ひさうちみちお先生の傑作短編集『日本の一番ジャングルな日』より「ZOO」を取り上げます。今回はまどろっこしい前書きは省いて、いきなりあらすじに入ることにします。

 とある一軒家の中で父母子の一家三人が食卓を囲んでいます。和やかなシーンですが、小学二年生になる息子君は自分の勉強部屋が欲しいと両親にぐずっています。勉強部屋というよりは子供部屋、マイルームですね。年頃の子どもなら欲しがってしかるべき空間です。ですが、母親がこれを渋ります。3人暮らしで戸建て住のくせに部屋が余ってないのでしょうか?

 ムキになる息子に父親が「分かったじゃあ父さんが何とかしよう」と意を決します。父親の書斎かなんかが子供部屋に割り振らわれる…これまたこの手の家庭内騒動のあるあるです。……と思いきや、ここで父親が取った行動は園長先生にお願いして府議会に勉強部屋増設の許可を申請というものでした。

 唐突に出てきた園長も謎ですし、なぜ自宅に勉強部屋を設ける程度の許可を府からいただかなくてはいけないのでしょうか。ちなみに府議会の時点で、お察しでしょうが本作の舞台は京都です。

 

 問題提起をしましたが、本作のタイトルが「ZOO」つまり動物園である時点で勘のいい方ならお気づきかと思います。実は一家は単なる一般家庭ではなく、檻の中に入れられた「三人家族」という展示動物だったのです。母親が渋っていたのは部屋が足りないからではなく、勝手に家をどうこうできる立場じゃなかったからで、園長というのはその動物園の園長のことで、府議会の申請が必要なのはこの動物園が府立のものだからだったのです。

 『でろでろ』の日野耳雄は「不良」というカテゴリーで人間動物園に入れられ、奇妙な妖怪たちに見世物にされてましたが、この動物園のお客様はフツーに人間です。そのため名目こそ展示物ですが、これは立派な法の手続きの元で定められた一種の仕事であり、一家はお給料という名の餌もキチンと貰っています。ちなみに月給13万です。全面鏡張りの家で生活させられてこの額は正直納得がいかないですが、まあ、とにかくそういう事情だったのです。

 

 父親も園長もすんなり通ると見込んでいた勉強部屋の増設ですが、意外にもこの協議は難航を極め、議論は水掛け論と化してしまいます。何をそんなに揉める必要があるのか、セリフ回しや細かな表情などを絶妙に「ありそう感」マシマシで描いている答弁シーンは密度が濃すぎて文章化できませんので、ここはまず反対派の意見をざっくりとまとめてみたいと思います。賛成派の意見は大方みなさまが「勉強部屋なんて普通に作ったらいいじゃん」と思う根拠とだいたい一致しますので割愛です

 

☆反対意見

・周囲の環境(よその家)に合わせてなし崩し的に家の形を変える行為は、日本を象徴する一家の姿を目的とした当初の目論見から逸脱したものである。

・子供だけの空間を生み出せば子供だけの秘密を抱えることになり、一家にとってよからぬ起因になりかねない。

 

 こんな感じでしょうか?どうもこの一家には「日本における代表的な家族の姿」というご立派な大義名分があったようです。なんかスケールでかい話になってますが、そもそも京都府下でやる必要あるのでしょうか?と言っても、そこに突っ込んじゃうと舞台を京都にあてがったひさうち先生の問題になってきますけど。

 そんなこんなで実に4か月もイタチごっこです。同人サークルが作るゲームじゃないんですからもっとすんなりいきそうなものですが、とにかく可決に至りません。はっきりとNOとも言ってくれないわけですから、一家は生殺しです。特に「任せなさい」と胸を張った父親の威厳はズタボロで、だんだん一家にも余裕がなくなり、暗雲が立ち込めてきます。そもそもこんな仕事してる時点で威厳なんて無いに等しいと思わんでもないですが、展示物は展示物でも我々日本人の一家を代表する父親という立場なのですから、威厳は持っておいてもらいたいところです。

 

 そんな水面下な一家のストレスがついに爆発します。と言っても可決されたわけではなく、単に母親が自暴自棄的な憶測で「勉強部屋なんてできない」と息子に言ったことが父親の逆鱗に触れただけでした。母親がここまで悲観的なのはそもそものこの監視生活に嫌気がさしていたからだと思います。ていうか夫の爆発に合わせて彼女も釣られてその旨を曝け出します。もうてんやわんやです。

 そんな夫婦喧嘩を震えながら除く影。言うまでもなく息子です。「自分が勉強部屋なんて欲しがるから…」と思ったかどうかは分かりませんが、耐えられなくなり外に飛び出します。まあ、家の外はすぐ檻なんですけどね。ここのシーンはまあまあな絶望感です。しかし、繰り返しになりますが彼らの展示は保護でも飼育でもなく、仕事です。閉園した後は別に檻から出ても問題ないわけです。というわけで息子は面倒見のいい園長先生宅に連れられ夕飯をご一緒させてもらい、父親はやさぐれて夜の街へ飲みに行きます。一人残された母も園内でこそありますが、檻の外をフラフラと歩きます。母親はそこで檻の中に入れられているサルをジッと見つめます。

 と、いうお話です。ひさうち先生特有のジョーキングな世界観ではありますが、本作は割合触れやすい設定で、なおかつテーマの読み取りも巧みなくせにするりと呑み込める楽しみやすい短編になっています。最初はきちんと一家揃って食卓を囲んでいたのに、政府がちんたらしているせいで、あるいは両親ともに現状の生活に不満不安を感じているせいで、最後にはバラバラになってしまいます。何らかの寓意性を感じる終わり方と言い、考えればきりがないお話です。

 

 本作で政府が作ろうとしていた「現代日本を象徴する一家の姿」と言えば日本人には『サザエさん』が思い当たるのではないでしょうか。タマゴ割り機だ堀川だと脱線気味の話題が上がることもしばしば東芝な作品ですが、漫画もアニメもかなり日本の家庭代表として、趣ある生活を描いてきています。

 まさに実家のような安心感を感じる素敵な一家及び作品である一方で、『クイズ正解は一年後』内の次回予告大喜利や2ちゃんねる内の二次創作では度々その輪をぶっ壊すようなシビアな、ダークな印象を植え付けられちゃったりしています。フネさんが認知症になったり、マスオさんが不倫したり…もちろん単なるネタと言えばおしまいなのですが、何だか「そんな純真潔白な家庭があるわけないじゃないか」と冷笑されているような、そんな不穏な背景があるような気が、本作を読んだ後だとしてきてしまいます。

 

出典:『日本の一番ジャングルな日』ひさうちみちお 立風書房(純コミックス) 1984.11

※初出は同誌のSF競作大全集から