僕が愛してる作品集『ナルミさん愛してる』から「コートと青空」を取り扱います。この短編は「本」に関する短編を集めた選集『ビブリア漫画文庫』にも収録されているのですが、そもそも作者の山川直人さんは自身の作品の舞台として頻繁に古本屋を当てがわれます。古本、古レコード(しかもボブ・ディランやはっぴいえんど等の60年代の音楽)、コーヒー、町シネマなどとにかく自分の好きなモノを惜しげもなく作品に浸してくるのが印象的です。

 余談ですが、この『ビブリア漫画文庫』は今までこのブログで取り扱ってきた多くの短編漫画(楳図かずお先生の「本」やつげ義春先生の「古本と少女」、おんちみどり先生の「古本海岸」など)が収録されていて、個人的にかなりおすすめの一冊です。おそらくまだギリギリ新品で扱いがあるはずなので。よければ手に取ってみてください。

 

 というわけで、「コートと青空」ですが、本作は一人の読書好きな男について描いた作品です。この男というのが少し変わった価値観というか、偏愛っぷりをしていまして。というのも、故人の作品しか、読もうとしないのです。彼曰く、「まだ生きている人間の本を読むなど、完結していない長編を断片的に読むようなモノ」とのことです。ジョジョの部をバラバラに読み進めていた僕に対する挑発でしょうか?……それはともかく、今まさに、ちょっとそういう、存命のアーティストのゴシップが世間を騒がせているわけですから、あながちこの男の言う論も分からんでもない気がしてきます。

 僕も大好きな例の芸人さんに対する報道を受けて、事件性云々は置いておいても、性的な遊びの仕方があまりにも品がなくってちょっとショックでした。今まで、トークの中で垣間見えていた部分もありましたし、僕自身「そういうことやってるんだろうな~」と以前から漠然と受け止めていた部分はあったのですが、いざ形にされると結構ショックを受けていたりして、自分でも意外というか驚いています。(真相はまだあやふやな段階なので、早計かもしれませんが…)

 

 もちろん話は報道だけではありません。事件性がなくっても、作家にがっかりするケースは多いです。作中で男も言っていたことですが、例えば何かしらの思想だとか、政治の話をするようになるとか…SNS上でびっくりするほど素行が悪かったりとかのプライベートな面。単純に作風ががらりと変わったり、せっかく名作で終わった過去作を雑にリメイクしたり、続編を出したり…もっと言えばだらだら連載を引き延ばして話がつまらなくなる等のクオリティでの面。作家がナマモノであるうちは、作品もナマモノと考えるのも決して極端な話ではないのかもしれません。

 

 ですが、今では作者ご本人が「もうあんなのは描けない」と言って、事実全く違う作風で活動しているにも関わらず過去作が滅茶苦茶に神格化されているハジケ祭りなケースもありますし、完結さえしてしまえば…あとがどれだけ不作でも十分だと思う人が大半だと思います。作者全て読まなきゃ作品を読んだことにならないわけでもないですし、その点、やっぱり主人公は少し変わっているかもしれません。実際、彼の趣味を良く知る古本屋の店主は彼のことを死神みたいと揶揄します。作家訃報のニュースを見るや否やにやりと悪い笑顔で、その作家の本を買い漁る姿は確かに不気味です。

 ですがこのお話自体は、そんな主人公が古本屋の手伝いをしている少女と仲良くなり、生きている人間(どう転ぶか分からない変動する存在)を身元に置く…早い話が恋仲になるという山川ラブストーリーです。相も変わらずの素敵な空気間ですが、そんな中で「死神」の設定だけが、ほんの少し、他の山川ラブコメ作品と比べて異色な雰囲気を上乗せしてくれています。

 

出典:『ナルミさん愛してる その他の短篇』山川直人 エンターブレイン(ビームコミックス) 2007.5

※メディアファクトリー『コミックアルファ』1999年第7号