岡本倫先生と言えば、いわゆる「萌え」系の画風で凄まじくシリアスなダークファンタジーを展開する漫画家さんです。代表作の『エルフェンリート』は読者だけでなく多くの漫画家にも影響を与えた名作です。  

 今回取り扱う「きみとこうかん」が収録されている短編集『フリップフラップ』にも同名のデビュー読切が掲載されていますが、タイトル以外は全く異なる作品となっています。ピチカートファイブの「東京は夜の七時」が矢野顕子さんの同名楽曲のタイトルだけを用いたものであることと同じ感じです。ちなみにタイトルは全く違いますが「きみとこうかん」は長編『極黒のブリュンヒルデ』のプロトタイプ読切です。

 

 不思議な超能力を使い人知れず人命救助を行っていた無機質系クール美少女とそんな彼女にひっそりと思いを寄せる同級生の男子の物語です。超能力少女藤崎はこれから起こるトラブルを察知する予知能力と、視界に移る生物と自分の居場所を交換できるテレポーテーション能力を秘めています。

 これらを駆使して事故や火事から人を救うのですが、渦中の人間と入れ替わるわけですから自分の身はとてつもなく危険にされされます。その上テレポーテーションの副作用で衣服の一部が取り残されてしまうため高確率で半裸になります。そのためクラスでは真面目そうに見えて裏では露出癖がある痴女という噂が立っていますが、超能力手術の代償で感情のほとんどを失っている藤崎はへっちゃらです。この手術がどこぞの研究機関による非人道的なものであるあたりがとても岡本先生味です。


 そしてそんな藤崎に惹かれる主人公は何故か行く先々で藤崎を見かけます。これが偶然なのか必然なのかは主人公にも藤崎にも読者にもわかりませんが、自分自身を助けられたことをきっかけに主人公は遂に藤崎の能力について説明を受けます。

 ここで単に美貌とミステリアスな雰囲気のみで惹かれていた主人公が、感情を捨てられた身でありながら身を犠牲にして人助けを行う藤崎を芯から好きになることが分かります。読切だと限られたページ数であることも合わさってこういったAがBを好きになる行程がすっ飛ばされたり、端から整っていたりするケースが多いのですが、本作では比較的丁寧に描いているような気がします。ラブがメインのお話でもないのにすごい力量です。

 この後、藤崎と主人公の二人で観覧車の爆破事故を防ぐべく奮闘します。藤崎が立派なヒーローであることは言わずもがなですが、携帯を持っていない藤崎の為に信用してくれない係員に怒鳴り込んでトランシーバーを借りようとする主人公も中々肝が据わっています。お似合いな二人です。

 ちなみに非協力的だった係員がトランシーバーを渡す背景もしっかりと描写しているなど、とにかく作中の登場人物の心情変化を丁寧に描写しています。こういった措置が行き届いていると読者も突っかからずにするすると作品を楽しむことができます。

 

(出典:『岡本倫短編集 FlipFlap』新装版 2014年7月)