この世にはどうしようもないほど人を選ぶ漫画という物があります。例えばこのブログでご紹介したものだと、氏賀Y太氏の「天錐」なんかが該当するかと思います。要するに非常に暴力的かつ生々しい表現がある作品ですね。構成やインパクトの凄まじさこそあれど、丸尾末広先生や花輪和一先生のある種芸術的なアングラ世界とはまた一線を引くべき、シンプルなナンセンス漫画です。そのため…作者様には無礼な行為に当たるかもしれませんが本記事の閲覧には予めのご注意をお願いします。

 しかし純粋なバイオレンスとサディズム、そしてそこからくる人間の醜悪さ。これをテーマと見るなら、滅茶苦茶ダイレクトに伝えているという点で、どんな秀逸なドラマよりも秀でているとも思います。ただ、一般受け云々以前にこの作品を面白いと思うか単に気持ち悪いと思ってしまうかでも、そういう特別視が可能か否かが変わってくると思われますので、やはりおいそれと人様に勧められる漫画ではないかもしれません。まだまだ漫画歴が浅い私ですが、三大ハード漫画家を選ぶなら今回ご紹介する早見純先生と駕籠真太郎先生はまず入ると思います。(氏賀Y太氏のような成人向け漫画がメインの作家さんは除外したセレクトではありますが)後の一人はまだ選びかねますが、個人的に耐えがたいほどえぐいと感じているのは少女ホラー漫画家の関よしみさんですね。とにかくグロくて、(ホラーとしていい意味で)趣味が超悪いです。

 

 前置きが長くなってしまいましたが、今回はあくまで早見純さんです。長い前置きで語った通り、あまり人に勧めやすい漫画家さんとは言えませんが、サブカル方面でカルト的人気を博しているレジェンド的漫画家さんです。あと個人的にタイトルがかっちょいい漫画家さんとも思っています。「ラブレターフロム彼方」とか「くわえろ、死ね、甦れ」とかここまでセンスがいいのはナンバーガールくらい……なんて言っちゃうのは流石に早見純さんの漫画作品「ダイナマイト・イン・マイ・ヘッド」に引っ張られ過ぎですかね?(※両者を比べるわけではないですが、~インマイヘッドという作品を出したのは早見純さんが先です)

 褒めたいのか乏したいのかイマイチよくわからない不明瞭な評価になってしまい申し訳ないですが、カッコイイものはカッコいいとだけははっきりと銘打っておきます。陰湿で、エグみが凄くて、下世話で、官能的で、尚且つ鼻をつまみたくなるほど猟奇的で、その上シナリオまで抽象的というか概念的で、主張が強いわりに受け取り方も複雑怪奇なとにかく読み手が疲れる難しいマンガですが、その構図が、セリフ回しが、魅せ方が、というかその作品を取り巻く雰囲気そのものがとにかくカッコいいのです。カルト的人気もうなずくほかないと思わせる、読める読めない好き嫌いは置いておいても、そのパワーばかりはどんな人でも感じれるのではないでしょうか。

 

 ストーリーが抽象的と言いましたが、全てが全てそうというわけではありません。難解ですがシュールではないのでストレートに伝わります。要するにほとばしる性的衝動が抑えきれず暴走したり爆発したり、奇行犯罪マスターベーションに突っ走るという感じで荒々しく展開されたものがほとんどです。調べたわけではないので確実にそうだとは言えませんが、作者の活動の場は氏賀Y太氏ほどでないにしろ成年向けの場が多かったのやもしれません。

 ここまで作者全体に関する内容ばかりで作品である「うじ虫の穴」に触れていない私ですが、本作はセリフがない上にページも少ない意欲作なので実はそこまで文章で説明できる作品ではありません。ただ、予め触れていた作者のカッコよさや触れがたいエグみはその分存分に発揮されていると思います。

 

 まず1ページ目、タイトルが表記された扉絵ですが、これはいたってシンプル。ツインテールでどことなく犬木加奈子先生を思わせる目がクリンとした少女の顔がアップで描かれています。フツーに美少女です…が、一枚ページをめくると、真っ白だった背景が何やら模様のようなもの(女性器のアップ)で覆われ、真顔だった…というか小綺麗だった少女の顔は見るも絶えない無残なものに変わります。と言ってもグロではないのですが、人によってはグロ以上です。クリンと綺麗だった少女の目はメモ帳として使えそうなほど真っ白になってしまい、その口は半開き、そしてその計3つの穴から涙でも涎でもなさそうな気味の悪い液体がコンコンと溢れています。俗な言い方をするとアヘ顔って奴なのかもしれませんが、おおよそ興奮できそうな代物ではありません。ただただ悲惨の一言です。マジカルスウィートという猟奇系同人サークルがあるのですが、あそこの作品のヒロインが同じような顔で悶絶していたような気がします(※このサークル様は本格的に猟奇系のR-18作品を投稿している団体です。正直、早見純先生を余裕で上回るほど非常にショッキングな内容になっていますので閲覧する際はご注意ください)

 で、早い話がその少女が集団性犯罪の被害に遭っていました。俗な言い方をするなら輪姦という奴です。そこから数ページ延々と凌辱され最終的に公衆便所の中に捨てられます。どうやって詰め込んだのか定かではありませんが、鬼畜の所業です。そこで見るも無残な亡骸となってしまった非業の少女。そこから湧いた蛆の一匹がハエになり、月に向かって飛んでいきます。そしてそれがこれまたどういう原理で入り込んだのか、マスターベーションをする男の男根に止まり、そのままビンで蓋をされて終いです。

 何が何やらと思われた方も読めば何か壮絶なものは感じられると思います。私も順々に、何とかまとめてみたいと思います。まずこの話の一番の特徴は男が主体でないことです。これは早見純さんの作品ではちょっとだけ珍しいです。というより主人公なんて概念すら存在しない、思想のダイレクトなスケッチのようにも思えます。単に強姦に遭っただけでなく、その後、糞尿の中で水死体になる少女。扉絵から一ページ目に入る差分絵のようなおぞましい表情の変化が表すように、少女は強姦により糞尿と同等までに汚れた存在になってしまったということなのかもしれません。そしてそこから生まれたハエ(もちろん少女ではないが少女から生まれた、少女の名残をわずかでも持った存在)がどことなく亀頭に見える月に飛んでいき、本当に亀頭に止まってそこに囚われる…という終わり方は、糞尿と同等まで汚され、人間ですらなくなった少女の欠片が、それでも男の独りよがりな性の捌け口の餌食になってしまう、という暗示なのではないでしょうか。作者は他の短編作品でどれだけボコボコにされても、死にそうになっても性的欲求を第一に考え続けたり、死後も性欲に囚われる男を描かれてきました。それを思うと、徹底的に男に踏みにじられる少女の悲哀と同時に、一人の少女を徹底的に性欲の刷毛に使おうとするおぞましくパワフルな性的欲求の不滅を描いているようにも思えてきます。

 

※今回はジェンダー的にかなり危うい表現の記事を書いてしまっている部分があり、一部の方にご不快な思いを抱かせてしまった可能性がございますが、作者様の世界観に自分なりに歩み寄ったうえでの考察、表現であることをご理解いただけると幸いです。

 

出典:『地獄のコミュニケーション』早見純 太田出版 2001年3月

※初出は1988年『乙女の遺言』一水社より