東映京都太秦映画村は幼い僕にとってのワンダーランドでした。入口のゲートはそのまま園内の明治館という施設に繋がっているのですが、僕や兄は決まってそこの二階に上がり、歴代の仮面ライダーや戦隊ヒーローたちが並ぶエリアを練り歩きました。フロアを突き抜けるほど大きな初代仮面ライダーの像、仮面ライダーアギトの大きな胸像、入った途端に「お前はもうここから出られないぞ!助けて欲しければ大声で助けて―と言ってみろ!」と悪い声がするフニャフニャの牢屋。全て目に浮かぶように鮮明に思い出せます。明治館から出て、チンチン電車や怪獣が出てくる池、手裏剣投げのミニゲームができる館等々、時代劇のセットを再現した空間をまた練り歩いていました。

 

 勝新の『座頭市』をとにかく愛している兄と違って、僕は映画こそ見ても時代劇にはそこまで明るくないですが、それでもそんな過去も相まって、東映の築いてきた文化には愛着というか、心強い御力を感じます。映画と言えば時代劇、チャンバラだった昭和のある風景。そんな時代に思いをはせることができる懐古的なお話を取り上げます。うらたじゅん先生の短編集『嵐電』から表題作です。

 

 今も昔も、女性というのはキラキラしたイケてるメンズに憧れるものなのかもしれません。戦後昭和の大阪では、時代劇に出てくる役者たちに世の主婦たちが熱を上げていました。ロケットを買って俳優の写真を入れたりしています。トプ画を推しのアイドルやアニメキャラにするみたいなニュアンスでしょうか?ちなみに作中では推しではなく、彼氏と言っています。令和ガールと比べても、かなり踏み込みが強いです。

 本作における「彼氏」とのデートは映画を見に行くことらしいですが、時折それすらも飛び越えて、大阪マダムたちが太秦の撮影現場に向かったりもしているようです。本作のストーリーとしては、幼い女の子(語り手の主人公)が親に連れられて行ったロケ地で迷子になり、俳優に助けられデートのお約束まで取り付けるというものです。味があるストーリーですが、本作はそれ以上に映画やスターたちに魅せられながら悠々と暮らしている昭和の女性たちを中心に描かれる生活感を楽しんで欲しいです。

 

 例えば、映画館で子どもが騒がないように「良い子にしていたら裏の駄菓子屋で何か買ってあげる」と約束する場面。当時の映画館の裏にはお菓子屋があるケースが多かったようです。そして、そこで子どもたちが購入するモノの中には現在でもお馴染みのグリコのキャラメルなんかもありまして、主人公はオマケの指輪をはめてオシャレをしたりしています。

 あとロバのパン屋さんなんてものも登場します。昭和の初期ごろに走っていたパンの移動販売車で何と本当に馬やロバが屋台を引いていたようです。今でも人気が出そうなビジネスですが、時代が進むにしたがって車に代わってしまったようですね。このように、挙げればきりがないほど髄所随所に昭和の面影がディープに表れています。

 

 出ているのは景色やアイテムばかりではありません。少ししんみりする演出ですが、オシャレをする母親の背後に「ええなあ、私もオシャレしたい」とモンペ姿の少女が立っている場面がありました。これは間違いなく、オシャレをする余裕が露も無かった戦時中に亡くなってしまった母親の妹の姿(幽霊)なのだと思います。悲しくなる昭和の影の要素ですが、その後、娘を連れて行った駄菓子屋で母親がリボンを購入し、妹の遺影にお供えするシーンも挿まれ、読者の気持ちと妹の心残りをリカバリーしてくれています。

 ほかにも、映画に夢中になりすぎて家事がおろそかになり夫婦喧嘩に発展する場面もあります。家事は女性の仕事だったということで、これも今では時代遅れと叩かれがちな昭和の面影だと思います。本作を見ている限りでは、それでも女性はのびのび自由に生きてそうですけどね。なお、ここで母親が亭主に出していた手抜き料理がチキンラーメンでした。どこまでも隙のない昭和っぷりに当時を生きてないどころか、親すら生まれていない時代でも懐かしく感じてしまいます。

 

出典:『嵐電』うらたじゅん 北冬書房 2006.9

初出は2000.12 WEB上のつげ忠男劇場から