冗談でも誇張でも何でもなくイタリア人に「日本の漫画家と言えば?」と質問を投げると谷口ジローと返ってくる、とNHKの番組で聞いた覚えがあります。世界中でニッポンのマンガ・アニメは大人気ですが、全部が全部、全世界で人気が出るというわけでもなく、話題になったり熱狂的なファンがつくのはお国ごとに変わってきます。

 例えば、ホラー漫画家の伊藤潤二先生は台湾や韓国では鳥山明先生ばりの人気を誇っており、まだ日本でもロクに行っていない展覧会なんかも行われているそうです。羨ましい。

 

 そんなわけでイタリア人からは大人気の谷口ジローさん。日本でもニューウェーブ漫画家として高名な先生ですが、一般の知名度は低め、せいぜい『孤独のグルメ』の作画の方、くらいの印象ではないでしょうか?では何故、海外でこんなに有名なのか。答えは簡単。滅茶苦茶、風景画が上手いからです。ヨーロッパ方面はこの手の作家さんが大好きです。

 

 谷口ジロー先生はハードボイルドなお話と、自然と人間の交流を描いたお話をメインに描かれています。今回は自然の方ですが、田舎はあくまでおまけ要素。主となるテイストは田舎で一緒に遊んだ近所のお姉ちゃんです。年は2つほどしか離れていませんが、小学生の時分での二つはとてつもなく大きく、主人公のたかしちゃんがやけに小さく見えます。まあ、小さく見えるのは田舎の骨太な性格と都会のもやしっ子な性格との差でもあるかと思いますが。

 

 そんな姉と無我夢中で遊び、交流し、果てには漂流して共に無人島で一夜を明かすというジブリ映画のような時間を過ごします。田舎・年上の少女・少年時代ともう、淡い要素しか備えていない作品です。

 ところが、この手の作品の定石である。「幼少期のかけがえのない思い出」「夢のような特別な時間」「あの日はもう帰ってこない」というようなカタルシスは読中だけで、最後の一コマで何とたかしちゃんとお姉ちゃんが、大人になって結婚していたという衝撃のオチが待っています。これは意外な結末です。確かに無人島でプロポーズまがいのセリフをたかしちゃんが言っていましたが、こういうのって例え当時は本気でも、月日とかいう薄情なアイツに流されるもんじゃないんでしょうか。

 どこまでも夏アニメ映画のセオリーを無視してくれます。過去を振り返るような主人公のモノローグも淡い青春を懐古していたのではなく、単なるのろけ話だったわけです。無人島で抱きしめられた時の胸の感触をいつまでも覚えているというたかしちゃん、もとい高志さんに想うところは多々ありますが……でも、まあ、夏アニメテイストだからって、思い出で終わらせなくてもいいじゃないか、幸せそうなら…それで……。

 

(出典:『犬を飼うと12の短編』谷口ジロー 小学館 2009年10月)