個人的、少女漫画の三大金字塔と言えば『NANA』『セーラームーン』そして『BANANA FISH』です。『ちびまる子ちゃん』とか『ベルサイユのばら』とかのもはや少女漫画の枠を飛び越えている名作を抜きにしたもので、尚且つ深く考えず今ポッと挙げただけの3つですが、いずれもカルト的な人気を誇る名作だと言うことには違いありません。

 今回はその中で『BANANA FISH』の吉田秋生先生の短編漫画を取り扱いたいと思います。近未来を描いたSF漫画で、ちくま文庫の『現代漫画選集』の「異形の未来」に収録されています。

 

 本作はめっちゃカッコいい短編なのですが、話はかなり単純です。薬物キメてトぶだけのあらすじになっています。一人は狂ったように笑い、一人は死にたがり、一人は性欲の化身になり自慰行為をおっぱじめるというとんでもないトびっぷりです。

 そして、この世界にはリアルな意味で飛ぶことができるようになっているみたいで、自慰行為をしていた男が絶頂の拍子に遥か彼方にテレポートします。当たり前のように瞬間移動できる世の中ってのも凄いですが、今までできなかった奴が薬物きっかけでできるようになるというのも、ちょっと面白いです。

 今言った通り、自慰行為をしていた男はテレポートができない人間だったのですが、その間移動手段としてオマルに乗って空を飛んでいました。なぜそんな『3分ポッキリ』のひまわりちゃんみたいな手段だったのかは謎です。

 

 散々、薬物でラリッた人々の話をしてきましたが、この薬物というのが闇ルートの中でもかなり悪質なハッパだったようで、銘柄はマイルドセブンと言います。おそらく大抵の人が「は?」と思ったことでしょうが、その認識のズレこそ本作最大の特徴です。

 そう、今まで話していたトぶだのラリるだのの話は全て、タバコを吸ったことで起こった出来事だったのです。

 もちろん皆様ご存じの通り、タバコは健康を害するものでこそありますが、ルールを守れば合法ですし、流石にそこまでの興奮作用は無いはずです。吸ったことないから分かりませんけど。

 タバコが違法になっただけでなく、本当にそうなるだけのヤバさがありありと出ていると言うのが肝です。これが、時代が進んだことで起きた人類の体の変化なのか、はたまた違法のものを吸っているという精神の高揚がオーバーに作用させているのかは分かりませんが、とにかく吸った人々はみんな尋常ではなくなります。

 反対に大麻が合法になっているのがまた面白いところです。政府が指定している大麻があるようでそれを吸うなら合法です。ただ、彼ら曰く「マズい」ということらしく、主人公は自家栽培で葉っぱを作ります。もちろんこの行為は違法ですが、それでも罪の重さは現代と比べ、かなり緩いようです。本作のタイトルの「アカプルコ・ゴールド」とは大麻の種類のようです。

 

 これだけなら先々日取り扱った小田扉先生の短編と同じで「未来と現在で生じているズレを楽しむお話」になるわけですが、本作はそれだけで終わりません。いえ、実際は上記の楽しみ方が大半なのですが、そこにもう一癖入れてきてくれます。

 自作の大麻「アカプルコ・ゴールド」を育てていた主人公は呼び出されて集まってきた仲間に若干誇るように葉っぱを見せます。しかし、その後集会の発起人が持ってきた煙草によってあっという間に注目から外され、吸おうとする人間すら現れません。全員ラリったらマズいということで、主人公は喫煙しなかったのですが、吸った仲間たちからの「すごい」「ヤバい」の大合唱。そして新聞の一面を飾るタバコ喫煙による逮捕者の報道。これらを経て、しみじみと「お前も昔はスターだったのになあ」とアカプルコ・ゴールドに語り掛け、本作は終了します。

 悪名無名に勝ると言いますか、犯罪歴や悪行で有名になることをスターと言うのは聊か危険な考えかもですが、ニュアンスは分かります。アウトローで無くなることで同じように消えてしまった魅力や、効能。反対にオーバーに盛られたタバコのトリップも併せて考えると、流行に踊らされる人々を皮肉っているような描写です。奴らは薬物を吸ってるんじゃない、情報を吸ってるんだってことですね。

 

出典:『現代マンガ選集 異形の未来』選:中野晴之 筑摩書房(ちくま文庫) 2020.8

初出は奇想天外社の『マンガ奇想天外 SF漫画選集』(1980)より

 

☆これ聞いて書いてました:4

『フォーエヴァー・ナウ』ザ・サイケデリック・ファーズ(1982)

イギリスのポスト・ロックバンドの3枚目。ジャケットからあふれるサイケ色が素敵です。

Spotify有

Only You And Iの伴奏がチカチカして気持ちいいです。