少年チャンピオンにて連載されていたオムニバス連載『ザ・クレーター』から「雪野郎」です。「○○野郎」と聞くと何かしらスピードの激しいものを連想してしまうのが日本人のサガではないでしょうか。と言っても、「トラック野郎」なんてもうZ世代は存じない作品でしょうね。かくいう私もタイトルと主演くらいの最低限の知識ぐらいしか持ち合わせていません。まあ、この漫画が描かれたのはそんな件のドラマよりもずっと前なので単なる偶然に過ぎないのですが、本作もとあるスピード狂2人が登場します。

 

 タイトルにある通り、雪が舞台のスピードと言えば、誰もが雪上競技、中でもスキーを思い浮かべるでしょう。ずばりプロのスキープレイヤー2人がライバルとして登場します。彼らは何年にもわたって熾烈な優勝争いをしているスペシャリスト同士で、大会前に同じスキー場でトレーニングを共にするのが恒例行事と化しています。こう書くととんだ仲良しさんに見えるお二人ですが、あくまでライバルであるその微妙な関係性が好きです。短編でなおかつ、作品の主題ですらない二人の間柄ですが、個人的にとてもお気に入りです。主題でないと言った通り、実は「雪野郎」とはこの二人の事ではありません。雪野郎とはずばり、雪原に突如として泡られる大型トラックです。

 

 まさか本当に雪野郎がトラック野郎だったとは、意外な展開ですが勿論本物のトラックではありません。トラックの正体は雪山に住むボスシカでした。自身がトラックに轢かれて手負いの状態なのですが、野生特有の圧倒的な気迫で相手に幻覚を見せているのです。かつて自分に傷を負わせた相手の威を借るなんてまるでケンシロウですね。あるいは決勝戦の範馬刃牙でしょうか。そういえば彼も相手に恐竜の幻覚を見せていましたね。そんな化け物シカが2人を襲います。さらっと書きましたがネタバレでして、2人はラスト寸前までトラックそのものに見えています。

 

 シカに対する重大なネタバレをした背景には、個人的に本作はそれ以上にライバル2人の間柄を見て欲しいという思いがあります。「殺したくなるほど憎らしい」という一方で「べらぼうに好き」合っている互いのライバル関係。その絆がこのシカとの対決で試される形になります。というのも、主人公にあたる2人のうちの奥野が襲われた拍子に滑落してしまい、ライバルの佐々木が救助を連れてくるのを待たなくてはいけなくなったのです。放っておけば完全犯罪でライバルを消せます。キツイ環境も加わって奥野はすっかり疑心暗鬼になってしまうのです。果たして佐々木は助けに戻ってくれるのでしょうか。

 

 トラックに化けるシカも十二分に恐ろしい自然現象ですが、やはり雪山という舞台そのものがそのまま驚異的なパワーを秘めた存在に他なりません。風・雪・寒さとあらゆる角度で奥野を襲います。が、中でも奥野を苦しませたのは朝日による強烈な雪の反射光でした。アニメなんかでもポリゴンショックなんて言って目をやられそうな光が襲う時もありますが、真っ白な紙という媒体を用いたコミックも中々に眩しいという表現をするのに適しています。本作も本当に目を覆いたくなるような表現に仕上がっていますよ。

 

(出典:『ザ・クレーター 1』手塚治虫 秋田書店 1994年8月)