人生で一度は言ってみたい名フレーズ「カタストロフ・イン・ザ・ダークをかけてください」でお馴染み…か、どうかは分かりませんが死ぬほどカッコイイホラー短編「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」です。「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」というのは調べていただいたら分かる通り、シド・ワイリーの名曲「カタストロフ・イン・ザ・ダーク(夜明けの悲劇)」が題材になっています。本曲ととあるラジオDJに起きた悲劇を描いた作品です。名短編集『空気の底』に収録されています。

 

 ラジオDJの田所は全国のティーンから絶大な人気を誇っている存在です。そんなウハウハな彼ですが、ショッキングな事件に会ってしまいすっかり精神的にまいってしまいます。

 その事件というのが、マンホールでした。半分だけ外れて、三日月形の暗黒をのぞかせているマンホール。誤って乗ってしまえば一目散に暗黒に引きずり込まれてしまいます。そんな危険な闇の入り口を前にして、田所は当たり前ですが「危険だな」と思いました。

 危険だと思ったんですから、穴を塞いでしまえばいいんでしょうが、その日は寒くて何故かそんな気になりません。また、そこへ女が近づいてきて「POP MUSICの田所さんですよね⁉」と声をかけてきますが、「足元危ない」の声が何故か出せません。結果的にうら若き彼のファンは闇の中に落ちて行ってしまいました。田所はその場の恐怖に耐えきれず中を確認することなくその場を離れてラジオ局に向かってしまいます。

 

 さてラジオ局に着いた田所は皮肉なことに自身が読み上げるニュース原稿で彼女の死を知りました。少女の名は西啓子、やはり彼のファンで間違いなかったようで、「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」のリクエストを彼に送っています。彼は反射的にその曲を後回しにして、他の投稿に手を伸ばします。というか先程死亡ニュースで流れた名前の子のリクエストを通すのはちょっと良くないのでは、とも思いますが、とにかく彼は西啓子の名前を見るだけで卒倒しそうになるほどのショックを受けます。

 

 ラジオの本番中という独自の空気感と、直接的でないにしろ自身のせいでファンを死なせてしまったという気の負い目が重なって限界を迎えそうな田所でしたが、遂にそこへ駄目押しと言わんばかりに怪奇現象が起こります。

 本番中の彼についさっきやって来たというファンが書置きをのこして去っていったのです。その書置きには確かに彼女の名前と共に「カタストロフ・イン・ザ・ダークをかけてください」と書いてあります。死人から手紙が届くわけないと思う田所ですが、そんな彼を嘲笑うかのように出てくる便りは全て西啓子からです。リクエストは勿論「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」。

 

 そんな彼のもとに遂に怪しくしかし美しく微笑む西啓子が現れ、田所を穴の底へ連れていきますが、その後に本作は所謂大どんでん返しを行います。

 でも、個人的には超蛇足です。はっきりいっていりません。このまま田所と西の怪しくも美しい闇の怪奇ドラマとして展開して欲しかったです。ですが、それでも前半部分の闇を駆使した表現や雰囲気作りはたまりません。それに何と言っても本作を盛り上げるのはあの怪しくも美しい「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」のメロディです。是非、みなさんもこれをBGMに本作のダークな世界観を満喫していただければと思います。

 え?検索してもそんな曲出てこないって?そんなわけないでしょう。ほら、皆さんも知っているあのメロディですよ。ギターのコードが泣かせるあの、全米で大ヒットした。「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」。シド・ワイリーの…。夜明けの悲劇ですよ。訳詞も何ともよくできた。「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」です。本作のお供に、是非、「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」をかけてください。

 

(出典:『空気の底』手塚治虫 秋田書店 1995年8月)