ショートショートという概念こそ無いころの小説ですが、何となくショートショートチックな名作短編小説「形」を取り扱います。と言っても、ショートショートという形式を単なる印象的なオチと短い作品の小説と解釈しての主観ですが…。とにかく面白いです。しかも一般的な短編小説に比べても短い作品で、すきっと読めます。オチに触れない限りはどうしても本作のことを伝えられないため、ネタバレをしてしまいます。青空文庫にて無料で閲覧できるため、このブログでさっさとあらすじを読む前に、小説本文を読んでみてはいかがでしょうか。

 

 戦国時代を舞台にした時代劇ですが、本作は『武将感状態記』を元に書かれており史実に則してはいませんが、実際に摂津(大阪・兵庫付近)にいたとされる武将、松山新介の物語です。ですが、本作の主人公というか中心はそこの家来、中村新兵衛です。中村は近隣の武将たちから「槍中村」と恐れられる名殿で、戦の際には猩々緋の羽織と金の兜で矢面に立ち、敵兵たちを震え上がらせます。そんな羽織は中村のトレードマークになっていました。

 ですがトレードマークの羽織と兜は松山新介の子に貸し出されることになりました。初陣を飾る若い武士の為のゲン担ぎみたいな感じですね。その若い武士は中村にとってもなじみ深い存在であり、何も渋ることなく喜んで貸し出しました。そして初陣です。中村のように陣の先頭で軍団を率いる若き武士は、中村装備を完璧に着こなし、生き写しのように大活躍します。それも偏に中村の装備の成せる業です。後方で活躍を見守りながら、中村も鼻高々です。

 さて、順が代わり、今度は中村の出番です。いつもの要領で敵を薙ぎ払おうとしますが、どうも調子が出ません。というより、調子が違うのはむしろ敵サイドのようです。いつもは「槍中村」を前にして萎縮しっぱなしの兵が、今回は荒々しく、力強い太刀筋で攻めてきます。そして、中村が自身の武具を貸したことを後悔しかけた瞬間、彼の腹を槍が貫くのでした。

 

 よくドッキリ企画なんかで、スポーツ選手が老人のふりをして試合に混ざり舐めてかかっている相手を驚かせるというモノがありますが、ひょっとすると、老人だから遠慮するという事を知らない輩が全力を出し、選手を出し抜いてしまうという事もあるのかもしれません。もっと言えば、例えば、今、ダウンタウンさんだとかサンドイッチマンさんだとかの超大物漫才師が、見た目を変えてM-1に出場し、何も知らない審査員が一回戦で落としてしまう可能性も、ひょっとすればあるかもしれません。

 大御所やプロフェッショナルと呼ばれる方々はそれだけの実績や実力を伴って、その名を冠しています。ですが、果たして裸の上体で再度、同じ技を繰り出してみても、表面を重視する層には刺さらないのかもしれません。この世における評価や価値というモノが、どれだけ複雑な認識を以って成り立っているのか考えさせられる作品です。

 

出典:『藤十郎の恋・恩讐の彼方に』菊池寛 新潮文庫 1999年5月