この世には中二病という厄介な病気があるといわれています。実際に(目に見えて)かかっている人を見るのはごく稀ですが、頻繁にフィクション上でのキャラクター属性の一環として目にするため、割と日本人にはなじみ深い現象に思えます。しかし、そこは流石にフィクション。登場する患者たちはみんな、飛影だとか一方通行だとかに影響を受けているであろう分かりやすくハチャメチャなキャラクターを模倣しようと躍起になっています。

 ですが、リアルでの患者さんたちは、これで結構複雑です。例えば、よく言われているのが『涼宮ハルヒの憂鬱』に登場するキョンを模倣して、どこか冷ややかで達観したような視点で、それでも振り回される自分を演じてみたり、普段は温厚だけどキレたらヤバいサイコパスタイプだと自分を思い込んでみたり、ギリギリリアルに存在してもおかしくない範囲に倣います。否、倣っているのではなく自分は本当にそうだと思い込んでいます。

 

 僕も上記のように何かしらのキャラクターを作ったりはしてませんでしたが、脳内で理想の自分像を作り上げ、何かしら酔いしれたような言い回しをしたりしていました。ほんで、当然のように周囲から浮き、今では立派な黒歴史です。長々と語ってきましたが、別に今回は中二病について扱うわけではありません。ただ、ここで大切なのは、常識的な振る舞いをしない、できない人はいとも容易く浮いてしまうと言うことです。

 例えば、僕なんかは作った仮初の姿ですが、それはそれとしてクラスに一人は趣味や言動が変な人がいませんでしたでしょうか?そして、そんな人が周囲の人に上手くなじめていたでしょうか。今回は要するにそんなお話です。優しくも不思議な子どもの世界を描く絵本作家兼漫画家、大庭賢哉先生の短編漫画を取り扱います。

 

 小学生の主人公の斜め前に座っているヨシムラさんはちょっと変わった女の子です。クラスの発表会の題材を「イモムシ姫」という何ともコアな(おそらく自作の)モノで通そうとしますし、晴れた日はもったいないからと勝手に席を窓際に移し、先生に怒られます。虚言癖もあるようで、父親は船乗りで色々な国のお土産を持って帰ってくれるとホラを吹きます。かわいらしいですが、案の定、クラスでは浮いています。主人公の宮沢さんはそんな彼女に何かと付き合わされているようですが、反面、こちらから声をかけてもヨシムラさんは連れません。こんなところも変わっている子あるあるな気がします。

 

 ヨシムラさんを中二病と見るか、妄想力豊かな夢見る少女と見るかは人それぞれだと思いますが、どちらにしても彼女は自分の住む世界を見たいように見ているだけです。例えば、虚言癖だなんていいましたが、父親は船乗りの代わりに単身赴任でして、滅多に帰りません。自分が楽しく生きるため、単身赴任の父親から、船乗りの父親にジョブチェンジさせたのです。

 もう一つ、ヨシムラさんが綿毛に捕まって風に飛ばされてしまうシーンがありました。しかし、当然それも妄想で、宮沢さんが声をかけたことでヨシムラさんは現実に引き戻され一気に地上に戻ってきます。

 

 そんなヨシムラさんですが、かくれんぼで木の幹の中に隠れた拍子に、自分の理想とする世界に迷い込んでしまいます。そこではイモムシの劇の練習をして、父親は船乗りで、自分はクラスの人気者です。しかし、現実は知っての通り、人気者どころか嘘つき扱いされているヨシムラさんは全然かくれんぼで見つからなかったがゆえにクラスメートからほったらかしにされ、置いて帰られてしまいます。そんな中で、宮沢さんだけが懸命にヨシムラさんを探していました。

 少なからず現実と向き合っていたヨシムラさんは、見つけてもらうべく宮沢さんのいる現実の世界に早々に帰ります。その後も何一つ変わらずゴーイングマイウェイなヨシムラさんですが、宮沢さんには少し心を開いたようで、自分の世界のお話を一部だけ打ち明けます。その話に頷きこそしませんが「分かる気がする」と前向きに受け止めて本作は終了です。

 

 最後に主人公の宮沢さんはモノローグで自身のことも「(ヨシムラさんのように)変わっているかもしれない」と語っていました。変わり者のヨシムラさんの言うことに歩み寄ると言うことも変わり者である証なのかもしれません。普通は安心ですが、時として残酷ですし、せまっ苦しいモノです。ヨシムラさんの見る自由で無限大な世界の可能性を見ていると、気が付けば己で築いた世界を捨て、難なく普通に染まった自分自身がもったいなく感じます。

 

出典:『屋根裏の私の小さな部屋』大庭賢哉 青土社 2015.9

※初出は『ユリイカ』2013.12

 

☆これ書く時これ聞いてました:2

『わたしのなかの悪魔』ベル・アンド・セバスチャン(2000) 

イギリスが代表するチェンバーポップ・バンドの4枚目のアルバムです。囁くようなボーカルとギターが柔らかく上品です。

 

サブスク有

原題は“Fold Your Hands Child You Walk Like a Peasant” 長いです