『団地ともお』で知られる作者の短期連載作品『前夜祭』に同時収録されている短編から「もどき」です。この一つ前に収録されている「ワタ毛男」という短編が「世にも奇妙な物語」で実写化されていまして、世にも大好きっ子の私は予期せぬ原作との出会いに興奮しました。「確かに濱田岳さんって若干小田扉味があるよな」なんて思っていたら、次に収録されているこの「もどき」でさらに衝撃を受けることになります。

 これは泉昌之先生の「夜行」(一日一短編No.45)でも触れたことですが、世にもは滅茶苦茶原作を崩して世にもオリジナルのストーリーに展開しがちです。

 江口寿史先生の『パイレーツ』内のエピソードを実写化した「ハイ・ヌーン」や石黒正数先生の「スイッチ」という短編漫画を実写化した「爆弾男のスイッチ」ではオチが180°違うものに変わっています。「理想のスキヤキ」はもはや原作ではなく原案ではないかというくらい話が異なります。逆にこのブログでも取り上げた諸星大二郎先生の「復讐クラブ」や星新一の「殺し屋ですのよ」なんかは原作そのままのタイトルが付けられているだけあって非常に原作遵守です。個人的には原作は既に読んでいるケースが多いため思いっきり変えてくれた方が2粒美味しくてありがたいです。

 話が長くなりましたが、この「もどき」も「ワタ毛男」に続いて「世にも奇妙な物語」で実写化された作品になります。タイトルは「エアドクター」というお話です。主演は小栗旬さん。小田扉味は一ミリもありません。だからかどうかは分かりませんが、「理想のスキヤキ」に次ぐくらい大きくかけ離れたストーリーです。ですが作品を通してのテーマは大体共通しているのでやっぱり「理想のスキヤキ」程は離れていないと思います。というか「理想のスキヤキ」が離れすぎです。何で単にスキヤキの肉を取り合うだけのエピソードが、見た事もない珍妙な具材の登場によってスキヤキの概念すら壊す作品になるのでしょうか。もうオリジナル名乗った方がいいレベルです。好きですが。

 

 

 「もどき」は居酒屋で見ず知らずの男が「昔の知り合いから来た温泉の誘いを蹴る話」を盗み聞きし、その男に成りすまして温泉旅行に行くエピソードです。さらに偽りの旧友を演じる男が乗ったバスのガイドは違うバスから間違って乗ってしまった偽りのバスガイドです。さらにさらに偽りの旧友を演じる男が乗って偽りのバスガイドがナビゲートするバスのエンジントラブルに気づき、慌ててバスを止めに、偽りの白バイ警官がやってきます。さらにさらにさらに偽りの旧友を演じる男が乗って、偽りのバスガイドがナビゲートをして、偽りの白バイ警官に助けられバスが向かった温泉は実は温泉ではなく、地下水を温めて出しているだけの偽りの温泉でした。

 嘘まみれの温泉ツアー、どこもかしこもばれたら一大事です。旧友は不審者、白バイ隊員は変質者、温泉を掘った男は犯罪者です。バスガイドさんはミスをしただけですが、問題は問題です。ところが本作では一ミリも問題が生じていません。

 何故なのか、全ての嘘について少し細かく見てみましょう。まず温泉ですが、これは元々地下水を掘り出したことを軽いジョークで温泉が湧いたと言ったところ大騒ぎになり、現在に至るわけです。温泉ではありませんが、男は水を温めるために温泉収益を全て使い、汗水流して働いています。自分のついた嘘がどんな軽い気持ちでも大事になればそれだけ重いものになる、嘘をつく代償としてよく言われる注意喚起ですが、この男は膨張した嘘を全て支える気概で頑張っています。今のところはその覚悟で問題を支えられています。

 次に白バイ警官です。彼は白バイマニアで単にバイクを白バイに改造して眺めるだけの趣味だったのですが、偶然バスを見かけて思わず飛び出してしまいました。警察を偽ることはどんな経歴詐称よりも重い罪ですが、結果的に人を救っています。結構危ない線ではあるものの憧れの白バイ警官に一歩近づいたのではないでしょうか。最後に旧友を演じた主人公です。表現的な問題で旧友と書いていますが、実はこの絆は誘った側だけの虚しい一過性のものでした。本物は全く絆を感じてはいません。明確な描写はありませんが、おそらく偽物は誘いをシカトされた誘い手に何らかの寂しさを感じたんでしょう。おそらくそれは同情なんかではなく、本物よりもずっと濃い絆です。


 まとめると結局は心の問題ではないのかという話です。勿論真心だけで済むほど安くない嘘もこの世にはあります。というかそんなウソの方が多いです。騙しているわけですから。でも嘘を貫き通そうと必死になれればそこには少なからず、表面だけの真実よりかは濃厚な本物があるのではないでしょうか。

 

(出典:『前夜祭』小田扉 講談社 2009年3月)