エドワード・ゴーリーをサイケにしたような美麗なイラストとゆらゆら帝国の歌詞みたいな気ままで情緒とひょうきんさを兼ね備えたような特殊な漫画が売りの西岡兄妹のマンガ短編を取り扱います。お兄様が文章を、妹様がイラストを担当されているのですが、そのコラボレーションが非常に文学的というか、独創的な世界観で国内外問わず多くのファンを抱えています。僕もその一人なのですが、ハッキリ言ってその広大すぎて終わりの見えない世界観を理解できたことは一度たりとて無いと思います。それでも必死に物語を考えたり、テーマに想いを馳せる愉しみと、見たまま絵や言葉の美しさを味わう愉しみと…両極端な楽しみ方がありどちらでも作品を満喫できるかと思います。アングラ好きなら一度は味わってほしい作家さんです。

 

 西岡兄妹の描く世界には終わりがありません。これは単なる比喩としても相応しい表現ですが、それだけでなく視覚的にも果てない世界を展開されていて、均等に並んだ人の群れや、グネグネ曲がる道を地平線の彼方まで続けることで本当にどこまでも無限に続いていそうな演出を施しています。だから、作中で主人公の家なんかが登場しても、そこを一歩出たら最後、二度と帰ることはできないんじゃないかみたいな、形容しがたい不安に駆られるのです。そんなぞわっとする世界観も大きな魅力だと思います。

 その「終わりのない」世界観については滅茶苦茶前に扱った「林檎売りの唄」で散々言及しましたので、今回は逆に家だけで終わるお話を取り扱おうと思います。この2作品はどちらも同じ短編集『地獄』に収録されています。凄まじい名短編集なので見かけたら是非ご一読ください。絶版ですが、ブックオフではまさか!ってくらい安価です。

 

 元も子もないことを言いますが、西岡兄妹作品に意味だとかストーリーだとかの分かりやすさはほぼ皆無なので、無理に理解しようと思わないのが吉です。何となく雰囲気で楽しんでください。あらすじというよりは本当にただのご紹介みたいな感じですね。

 冒頭から、真っ暗な場所でうずくまって助けを求めているらしき男が描かれているのですが、それも素直に助けて欲しがっているわけではなく、「助けてくれと叫びたい今の自分は、助けて欲しいのか助けてくれと叫びたいのか分からない」とでっかいクエスチョンマーク浮かびそうな分かるようで分からない悩みを抱いているようです。そして、本作はそのままなぜ男がこんな状況になったのかの回想に入ります。

 

 西岡兄妹の作品では頻繁に道ばたで女を拾ってくるのですが、今回主人公が拾ってきた女には驚くことに顔がありませんでした。顔にぽっかり穴が開いた感じで、まあまあギョッとするビジュアルです。ただ、その女はすこぶる良い女らしく、そのボディはすごく気持ちよかったそうです。道ばたで女拾って、有無も言わさず性行為してその是非を判定なんて、かなりいかつい世界観ですがそういうつまらないことを言っていては楽しめないお話なので、ここは僕も常識に穴をあけたいと思います。それはそれはデカい奴を。

 女は大変気持ちよく、口も無いのに喘いでくれますし、家事までやってくれます。性格も良いそうです。そんな夢のような女性との生活は大変幸せだったそうですが、男はある日、ほんの興味で女の顔の方の穴に己がペニスを突っ込んでみます。この時、男が無抵抗な彼女を「念のため縛っている」のがポイントな気がします。めちゃくちゃカメラ目線で穴に入れる男が妙に滑稽です。おそらくは真面目なシーンではあるものの、これが西岡兄妹なりのユーモアなのだと思います。

 入れて、男の顔のアップが写り男は真顔のまま僅か一コマで瘦せこけます。そして一言。「すぐに出ました」……そう、良かったね……。

 顔の穴の具合は素晴らしいようです。何の摩擦感もなく自然のままするすると入っていき、すぐにいっぱい出たそうです。もうなんのこっちゃ分かりませんが、不思議と厭らしさは感じません。美しい世界観の徹底って凄いですね。

 

 そこから2,3日は顔でよろしくやっていた男ですが、ある時、またも好奇心で女の顔を覗き込むことにします。なお、この時も無抵抗なのに一応女を縛ります。そして、懐中電灯片手に女の顔の穴に潜り込んでいると、足を滑らせて穴に落ちてしまいます。そこで男は果てのない闇の世界に落ちていきます。そして、助けられたがっていた冒頭になるわけです。

 うずくまっている姿勢から勝手に穴の底にいるのだと勘違いしそうになりますが、厳密には自分がもう止まっているのか、まだ落ちているのかすら分かっていない状況なのです。それほどの闇。虚無の空間。真っ暗で閉塞的なところに落とすのではなく、本当に何もない、お二人の十八番である無限の世界に入り込んでいってしまう…このアクセントがより女の穴の得体の知れなさに拍車をかけていると思います。

 

 「助けてください」と言う男はいったい何を求めているのか?……本来ならまず間違いなく穴から出してほしいのだろうと推測しますが、冒頭で変なことをこの男自身が言っていたせいで判断つかない状況になっています。それでも、闇の中で顔をこちらに向けて「助けてください」と言う男。助けてくれと言われても、僕は貴方がいる穴のことも、貴方の助けて欲しい動機も、何も分からないので手の尽くしようがありません。この上なくヘンテコですが、そのおかげで悲壮感どころか、ちょっとした愉快さまである、くどいようですが不思議で魅力的なお話です。

 

出典:『地獄』西岡兄妹 青林工藝舎 2000.10

初出はガロ 1992.6

 

 

☆これ聞いて書いてました:28

『スーパールーツ6』ボアダムス (1996)

海外をメインに活躍するノイズ・ロックバンドの通算9枚目 実験的なサブプロジェクトであるルーツシリーズ5作目

 

Spotify無

ほぼ無音かと思いきや10分以上の曲もあり、いつものボアダムスですが曲数多くて満足度隆くんです。