まだ若き奇才劇画作家の川勝徳重先生の短編から「妻の遺骨」です。川勝先生の短編ではありますが、原作は藤枝静男の私小説です。『田紳有楽』などで高名な方ですが、今回は川勝先生にフォーカスしてブログを進めたいと思います。川勝先生は本ブログでも何度も何度もお世話になっているちくま文庫の『現代漫画選集 恐怖と奇想』の編者を担当された作家さんです。ここで紹介したものだと丸尾末広先生の「無抵抗都市」や楠勝平先生の「蛸」などですね。私に金風呂タロウ先生を教えてくれた本でもあります。

 

 あんないかついラインナップで魅せてくれた川勝先生はきっと、豊かな顎ひげを蓄えた初老の男性なのだろうと、勝手に妄想してましたが、つい最近、まだ大変お若い作家さんであることを知りました。何というか、才能って凄いですね。あと、経歴にはあまり関係ありませんが、藤本タツキ先生の『ルックバック』にて背景アシスタントをされたこともあるようです。

 

 今回取り上げる作品はコミカライズなわけですから、言ってしまうならばこれも立派な著者のセレクトした「川勝徳重お墨付き作品」なわけです。物凄く品のない紹介をするなら、小説家、藤枝静男が大原美術館にクレームを入れるあらすじなのですが、何とも言えない寂寥感溢れる味わいになっています。大原美術館といえばモネの『睡蓮』を展示している事でも有名な名美術館ですが、一体全体どこに不満があったのでしょうか。

 

 藤枝夫妻は美術品、特に絵画を愛しており、画集を切り取って安い額縁に入れたり、美術館に出かけたりと芸術を嗜む日々を過ごしていました。戦時中の荒涼とした空気感を絵画と妻と共に乗り越えた藤枝。そんな妻との思い出で不思議に印象に残っているのがお互いが死んだときの話でした。妻は夫に「私が死んだら骨を美術館に埋めて欲しい」と頼まれます。それが真意か戯言かは定かでないですが、その時の妻の横顔が藤枝には非常に印象に残っていました。

 そんな妻が病魔により逝去します。夫は言われた通り、妻の遺骨を大原美術館に埋めに行きます。念のため、受付から許可をもらい、庭の片隅に埋葬することができました。

 

 妻との別れを終え、大原美術館を後にする藤枝ですが、その晩偶然にも受付の女性と出会い、明日再び美術館に来館するように館長から言伝されます。大方の予想通り、妻の遺骨を持って帰れと説教されてしまう藤枝。まあ、常識で考えれば当たり前の話ですが、一度埋めた骨を掘り返すなんて、地獄の苦行が如き仕打ちです。

 藤枝は「信じられない」と遺憾の意を全面に顔に出しながら骨を持ち帰ります。ところが、彼が受ける苦行はこれで終わりではありませんでした。妻と共に美術を愛し、その兼ね合いで美術館を愛してきた藤枝にとって、これは大きな裏切りだったことでしょう。自分がというより、土を追われた妻が不憫でならなかったでしょう。しかもその後、輪をかけて遂には藤枝までもが妻を裏切ってしまいます。その詳細については是非、単行本『電話・睡眠・音楽』でお確かめください。

 

(出典:『電話・睡眠・音楽』川勝徳重 リイド社 2019年10月)