鬼頭莫宏先生と言えば、『なるたる』や『ぼくらの』といったシリアスでハードな設定のSF作品が有名ですが、スポーツサイクルを扱った長編を描かれたこともあり、輝かしくも切ない青春やヒューマンドラマの名手でもあります。そんな先生が手掛けた短編集『残暑』から「パパの歌」です。

 

 タイトルにある「パパの歌」は忌野清志郎さんの同名楽曲から来ています。これは主人公の父親が自分の事を歌った歌であると豪語する程、気に入っている歌でもあります。偶然にも、直に子どもが生まれる娘夫婦の旦那さんも忌野清志郎さん(RCサクセション)の大ファンでした。名曲「雨上がりの夜空に」を聞きながら、「俺のことをうたった歌」だなんて言っています。私も『ラプソディ―』流しながらかっちょいい車でドライブしてみたいですが、レコード盤しか持ってないし、そもそも車も免許もありません。レコード再生できる車とかも探せばあるんでしょうか。


 忌野清志郎ファンの二人ですが、タイプは正反対です。仕事一筋、コツコツとお金をため、タバコや賭け事もせず、お酒も家では吞まず、家の掃除ばかりしている…。絵にかいたような真面目人間の父親と違って、旦那の隆は口が悪くチャラチャラして、趣味の車に金を費やし、酒、煙草、賭け事は大好物です。確かに「雨上がりの夜空に」のイメージにぴったりの人ですが、子どもの為に趣味の車を売って資金繰りをしたり、タバコをやめようとするなど、隆なりに父親になることを意識して、成長しようとしているところに好感が持てます。奥さんの松葉ちゃんとの掛け合いも心地よくてお似合いのカップルです。

 

 本作は父親になる事や自分たちの父親についての事を車内で会話しながら、松葉の両親に挨拶に行くというエピソードです。松葉は会話の中で父親は家族のために尽くしてくれてこそいたものの異性親という事もあっていまいち印象が薄いようです。隆も隆でそんな父親とどんな会話をすればいいのか分からないようです。

 が、いざ家について見ると松葉の実家には見覚えのないクラシックカーが止まっています。車には詳しくないので車種は分かりませんが、車マニアの隆が歓声を上げる程の一品ではあるようです。持ち主はまさかの父親でした。本人曰く隆を見ていて若いころの血が騒いだようです。若いころのイケイケな父親を見て唖然とする松葉。かつて持っていたこだわりの車は松葉の出産と同時に売ったことが明らかになります。これまた偶然にも隆の考えとシンクロします。


 正反対のタイプかと思いきや、驚くほど似ていた隆と父親。趣味が同じなのもそうですが、何より家族の為に自分の趣味を削っても何一つ後悔しないその愛情の深さが一致していたようです。本作で2人が趣味を手放した理由は金がないという事でしたが、たとえ金に余裕がある家族でも子供が生まれたからには以前までの自分の生活から何かは犠牲にしなければいけないと思います。

 私の父親は大のサザンファンですが、幼い私が「女呼んでブギ」という曲を気に入り過激な歌詞をリピートしたことをきっかけに、家では気軽に聞けなくなってしまったと言います。今では親子そろってファンの為、かつての倍、曲が流れていますが、中学生の時分も私がクラスで流行っていたGreeeenのCDを追って聞いていたため、やっぱり車の中でサザンを流せない状況が続くことになりました。

 生活の一部を文字通り私が埋めてしまったわけです。それでもやっぱり父は別に気にも留めていなかったと言います。それが父親という存在なんでしょうか。今のところは何の当てもありませんが、もし自分が父親になった時、私は子どもの為にどこまで自分を犠牲にできるのかと、考えさせられるお話です。


(出典:『残暑 鬼頭莫宏初期短編集』鬼頭莫宏 小学館 2004年8月)