子ども頃に何気なく読んで、観て、忘れられないトラウマを植え付けられる。そんな経験が誰しも一つくらいはあるのではないでしょうか。恐ろしすぎるイラストかあるいはストーリーか、ばらばらのピースとなった恐怖の記憶は断片的ですが、インパクトだけは強烈で、作者の名前は愚かタイトルすらも分からないケースが多いと思います。そんなトラウマを改めて掘り起こしてくれるおせっかいやきな本が頭木弘樹さんの『トラウマ文学館』です。本書の中には漫画・小説作品からみなさんの時代別のトラウマを抱くような作品が掲載されています。お探しのトラウマが見つかるかもしれませんよ。

 

 今回はそんな中で幼少期のトラウマから直野祥子先生の「はじめての家庭旅行」を取り上げます。幼少期のトラウマなので少女マンガです。おまけに私が生まれるずっと前の作品ですから、幼少期のトラウマフォルダの中には見受けられないものでしたが、そのトラウマ度数は今読んでも強烈です。

 

 家族旅行。それはお金を払う親たちからしてみればたまの贅沢であったり、自分たちへのご褒美であったりするんでしょうが、子どもからしてみれば唐突にやって来る非日常的一大イベントです。それが貧乏家族の初めてとなる盛大な家族旅行ともなればなおさらです。本作の主人公一家は大変貧乏な家庭なのですが、研究者である父親がセンセーションを起こせるのではないかという程の華々しい論文を控え、ようやく生活に明るい兆しが見えてきました。今回はその先駆けともいえる明るいイベントとして盛大な船旅を用意したようです。一人娘もわくわくが止まらない感じです。

 

 ですが、出発して早々、少女の顔は曇っています。どうやら出かける間際に掛けていたアイロンの電源をきちんと切っていたかどうか覚えがなく、不安が募っているようです。出かけちゃった以上考えても仕方がないとポジティブな方向に考えを切り替えられるならいいのですが、残念ながら彼女は相当自信が無いようです。胃酸がこみ上げるような神経に来る恐怖です。

 

 その後、客船に乗っていた謎の老人の助言もあってようやく旅を楽しむ方向にシフトできた主人公ですが、最悪なことに彼女の予想は最悪のところまで抱いていた通りでした。家は全焼。頼みの綱だった論文まで焼失してしまいます。旅を満喫する家族の背景にごうごうと燃え盛る家をセッティングする直野先生の意地悪な演出が読者のトラウマを育みます。私も物忘れが激しい上に常に物事を悪い方へ悪い方へと考えてしまうタイプなので本作は読んでいてつらかったです。なおかつ家族が旅行好きで、幼少期の家族旅行の楽しさを熟知してますから、このトラウマは濃厚です。哀れな少女一家にはせめて旅行の間だけでも良い夢を見てほしいものです。

 

(出典:『トラウマ文学館』頭木弘樹 筑摩書房 2019年)