数多くの短編集を手元に置いてある先生を連続して取り上げたことは数回ありましたが、基本的にはあまり同じ作家さんが続かないようにしています。が、今回は作家さんこそ違えど前日と同じアンソロジー『貧乏まんが』からの引用です。前回の「ある雪の夜の物語」で僕が手前勝手に語ったどれだけ貧しくてもそれが分かち合える人がいれば苦ではなくなるという夢物語を改めて引っ張り出し、今度はそれが叶わないパターンの悲劇を取り扱いたいと思います。

 作者の楠勝平先生は現代マンガ愛好家なら知らぬ人がいない程のレジェンド漫画家さんで、ピースの又吉直樹さんなど著名人のファンも多い方です。僕も親しんでいる作品数こそ乏しいですが、いつか読破したい漫画家さんの一人です。

 

 江戸時代、大工の棟梁をやっている若者、安は現場で部下が町娘と揉めているのを目撃し、騒動の仲介をします。大工がうっかり落とした槌が道行く老婆の間近で落ち、そのせいで足を痛めたのです。男相手にも一切物おじせずズバズバと物を言う溌剌とした町娘に安は惹かれます。早い話、この後再開した安と町娘のおせんが仲睦まじくなるのですが、2人の環境は全く異なります。

 まずおせんですが、寝たきりの老婆と年幼い弟を養うため身を粉にして働いている苦労人です。かなり貧しい境遇ですが、負けじと活発に生きています。

 反対に安はというと、棟梁という肩書以外に、家庭環境にまで恵まれています。身の回りの世話は母親などに任せっきりなうえ、不味いという理由だけで飯の半分以上を残すような飽食っぷりです。早い話エリートのお坊ちゃんですが、お菓子を落として泣いている子どものために新しいものを買ってやるなど、心優しい一面も合わせています。

 おせんも安のそんな優しさが好きだったのか、2人は徐々にいい感じになっていきます。そして、おせんは安の叔父の家に挨拶に行きます。もうほぼほぼ結婚したも同然です。しかしそれにつけても、安の叔父の家がでかい!おそらく相当な金持ちです。部屋に飾ってある5両の壺におせんは動揺します。

 

 そして、何とも魔の悪いことに、じゃれている最中おせんは壺を割ってしまいます。誰がどう見ても割ったのはおせんです。しかし、彼女はキツネが憑いたような変わりようで壺を割ったのは自分のせいじゃない、安がやったのだと叫びます。

 その豹変ぶりに安は驚愕。幻滅されたことを察したおせんは慌てて屋敷を飛び出します。事実、安は深く深く幻滅していました。竹を割ったような人柄に惚れた安にとって、金のために人に罪をかぶせようとしたおせんの行動は確かに裏切りも同然の行為だったでしょう。

 しかし、それに対し安の叔父は「お前とおせんでは境遇が違いすぎる。彼女には守るべき家庭があり、とても壺の為に割くお金などない。弁償という言葉が頭に浮かんだと同時に、それを激しく拒絶してしまうのも偏にその境遇のせいだ、分かってやりなさい」と説教します。何とできた人でしょう。自分の大切な壺が割られたというのに。

 

 道徳の教科書ならこれで仲直りして終わりでしょうが、本作の面白いところは、上記の説教を聞いても安がおせんに幻滅し続けた事です。ボンボンの安には叔父のような思慮が足りないのかもしれません。ただそれ以上に、埋まることのない貧困層と富裕層の意識の格差を思い知らされます。本作の最後のコマはそんな悲劇をより悲壮にするべく描かれた、何ともやりきれないものになっています。

 

出典:『貧乏まんが』山田英生:選 ちくま文庫 2018年5月

※初出は青林堂『ガロ』1966年12月