手塚先生の漫画に出てくるキャラクターはギャグマンガのような脱力系の名前が多いです。百鬼丸だとかどろろだとか、カッコいいのもいますが、根沖トロ子だとかバカ一だとかおとぼけキャラにはそれに見合った名前を与えがちです。ギャグマンガのキャラクターがふざけた名前なのは当たり前かと思われるかもしれませんが、本作は大人向けのシリアスな短編集『時計仕掛けのりんご』内のシリアスな一作でありながら、登場人物の名前が過去一番(私調べ)にふざけています。その名もずばりしょんべとうんこです。2人は戦乱の世にて、うだつの上がらない百姓をやっています。しょんべは武士になって出世する豊臣秀吉のような男を夢見ていますが、うんこからは「アンタは人を斬れるような人間じゃない」と一蹴されます。確かに、名前も相まって、とても戦をするようなタイプには見えません。しかし四人もいる子どものためにもしょんべは今の生活に満足していないようです。

 

 さて、そんなしょんべですが、ある日なんと領主である最上義光がしょんべ宅を訪れます。そして事情も話さずに何としょんべを召使いにしてしまいました。「それなんてラノベ?」と聞きたくなる展開ですが、その実態は、義光公の影武者役に任命されただけでした。痩せこけっている上にボケっとした顔は似ても似つかないように感じましたが、言われてみれば顔の形は似ています。ラノベではなく『信長協奏曲』だったようです。

 必ず出世すると意気込みウキウキで旅立つしょんべ。うんこはそんな彼の背中を心配そうに見つめながら声を掛けかけますが、その喉は誰かが放った矢に貫かれてしまいました。唐突に挟まれたショッキング展開ですが、どうも最上義光という男は保身のためには手を選ばない残忍な男だったようです。どうなるしょんべ!

 

 色々と苦労をしますが、それは割愛するとして…しょんべは見事、最上義光の影武者になります。門兵にバレずに城から出るという最終試験も難なく突破した影武者は、その足でついでに懐かしの我が家を訪れます。ある意味これまでにないほど立派な武士となった自身をお披露目に行ったわけですが、彼の家族の状況はお察しです。うんこのみならず子供まで綺麗さっぱり殺されてしまいました。許すまじ最上!

 しかし、そんな最上義光にも唯一心を開いている存在がいまして、それが笹姫。殿の奥方におわせられる予定の美女です。件の影武者騒動も、最上が笹姫と心おきなく婚礼の儀を送る為の段取りだったのです。そんな散々手をこまねいた笹姫との結婚がいよいよ目前まで迫りましたが、因果応報、最上は影武者と自分しか知らない隠し場所で己の影に始末されてしまいます。内情を知るものは全員最上が始末済みの為、影武者は完全犯罪です。

 

 笹姫との初夜を済ませた後、テンションが上がったのか影武者は自分から笹姫に正体を明かしてしまいます。当然、大いに憎まれる影ですが、そんな状況をむしろ愉悦とし、彼女を抱きます。もはや残虐性すら最上の生き写しですね。しょんべから最上義光への変化は、名前のイメージのように彼を根幹から変えてしまいました。この場合、変えられてしまったというが妥当かもしれませんが、とにかく変わってしまいました。影になって自宅を訪れた際に、馬で田んぼの上を走っていた時点で、しょんべではなくなってしまっていたのかもしれませんね。

 タイトルの通り、最上殿が始末される漫画です。そのため身も心も最上義光となったこの男も始末されてしかるべきですが、一体どのように処されてしまうのでしょうか。

 

 余談ですが、本作は世にも奇妙な物語で原田泰造さん主役で実写化されました。その際、世にものお家芸であるオチ改変を案の定行っているのですが、確かに今回に関して言えば、漫画の方の始末付けは、お茶の間では流せなかったかもしれないですね。

 

※本作の初出は『漫画サンデー』(少年画報社)の1972年2月増刊号ですが、ブログを書くにあたって参考にしたのは秋田書店の文庫全集版『時計仕掛けのりんご』(1994年)です。