昨日に引き続き、インターネットで無料で見れる短編作品を取り上げたいと思います。安易な方法で記事を書いて申し訳ないですが、出先のブックオフにて新たな短編集を発掘できたので、ネットの力に頼るのは今回までです。ご容赦ください。

 というわけで今回取り上げる作品は『死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるほどしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々』という陰気臭い上に長い、色々凄いタイトルのオムニバス連載の一話です。秋田書店の電子型サイト、マンガクロスにて連載されていた本作ですが、既に全二巻で単行本が完結しており、もう続きが描かれることは無いかと思います。と言っても既述の通り、オムニバスで一話完結タイプの作品ですから、尻切れトンボな終わり方をしているわけではありません。

 

 単行本の方はこのブログでもご紹介した「7759」というとてつもない傑作で締められますが、サイトの方ではこの後、3話ほど新規でお話が公開されていて、その全てが単行本未収録作品です。しかも、その3話はどれもが掲載から実に8年近く経っているのですが、未だにサイト内で無料公開されています。いつ見れなくなるのか分かりませんが、ここまでくればもうサイトが消えるか、何か別個で単行本が出されて収録されるかしない限り永遠に見れる気がしてきます。

 三作のうち他の二作は、『死に日々』内での人気シリーズである「アルティメット佐々木27」の第4弾とクリスマスの恋愛を描いたショートラブコメで可愛らしいコメディ回なのですが、そこに挟まれている作品、今回取り上げる「7291」は読む人が読めば何か月も引きずってしまいかねないほどにはキツイものになっています。作者の別オムニバスシリーズ『空が灰色だから』の表題作でも題材になった、貧しい片親と子離れできず浮いてしまっている子どものアンバランスな関係を、前作をはるかにしのぐ生々しさでシリアスフルに描いています。

 

 本作最大の特徴は、主人公に当たる母親の表情が常に黒塗りでつぶされていることです。そのため一切の表情が分かりません。キャラクターの顔を黒く塗りつぶすのは阿部先生特有の表現で、ほぼすべての作品で用いられています。そのほぼ全てがキャラクターが負の感情に沈んでいるときの状態として描かれています。つまり、法則的にはこの母親は常に深く落ち込んでいることになりますが、流石に今回限りはもう少し別の意図がありそうな雰囲気です。

 そんな黒塗りの母親の一人息子は赤陽くんと言います。アカハルと読みます。19歳でもう成人間近の年ですが、高校は中退している上、アルバイトもしていません。オマケに母親をババアと呼び捨てにし、楽器も弾けないのにミュージシャンになりたがっています。これだけ見れば現実が視れていないアホなニートですが、阿部作品においてそんなステレオタイプなダメ人間は登場しません。もっと生々しく、もっと嫌な方向に手に負えないダメさを持っています。

 

 赤陽くんは重度のマザコンです。ババアというのは憧れているロックな生き方を模倣してのモノなのか、口調とは裏腹に彼は母親としか絡もうとしません。バンドのメンバーはババアですし、歌ってみた動画を撮影するのもババアと一緒ですし、アップロード自体もババアにやってもらいます。あまりにも母親ありきの生活を送りすぎていて、母親も当然心配しています。母親にノートに汚い字で書いた自作の歌詞を見せているシーンなど、同じ若者として見ていられない痛々しさがあります。

 赤陽に対する母親の反応や、背景に描かれる家具やインテリアの絶妙なリアリズム(つげ義春的な意味合い)が余計見る者の心をぎこちない方へと持って行ってしまいます。こういったあまりにも狙って、露悪的に描く表現はあまり好きではないのですが、本作はあまりにも生々しくて思わずそんな批判も閉口気味になってしまいます。恐ろしいことに、リアリティがありすぎて、批判したり忌避したりするのは不謹慎な気がしてくるのです。創作の域を超えたという表現はこういう際に用いるべきなのだと思います。

 

 本作ではその後、何とか赤陽がバイトに行くため、面接に漕ぎ出すのですが、その予約から面接本番まで母親の介助を外すことができず、店長にズバスバと嫌味を言われてしまいます。「お母さんと一緒にバイトはできないんだよ?一人でどうするの?」なんて、どうせ雇う気すらないくせにネチネチと。この店長、飲みの席で説教じみたビジネス論とか説きだして、後輩を辟易させてそうですね。

 立て続けに赤陽は、すれ違った元同級生からもボロクソにからかわれ、嫌というほど生きあぐねている現実を突き付けられます。そうして一度は赤陽と共に、現実の度し難さに押しつぶされそうになるも、最後は赤陽が引っ張り出してきたアルバムを見て何とか前を向き、一応はハッピーエンドを迎えます。パートで生計を立て、明らかに未熟な息子を支える日々。それでもゆっくりと赤陽の成長を支えていくことを決めるシーンは顔こそ見えませんが、なんとも力強く見えます。しかし、希望的な見方をすればこそ、そういった解釈ができますが、裏を返せば、未熟な赤陽は作中で大した成長もせぬまま、最後に死ぬことでようやく万人に並ぶまで、ズルズルと生きていくという破滅めいたオチにも見えてしまいます。そこが本作のダークな部分ですが、面白さでもあると思います。

 なぜ赤陽はここまで弱く育ったのか、なぜ母親は赤陽を甘やかしてしまうのか、なぜこの親子は世になじめないのか、なぜ世はこの親子を嘲笑おうとするのか、一つ一つゆっくりゆっくり考えながら、辛いけれども何度も読み返したい名作です。

 余談ですが、僕はなぜこの名作は単行本にならないのか、なぜ単行本に収録されていない作品がいっぱいあるのに3巻が出ないのかに関してもこの8年考え続けてるのですが、秋田書店さんはいつになったら答えを出してくれるのでしょうか?

 

※秋田書店のホームページ、マンガクロスにて掲載…2015.12.17