阿部共実先生のデビュー連載であり、カルト的な人気を放っていたオムニバス漫画『空が灰色だから』から一編「イチゴズオブディスティニー」を取り上げます。『空が灰色だから』はこのブログ内でも何回か取り扱っていますが、とにかく独創的な描写と毒のあるストーリーが魅力的だったり、恐ろしかったりします。

 早い話がダメな人にはとことんダメだけど、イケる人にはとことんイケちゃう、そんな漫画です。かくいう私も好きな話とそうでない話の振れ幅がでっかいです。全部で50話以上あるので、各々お気に入りのお話を見つけていただきたいですね。中には精神をえぐってくるような重めの話や人間の闇を捉えた作品もありますが、説教臭くなく、ただ淡々と冷酷に描いているのが本作のミソです。

 

 さてそんな中で「イチゴズオブディスティニー」ですが、この作品は、元々『空が灰色だから手を放そう』という題の短期集中連載だった空灰シリーズが本格的な連載作品と成り上がった際の第一作目にあたります。インディーズで活動していたアーティストがプロデビューして出したデビューシングルみたいな感じです。

 全体的に見ると第4話にあたります。色々と恵まれない登場人物が多い空灰の中でも屈指の薄幸ヒロインが登場しますが、本人の性格が根明だからか、全体的にコメディテイストで「アチャ~」ぐらいの読後感で楽しめます。キレキレのセリフ回しや、サブリミナルのように登場するデフォルメ調の絵柄とは正反対にリアルに描写されたイチゴが作品の世界観を毒々しい甘さで飾ってくれています。

 

 前置きがごっつう長くなってしまいましたが、本題です。大学デビューしたくてしょうがない19歳の未恋愛勢大村イチゴちゃんは限定発売されたワンピースが欲しくてしょうがなくなります。明日からバイトが怒涛の13連勤であるイチゴちゃんは大急ぎでショップに向かいます。途中両親から別個に声をかけられますが、全部無視。乙女の全力を止めることはできません。

 

 ところが財布の中がスッカラカンです。ATMに向かいますが、銀行は混みあっていて、コンビニの物はぶっ壊れています。ワンピースを買うなと言われているような運の悪さ。イチゴちゃんも運命の奴にやられているとうなだれますが、それでもへこたれません。運命に大見えを切り、立ち向かう意思を露わにします。このシーン漫画界の中でも類を見ないくらい好きな場面です。イチゴと水玉模様のパッチワークがオシャンティー。

 「運命って奴は自分の血と肉と骨で作られたこの手で切りひらくものだ!運命を切り殺してやる!」というどっかのギャングみたいなセリフを陳腐なジョジョ立ちで叫びます。運命VSイチゴちゃんの戦いの火ぶたが切って落とされました。

 

 お金もないのに何故か店に向かうイチゴちゃん。道中、大学で仲良くなりかけている女性と出会います。これも運命からの刺客なのでしょうか。時間がないのにとイラつくイチゴちゃんですが、ここで土下座金無心のカウンターを放ちます。何というカウンターパンチ。これには周囲の人々も運命も冷や汗を流すしかありません。しかし運命はめげない。

 友達の次は高校時代気になってた彼で攻撃を仕掛けてきます。「高校時代もっと話したかったんだ」とほおを赤らめる彼くんに対し、「結構です」の一言で斬り捨てるイチゴちゃん。強い強いぞイチゴちゃん。もはや何のためにワンピースを買いたいのか分かりませんが、とにかくよくぞ運命からの刺客をぶった切りましたね。

 

 さていよいよ店につきワンピースに手を伸ばしますが、ここで運命の野郎がまたまた刺客を送ってきます。県外からワンピースを買いに来たお客さんです。間一髪でイチゴちゃんが先に取りましたが、向こうは見るからに惜しんでいます。イチゴちゃんの脳内にも「譲る」という単語がちらついたでしょうが、これに負けてはいけません。かくして色々なものを犠牲にしてワンピースを手に入れたイチゴちゃん。

 この後、彼女がどうなるかは本編を読んでのお楽しみということで切りますが、一生懸命、全力テンションのイチゴちゃんに助けられているだけで、そうとうあんまりなラストです。テイスト的には世にも奇妙な物語の「さっきよりもいい人」という話に近いと思います。

 

(出典:『空が灰色だから 1』阿部共実 秋田書店 2012年3月)