論づいたはいいモノの、肝心の山本君は盲学校には来なくなっていました。タイトルにある通り、転落してしまったのです。

 

 悪いのは誰かとか、山本君にどんな対応をするべきだったのかとかはオイオイ個人的に考えるとして、本作に深くあるのは体裁や強引な歩み寄りの軽薄さだと僕は思います。山本君がなぜニキビにこだわるのかは我々は存じていますが、曲がりなりにも一般的な認識で理解できるものではありません。ニキビができないロボットで無いと、他人とのコミュニケーションが下手でパッとしないと、山本君で無いと理解できないものなのです。これをクラスの体裁のために学級委員が取り上げ、議論の体裁を保つため教師が複雑化し、理解に及びやすい結論にするためズレた原因を用意しました。こんなものが果たして山本君への歩み寄りと言えるのか? 自分たちの納得の為、問題や個人の考えを軽薄にし、薄っぺらいくせにやたらと長引くプロセスを経て中身のない案を出す。お節介の度を越えたエゴイズムに、作者なりのアイロニーなブラックユーモアが光っている気がします。

 

出典:『夢の贈り物』ひさうちみちお フロム出版 1992.3

 

 

☆これ聞いて書いてました:30

『ドゥーキー』グリーン・デイ (1994)

メジャーデビューを果たした通算3作目にして爆裂ヒットの人気作! 代表曲「バスケット・ケース」収録

 

Spotify有

うんこ投げようとしているサルがジャケの左手前にいます。アルバムタイトルの意味もズバリ「うんこ」です。