社会人になり本を買う余裕は増えましたが、代わりに読む時間と置くスペースが限られてきました。創意工夫でどうにでもなると高を括っていましたが、特に後者の方は個人的に被害が甚大で、最近は長編の作品は漫画喫茶で済ませ、単行本はもっぱら短編集に費やされるようになりました。しかしそれも限界が近そうです。長々と自分語りで何が言いたいかというと、要するに作家のバリエーションに限界が近づいたと言うことです。と、いうわけで伊藤潤二先生、手塚治虫先生に続いて一週間ほどpanpanyaさんの作品を続けたいと思います。一回目は『魚社会』より表題作です。作者の初期の作品ではせいぜい枕程度の扱いだった魚がどういう経緯で社会を有するようになるのか、今回は港で働いている主人公ちゃんと共に見届けていきましょう。

 

 漁港でえっちらおっちら魚の仕分けを行っていた主人公ちゃんは、ある日足の生えた奇妙な魚を発見します。クッソ忙しい行程中でのイレギュラー…本来なら色々と騒然とするべき事態ですが、主人公ちゃんは困惑しながらも魚と思しきそいつを「その他」のオリコンに仕分けします。練り物になる予定のゾーンですね。

 ところが次の日、例の足の生えた魚が大量に現れ、港の周りをウロチョロしています。伊藤潤二先生の『ギョ』のような機械的な脚ではなく、オタマジャクシに生えてくるような両生類チックな脚…つまりはこれは進化の過程だと言うことです。少なくとも唐突に登場した魚の有識者はそう言います。魚も地上に表れる必要が出てきたのでしょうか? 何がなんだかな主人公ちゃんたちでしたが、何とその翌日にはもう魚は二足歩行を決め込んでいました。ふてぶてしい面構えでおんもを歩いてやがります。この急激な変化にびっくらこく主人公ちゃんでしたが、ここで急激に流れに乗ってきたのが漁港の社長でした。何と、履歴書を持っていた魚たちを研修生として現場入りさせてしまったのです。この判断と行動にも驚かされますが、まず履歴書を書いてきている魚が凄いです。中身に関しては明記されていませんが、一体全体どんな履歴が書いてあったんでしょうか? エリート魚の条件とか気になるところです。「海洋生活で力を入れたこと」とか書いたりするんでしょうか?……ってこれはESか。

 

 唐突に魚の新人を面倒見ることになって怯える主人公ちゃんでしたが、魚たちは寡黙で物覚えが良く、数日のうちに主人公ちゃんを超える実績をたたき出します。中にはリアカーを乗り回している魚までいて、もはや何がなんだかです。ともかく、労働基準を無視しても文句ひとつ言わず働く彼らのおかげで会社の経営はうなぎ登り、ウハウハです。そんな現状をようやく呑み込んで好意的に解釈しだせた主人公ちゃんでしたが、魚たちが優秀過ぎるせいであっさり首を斬られます。

 これまた驚愕し、トホホな気分で荷物をまとめる主人公ちゃんでしたが、その道中、「ウイ」「ウア」を簡素なコミュニケーションをする魚たちを見て、何を思ったか自分も魚になり切って仕事を続ける決意をします。どう考えても無理がある張りぼてに身を包み、恐る恐る潜り込みますが意外にも魚たちは無反応で、すんなり溶け込めます。コミュニケーションもノリでできるようになりますが、同時に魚たちが日当500円で働かされていたといういかつい実態を知ることになります。当然、主人公ちゃんもこの労働体制を甘んじて受け止めなければいけないわけですが、信じられないことにしばらくはこのまま働き続けます。ある意味、魚よりも自己主張が薄い主人公ちゃんです。

 

 身バレしていないことを良いことに、サボりまくっていた主人公ちゃんはある日、例の有識者と再会します。何と彼女も魚になりすまし、主人公ちゃんのように潜伏していたのです。主人公ちゃんの杜撰な着ぐるみと違い、しっかり作り込まれていて傍目では魚と区別がつかない辺り、流石有識者って感じです。魚の急激な進化に興味を抱き、潜り込んでいた有識者ですが、彼女はそろそろ魚たちが暴動を起こしてもおかしくはない時期だと予測します。薄利で働かせていたことも問題あるっちゃあるでしょうが、何より現場を魚たちに任せ、彼らだけの世界を設けてしまったことがマズかったようです。彼らはまさに水を得た魚のように着々と水面下で準備を進めていたのです。魚だけにね。

 

 そんなXデーはこれまた唐突に訪れます。タイミングがいいのか悪いのか、主人公ちゃんがいい加減、馬鹿らしくなり仕事を自主的に辞めたのと同時に、漁港の株が買収されます。もちろん魚たちにです。今までは流れをコントロールしてきていた経営者もこれには慌てふためきます。日々の薄給に負けず、コツコツと500円を集めていた魚たちの勝利なのです。魚が集まったところでカマボコくらいにしかならんだろうと高を括っていたのが仇になりましたね。ちなみにこのタイミングでこの漁港が3000匹の魚を囲んでいたことが明らかになります。そんなに必要かね? 

 そして、会社をわがものとした魚たちは唐突に漁港を解体し始め、何とそっくりそのまま海に移設してしまいます。魚逃げません? 

 

 どんどん陸に適応したかと思いきや、彼らは決して海を見限ったわけではなかったのです。むしろ、母なる海に陸の文明を持って帰ってしまう始末。どれだけ人語を理解し、知能を上げても使用しなかった背景には、人間社会に隷属したわけでは断じてないという魚たる誇り的なモノがあったのかもしれません。

 ちなみに振りまわっされぱなしの主人公ちゃんでしたが、ここで彼らの作った食品を流通するという一手を打ち、逆転ホームラン的に大勝利をおさめます。魚とコミュニケーションを取っていたことが予期せず利を招いたのです。ちなみに会社を奪われちゃった経営者は、小さな乾物屋を立ち上げました。みんな何とかおまんまを食いあげることにはならずハッピーエンドですね。

 

出典:『魚社会』panpanya 白泉社(楽園) 2021.8

初出は同誌2020.3のもの

 

 

☆これ聞いて書いてました:21

『あさげ』レイ・ハラカミ

活動10周年を記念して作られたリミックスやコラボ楽曲のセレクト盤 ASA-CHANG&巡礼を始めコラボも多数

 

Spotify無

エレクトロニックな作品群はテンポもよく怪しさもあって百点満点の絶品ですが、裏ジャケでお残ししてるのが減点です