湊谷夢吉先生の劇画短編集『魔都の群盲』はそのどれも戦時中あるいは戦後直後の日本が舞台になっていて、時代背景相応に荒んでいますが、その裏で人々は活気にあふれています。勝手な推測ですが、先生は戦時中の混沌殺伐とした雰囲気と併せてこの荒々しいまでの熱気や活気を描きたかったのではないかと思っています。そんな中から今回は「鋼鉄の処女」というお話を取り上げます。

 

 鉄の処女と言うとエリザベート・バートリーと多岐川かほるが使用したことでも有名な殺戮道具ですが、今回のお話はモロ戦時中とはいえ、そこまで物騒ではありません。中二心くすぐる暗喩チックな意味合いの前者ではなく本作に登場する処女はもっと言葉のまんまストレートな存在です。

 要領を得ないことばかり言っていないで、本題に入りますが、このお話はある展示場内で出されたリアルすぎる女性の鉄製からくり人形から始まります。人形と言っても博物館とかにあるジオラマみたいな感じで、背丈も見た目も見事に人間そっくりです。そんな人形ですが、どうも部品に軍のものが無断で使われていたらしくすぐさま製作者が陸軍によって検挙されます。

 この製作者は宮部と言い、元々大学の教授で金属の研究を行っていました。その研究のさなかに開発したフェバリットと呼ばれる合金は高い評価を受け、ちょっとした権威だったのですが、以降目まぐるしい発明をせず自分のしたいような研究にのみ没頭したため、上司ともめ、そのまま大学をリストラされたのでした。軍の部品も教授時代に取り寄せたモノで、宮部曰く退職金代わりに貰っていったと言うことです。ちなみに「有能な教授が研究することの何がいけんのや」と思いがちになりますが、時は戦争最中。どんな研究も戦争に活かさなければいけません。上司の言う目まぐるしい発明というのも早い話が兵器の開発でした。

 

 さて、何のかんの言ってもやったことは軍の備品を盗んだ窃盗です。時代が時代だけに超重罪ですが、ここで陸軍の将校が上層部に報告せず揉み消す代わりにと、交換条件である仕事を宮部に持ち掛けます。その仕事こそ、鋼鉄の女…精巧な慰安婦の人形を作れというモノだったのです。

 慰安婦と言うと、どうしてもよぎってしまうのが韓国との間で国際問題にもなっている従軍慰安婦問題です。本作でも「自国の娼婦がメインだったが近頃半島の女を徴収しているケースが多い」と問題をにおわせる内容があります。ですが、本作の論点はそこじゃありません。ひょっとするとそこなのかもしれませんが、僕がこの記事で取り扱いたいところはそこではないので、一切言及いたいしません。そもそも、そっち方面全く明るくないので何も言えないのが全てですが。

 

 ただ日本人だろうが半島の人だろうが、生身の人間では生じる問題も多いです。数の問題もそうですが、女性たちにとっても戦地に滞在しなくてはいけないのは危険だし、性病が蔓延するリスクもあります。そうまでしても性欲を発散させなければいけないのですから、男って大変な生き物です。

 そこでラブドールで満足しちゃおうじゃないかと言うこの将校の提案。別途、報酬や制作費用ももらえるということで二つ返事で了承した宮部は早速、制作に取り掛かります。風の噂で、現代のラブドールなんかは中国のライン工場でパートのおばちゃんが組み立てているという話を聞きましたが、この時代、しかも求められるのは高水準ですから、製作はとてつもない手間と道具を用いります。大量生産夢のまた夢です。

 

 まず必要になるのが、型です。しなやかな女体を石膏で模らなくてはいけません。スキモノの将校の紹介で娼婦館を訪れモデル探しをしますが、事が事だけに断られることが多いです。何より、ナマナマしい話になりますが、膣の具合…というか形があまりにも慣れ過ぎているものだったら経験不足な兵隊が使う時に苦労すると、宮部は真面目に考察します。お国の命運を分けるビッグプロジェクトだから厭らしくなんてないですよ!!

 その結果、処女の宮部の助手に白羽の矢が立ちます。許諾してくれた助手を裸にして、石膏の溜まりに漬け、そこから一時間じっくり模ります。ちなみに呼吸ができるよう忍者みたいに管を口に通しています。ホント、よくやる気になってくれましたね。その後も、膣の型を取るためにラバーをつけるのですが、それを円滑にはがすためローションのようなものを刷毛で女性器に塗りたくるのです。これで宮部がゲスな顔をしていれば官能小説じみた展開ですが、彼は軽口こそ言いますが真面目そのもの。でも、それって兵器ではないにしろ、戦争に協力する…ケンカ別れした上司の行動と重なるものではないのでしょうか?

 

 かくして苦労の果てに鋼鉄の処女は完成しますが、残念ながらコレが戦地に赴き、日本兵たちを包み込むことはありませんでした。上層部より、非効率的であるとのお達しが出て、計画がおじゃんになったのです。半島でかっぱらえばタダだというゲスにもほどがある理論を軍部が押し通そうとしているのかと身構えかけますが、そのじつはもっと単純と言うか、個人のくだらない性的欲求でした。

 というのも、このラブドール制作およびそれを作らせるための調査、脅迫は全て例のスキモノの将校がラブドール欲しさの為に行っていたものだったのです。軍だ慰安婦の命だと大義名分を付けてましたが、ことのつまりはこの男がラブドールという(当時で)目新しものにそそられただけのものだったのです。アホらしいし、これの為だけに真面目に作った宮部と、そんな彼の監視役をしていた真面目な副官の坂本は何ともコケにされていますが、実はその根拠は薄々とはいえお見通しでした。

 

 完成した試作品と早速夜を共にする将校。ほぼほぼオーダーメイドの逸品にご満悦でしたが、突如としてアソコが万力のように締め付けられ、深夜に大絶叫をします。というのも、実は宮部はこの人形を作ったついでにかねてより研究していたリモコンによる遠隔操作の仕込みをしていたのです。そして、実験は大成功。件の激烈締めは他でもない宮部の操作だったのです。軍に利用されるふりをして自分の実験に利用する…何とも抜け目ない男です。

 

 ここで勘違いしてはいけないのは、あくまでついでがリモコン動作であることです。宮部はマジでラブドール制作に精を出していました。戦地で使われることは無いと分かっていながら作っていたなら、ビッグプロジェクトも糞も無い単なる個人のいやらしい趣味に他ならない気もしますが……ここはロマンと言うことで一つお話をつけさせていただきます。

 

出典:『魔都の群盲』湊谷夢吉 北冬書房 1997.6

初出はワニマガジン社のエロトピアデラックス 1984.10

 

 

☆これ聞いて書いてました:29

『ヒカシュー』ヒカシュー (1980)

テクノ御三家が一角!鮮烈なデビューアルバム シングル「20世紀の終わりに」 クラフトワークカバー「モデル」収録

 

Spotify有

「嫌よ嫌よ嫌よ」の間奏がとにかく癖になる大好きな楽曲とアルバムです