ポジ明派という世界でここからしか聞いたことがない派閥のNO.1でおわせられる漫画家、ひさうちみちお先生の短編集『夢の贈り物』から表題作です。ひさうちみちお氏と言えば、パロディや下ネタ、ナンセンスなギャグなどが目白押しのTHEサブカル作家ですが、妙に気品あるというか文章や表現が巧みでかっこいい漫画家さんです。ただ、本書に収録されている短編作品は『悪魔が夜来る』と比べて、よりシュールギャグに傾倒したものが多いイメージがあります。ロジカルさはあまりありませんが、その分、テーマをシニカルに伝える表現力はずば抜けていると思います。と、言っても収録作品一つ被ってるんですけどね。

 

 散々、シュールと言って、くどく感じてきた方も多いかと思いますが、それにつけても本作はシュールです。金持ちで暇なガキンチョが、箱庭を作るという物です。

 箱庭…最近ではあまり一般的でないかもしれませんが、レゴブロックや列車のジオラマなんかも言ってしまえば箱庭遊びです。自分の手で小さな世界を作り、いかにそれがその世界単体で成立しうるかをこだわるのが楽しいところだと思います。リアルで作る人は減ってきているかもしれませんが、牧場を作るゲームや国家を作るゲームなんかをやっている人は今でも多いんじゃないでしょうか。

 

 箱庭の牧場を作ろうとする少年でしたが、金持ちなのでこだわりたいだけ自由にこだわれます。当初のプランでは、芝生はゴルフ場に相談して、木々は盆栽趣味のおじいちゃんに相談して、建物は何とかして…と銭を使わないで作ろうとしていましたが、「こういうところで銭をケチるとロクな大人になれない」というウザったらしい理論ですぐに金で解決する方向へとシフトします。盆栽が趣味のおじいちゃんなんてそもそも存在していなかった辺り、いよいよ計画が破綻していますが、この漫画はユーモア作品なので突っ込むだけ野暮です。建物に至っては金以前にプランすらありませんし。

 また、箱庭だからと言って本物の草木を使う必要は全くないのですが、そこは素材にこだわったという奴です。金持ち特有のモノホン嗜好ですね。

 そして女中にお使いに行かせ、箱庭に必要なモノをあらかた揃えますが、そもそもそれをセッティングさせる技術がありませんでした。そこを本とか読んで何とかするのがメソッドというかミソなのだと思いますが、とことん完成度にこだわる坊ちゃんは全て外注します。結果的に、箱庭は彼が昼寝している間に完成しました。もはや作ったのではなく、プロデュースしたという方が相応しい箱庭です。

 完成した箱庭は流石によくできていましたが、動物がいません。これでは仏作って魂入れずだと、少年は牛を入れたがりますが、箱庭の面積的にどうあがいても無理です。入れて子猫です。普通は模型なんかを入れるので当然ですが、本物主義の彼にその理屈は通用しません。何だかんだ箱庭としての方向は間違ってなかった彼の趣向はいよいよ迷走します。

 何とスーパーに売っている牛さんを持ってきて入れることにしたのです。もちろん生物ではなくナマモノです。一頭ではなく一枚です。草食動物ではなく観賞用食肉となってしまった牛はべろ~んと芝生に敷かれます。僕が牛なら彼に強烈なゲップと牛糞をお見舞いしてやるところですが、当の本人は己のイカれたアイデアにご満悦なようで、唸る始末です。母なる大地に帰ってこれて肉が喜んでるとすら思っています。菜食主義の人たちにぶん殴られますよ坊ちゃん。

 

 その後も牛さんを冷蔵庫に寝かせたり、死んだ(腐った)ので土葬にしたりするのですが、そのうちに飽きてしまい、牧場の動物たちはそのまま一家の晩御飯になっておしまいです。ふざけた少年とお話ですが、リアル金持ちもこのくらい訳の分からないことをしているものなので、あまり声を大にして馬鹿にはできません。金を持ちすぎると人間、誰も考えつかないようなことをしちゃうのです。


 本作のみそは金持ちが食べ物を粗末に用いるという案外ベタな問題をテーマに描いているところです。もちろん主題はユーモアですから、テーマなど副菜もいいとこなんですが、それでも金持ちな少年が肉を大地に返す遊びに興じるというのは、貧乏人にはたまらないものがあります。卵を政治家にぶつけるデモ参加者を見ているような悪循環です。

 本編中、主人公は自分たち一家が貧乏になり、食卓には芋ばかりが並んでいるという夢を見ます。そんな侘しい夢の中でも女中がいる点が真性のボンボンで好きです。

 夢の中で、父親が今日は仕事を頑張ったから肉があるんだぞと食卓を沸かせます。その夢をきっかけで少年はあの数奇なアイデアを閃くのです。何だかとってもナンセンス、フーリッシュ…なのに、表現が良すぎてとってもオシャンティー。ちょうど金持ちが趣味で作った馬鹿に大規模のアトリエのような、そんな漫画です。

 

出典:『夢の贈り物』ひさうちみちお フロム出版 1992.9